嗤わない聖女と胡桃割り人形

未無 枯暗

第1話 聖女は雨と共に

 しんしんと穏やかな雨音が世界を濡らす。

 そんな日は誰も居ない家に帰って、すぐに自室に籠る。

 私はぬいぐるみ以外ない部屋の片隅でぬいぐるみ達の中に隠れて過ごす。

 眼を瞑ってじっとしていれば、あの人が帰って来てくれるんじゃないかと

 淡い期待を抱いて微熱に包まれた頭を微睡みの中に落とす。


 そうやって微睡みの中にいたら部屋の真ん中に黒猫がいた。

 ―あれ?あの子はどうしてあんなところに?こっちにおいで、独りは寂しいよ?―

 と微睡みの中に浸った意識を持ち上げ黒猫に手を伸ばす。

 すると、と黒猫が喋りました。

『1人は寂しく無いくせに独りは寂しいとはね。傑作だ。』

 驚いて私は伸ばした手を引っ込めようとすると

『いいの?最後のチャンスよ?』

 と黒猫が喋る。

 ―なんで?ぬいぐるみが?―

 と戸惑っていると黒猫は微笑みながら

『ついてきな。逢わせてあげる』

 と立ちあがって部屋の外に出ていく。


 ◇


 私は、黒猫を追いかけた。着の身着のまま追いかけた。

 小雨の降る中、傘も差さずに追いかけてしまった。

 住宅地から市内の繁華街に入り、雑居ビル群の路地裏まで来てしまった。

 着ている制服はずぶ濡れ、身体は芯から冷えてしまった。

 黒猫は小雨を気にする様子もなく平然と

 私の前をゆらゆらと尻尾を揺らしながら歩いていく。

『素直で良い子ね。でも少しは疑うってことを覚えな。』

 と黒猫は言いながら雑居ビルの裏階段の前に座る。

『はぁ、疲れた。ほらここの4階よ。さ、献身的な私を抱えて登りなさい。』

 黒猫はそう言うと私の制服に伸びをしながら爪を立てて抱っこを要求してくる。

 私は素直に黒猫の彼女?を抱き抱える。

『よろしい。さぁ行きましょう。』上機嫌にゴロゴロと喉を鳴らす。

 私はコンクリート製の階段を登って、四階を目指す。

 裏口の扉にはテナント名が書かれていて、一階が喫茶店「白昼」、

 二階は支部「十二番」なんの支部?、三階は関係者以外立ち入り禁止。

 四階まで登ると扉には「倉庫」とだけ書いてある。

『開いてるわよ』ドアノブ回して引くと本当に鍵が開いてる。

 扉を開け入ってみると、細い廊下に両壁に扉が一つずつあった。

『右の扉よ』私は黒猫に従い、建物の中に入って右の扉を開ける。

 部屋の中は、所狭しと金属製のラックが並んで

 その棚に沢山のランタンが敷き詰めてある。

 ランタンには火は点いておらず、部屋は薄暗くひんやりしている。

 そうやって呆然としてると抱えていた黒猫はひょいと私から降りる。

『いつまで突っ立ているんだい?ほら、こっちだよ』

 黒猫は部屋の大窓がある左側に歩いて行く。

 窓際は大きな執務台と誰かが立派な椅子の背もたれにもたれて座っている。

 執務台には綺麗に分解され手入れ途中のランタンが置いてあり

 椅子には黒髪の少年が目をつぶって座っていた。

 その子はお人形さんの様に整った顔つきで寝息が聴こえなければ

 生きているとは気づけなかった。

 この部屋には他に誰も居なかったので私はその子を起こそうと右手を伸ばした。

 すると、突然その子は身を起こし私の腕を掴んで「お前は誰だ」と

 新月の夜空の様な黒い眼で私を睨みつける。

 私はその黒い眼に吸い込まれるように意識を失った。

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嗤わない聖女と胡桃割り人形 未無 枯暗 @miimu-kagura

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