恩返し未遂

天使猫茶/もぐてぃあす

恩返し未遂

「ああ、いやはや、助かりました。あなた様が体を張ってわたくしの前に立ち塞がってくださらなかったら今頃私は上から降ってきた鉄塊に押し潰されていたことでしょう」


 その猫は口をパクパクと動かして人の言葉で礼を言うとペコリと頭を下げる。その視線の先には上から降ってきた鉄柱がある。どうやら工事中のミスで上から落ちてきたらしい。

 しかしそんなことはどうでもいいことであるらしく、猫は視線を自分の通行を邪魔するように立ちはだかる人影に視線を向け直した。


「おや、おや。ずいぶんと体を硬くしてますな。猫である私が言葉を喋っていることが驚きなのでしょうか。実はですね、なにを隠しましょうこの私は昔はイタズラ好きな妖猫でございまして。しかし心を入れ替え心機一転、いまは仙猫になるために修行をしているところなのです。今日は所用があって久方ぶりに俗世に降りてきたところなのです」


 猫はそう言ってちらりと人影に目をやる。しかし人影はなにも答えない。


「命を助けていただいたのになにも礼をしないとなると猫が廃ります。なにか望みを仰ってくださいな。仙猫見習いとして、できうる限り望みを叶えましょう」


 しかし人影はなにも答えない。それを確認した猫はなるほど、と一人で納得したように頷く。


「ふぅむ、あなたはどうやら随分と頑固な方のようですね。それならば良いでしょう、私とあなたの我慢比べと行きましょう。あなたが望みを言うのが先か、それとも私が諦めて去るのが先か」


 そして猫はその人影の足元にどっかりと座り込んだ。




 人に慣れた猫がいつもいるその石像が近所で有名になるのにそう時間はかからなかった。

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恩返し未遂 天使猫茶/もぐてぃあす @ACT1055

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