ノギ・ハードボイルド・ワンダーランド
鷹山トシキ
第1話 庄屋
私こと佐野(35歳)は、総括局に所属する限られた計算士の一人。暗号処理の中でも最高度の「澱読み」(人間の潜在意識を利用した数値変換術)を使いこなす。
ある日、私はフリーランスの生物学者、巌瀬博士の秘密の研究所に呼び出される。孫娘の巌瀬 小毬(17歳)の案内で、野木煉瓦窯の地下水路を降りた。水脈の奥には、汚水を飲み、腐ったものだけを食べる淀み喰いの縄張りがある。
研究所に着いた佐野は、博士から「澱読み」システムを用いた仕事の依頼を受ける。アパートに戻った佐野が、帰り際に渡された贈り物を開けると、中には角の折れた一角獣の頭骨が入っていた。
佐野は頭骨の謎を調べに図書館へ向かい、リファレンス係の結城 梓(29歳)と出会う。
翌朝、小毬から電話があり、博士が淀み喰いに襲われたらしいと聞く。その後、佐野は謎の二人組、元プロレスラーの権藤と、その相棒の仁平に襲われて傷を負い、部屋を徹底的に破壊される。
傷だらけの佐野の前に、小毬が現れ、**「この野木町を囲む静かな世界が終る」**ことを告げるのだった。
部屋を破壊され、傷を負った佐野は、メロンの香りを纏う巌瀬 小毬から「世界が終る」という不吉な言葉を聞いた。
「どういうことだ、『世界が終る』とは?」佐野は壁に凭れかかり、掠れた声で訊いた。
小毬は床に散らばった一角獣の頭骨の破片をじっと見つめ、静かに答えた。
「この野木町は、地味で静かでしょ?でも、地下には、膨大なデータが流れているの。その全てが、あの頭骨と、博士が私に隠させた鍵に繋がっている」
「頭骨と、鍵…」
「博士は、あの頭骨に、澱読みで変換した『ある情報』を封じ込めた。そして、その情報を起動させる物理的な鍵を、私に託したの」
そのとき、小毬は佐野に、奇妙な歴史を語り始めた。
「野木町の地下水脈の淀み喰い、そして博士の研究所。全ては、江戸時代にまで遡る、ある一族の秘密が基になっている」
それは、かつてこの地の水利権を掌握していた、代々の庄屋の血脈に関わる話だった。
「その庄屋の一族は、単なる農地の管理者じゃなかった。彼らは、水脈の音を聞き、地下の流れを読み取ることで、未来の気候や豊作凶作を予測する、一種の『澱読み』の原型のような技術を持っていたの。そして、その技術の要となる文書と、水利の鍵が、代々引き継がれていた」
巌瀬博士は、科学者であると同時に、その庄屋の末裔でもあった。彼が依頼した「澱読み」は、その古の庄屋の文書を現代のデータに変換し、町の水脈全体を司る、究極の暗号を完成させることだった。
「その暗号を起動させれば、野木町の水脈は完全に博士の制御下に入る。それを総括局が望んだのか?」
佐野は訊く。
「逆よ。博士は、そのシステムを総括局にも野良盤にも渡したくなかった。彼は、その力を使って世界をリセットしようとしたの。水の流れを変え、データも歴史も、全てをまっさらにしようと」
小毬は涙を滲ませた。
「でも、博士は淀み喰いに襲われて…その鍵を、私に隠させた」
「その鍵はどこに?」佐野は緊張した面持ちで問うた。
「あの淀み喰いが襲ってくる直前、博士が私に託した。私は、この町の…最も安全な場所にそれを隠したわ」
小毬は、佐野の耳元に、その場所を囁いた。それは、野木町の最も古く、人目に付かない場所にある、かつての庄屋の隠し倉庫だった。
「あの倉庫には、まだ庄屋時代の古い水利の地図が残っている。鍵は、その地図に仕掛けられた暗号を解かなければ取り出せない。そして、その暗号は、私と博士にしか分からない」
「それこそが、澱読みの力が必要な理由だ」
佐野は理解した。
だが、安堵したのも束の間、アパートの外から、不気味な車のエンジン音が近づいてくる。
「権藤と仁平よ!彼らは、この鍵の情報を既に知っている!」小毬が声を上げる。
佐野は、全身の傷の痛みに耐えながら、窓の外を見た。暗闇の中、第三の勢力が乗る、古びた黒塗りのジープが、アパートの敷地に侵入してくるのが見えた。
「逃げるぞ、小毬。お前の鍵の暗号を解く前に、奴らに捕まるわけにはいかない」
佐野は、庄屋の隠し倉庫へ向かうべく、小毬の手を引き、破壊されたアパートを後にした。夜の野木町、権藤と仁平の追跡を振り切って、世界をリセットする鍵が隠された、古の庄屋の跡地へと急ぐ。
佐野と小毬は、追跡者たちをどのように振り切り、鍵の暗号を解読するのでしょうか?
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