第10話

沈んだ都市〈アトラ〉


夜が深く沈み、星明かりすら届かない。

リヴィアの《コーラル》はゆっくりと潜航を始めた。

外海の深度計は限界を超え、針は何度も震えて止まる。


海中に広がるのは、光のない世界――

だが、闇の底で何かが“呼吸”していた。


リヴィアの胸に小さな震えが走る。

恐怖ではない。

魂の奥で、何かが懐かしさに似た震動を返していた。


そして、彼女の前に現れた。


青白い光の群れが、海底の輪郭を照らし出す。

そこには、確かに都市があった。

塔、橋、広場――すべてが珊瑚に覆われ、静かに眠っている。


リヴィアは息を呑んだ。

古代の文字が、建物の壁に残っていた。


> ATRA




「アトラ……」

その名は、伝承の中でしか聞いたことがなかった。

“ルイとミラが最後に祈りを捧げた都市”。


《コーラル》のセンサーが、突然信号を受信する。

微弱な音。

最初はただのノイズに思えたが、次第に旋律になった。


……風のない世界で、誰かが歌っている。


リヴィアは通信装置を開き、耳を傾けた。


> ♪——願わくは、潮の果てに、光を還せ——♪




それはミラの声だった。

数百年を越え、海を通り、彼女に届いた祈り。


ルイの声も重なる。


> 「この記録を見つけた者へ。

地球は眠っている。だが終わってはいない。

我らは“音”に記憶を託した。

この歌を聴く者が、再び陸を目覚めさせるだろう。」




リヴィアの目に、涙が浮かんだ。

歌は静かに彼女を包み込み、光が都市全体に広がる。


珊瑚の間から、無数の粒子が舞い上がる。

それはまるで、記憶の花が咲くように――


そして、リヴィアの声が重なった。


> 「ルイ、ミラ……私は受け取った。

この祈りを、未来に渡す。」




その瞬間、アトラの塔が光を放ち、

海面を貫いて天へと伸びた。


夜明けが訪れる。

何百年ぶりかに、海の上に“陸”の匂いがした。

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