第2話

水底の鼓動


夜の海は、静かだった。

風が止まり、波の音さえも消えていた。

ただ、海そのものが――ゆっくりと「息」をしているようだった。


少女ミラは、観測デッキの端で耳を澄ませていた。

水面の下から、低い振動が伝わってくる。

鼓動のような、地鳴りのような音。

周期は、正確に一分おき。


「……これ、地震とは違う。」

隣で計測器を操作していた少年ルイが顔を上げる。

「海そのものが“生きている”みたいだ。」


彼の声に、ミラはうなずいた。

海流のパターンが、どんどん乱れている。

全方向から波が寄せ、まるで何かを「中心」に引き寄せられているようだった。


「中心……」

ミラはふとつぶやいた。

「大洋の重心が動いているのかもしれない。」

「地球の“軸”が、揺れているってこと?」

「ありえない……けど、もう“ありえない”で片付けられる世界じゃない。」


彼女の瞳が、青白く光る波間を映す。

その光は、確かに――下から差していた。

太陽ではなく、海の底から。



---


翌朝。

水上都市〈アルク〉の指令塔では、異常値が報告され続けていた。

潮の動きが逆転している。

深海の熱が上昇している。

「これは、何かが目覚めた証拠だ。」

老技師たちはそう囁き合った。


「目覚めた……?」

ミラは声を失った。

伝説のように語られる“最初の地殻変動”――

地球の海を生み出した震源が、再び脈打ち始めている。


ルイがモニターを指差した。

「見て。深海探査ドローンの映像だ。」

画面の中、深海の闇の奥に、巨大な光の円が浮かんでいた。

直径、推定三百キロ。

まるで、眠る心臓のように、淡く明滅している。


「……これが“水底の鼓動”。」

ミラは震える声で言った。

海の底のその鼓動は、やがて、

世界をもう一度変えるほどの力を持っていた。

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