第7話「王都の焦燥と愚者の来訪」
「エデン」の噂は、勇者パーティーだけでなく、王国の中枢をも揺るがしていた。
玉座の間では、国王と大臣たちが、商人からもたらされた「エデンの産物」を前に、深刻な面持ちで会議を開いていた。
「信じられん…。このカブは、ただ美味いだけではない。食べた者の魔力をわずかに増強させる効果があるだと?」
「こちらの水は、最高位の聖職者が作る聖水をも上回る治癒効果が確認されました。もはやポーションというより、エリクサーと呼ぶべき代物です」
「この剣の素材…アダマンタイトよりも硬く、ミスリルよりも軽い。このような金属、大陸中のどこを探しても存在しませんぞ!」
報告は、どれも信じがたいものばかりだった。辺境の地に突如として現れた都市国家が、王国の技術力を遥かに凌駕する産物を、いともたやすく生み出している。この事実は、大国としてのプライドをいたく傷つけ、同時に無視できない脅威として認識された。
「その『エデン』を統治するリアムとかいう男…何者なのだ?」
国王の問いに、宰相が重々しく口を開いた。
「はっ。調査しましたところ、驚くべきことがわかりました。その男、かつて勇者アルス殿のパーティーに所属していた鑑定士、リアム本人に間違いございません」
「なにっ!? あの、役立たずと噂の…?」
玉座の間に、どよめきが広がる。
「はい。アルス殿によって追放された後、辺境に流れ着き、そこで何らかの力に目覚めたものと推測されます。彼のスキル【鑑定】には、我々の知らない秘密があったのかもしれません」
大臣の一人が進み出た。
「陛下! これは我が国にとって、またとない好機です! そのリアムという男を王都に呼び戻し、その力を我が国の管理下に置くべきです! そうすれば、我が国は大陸の覇者となることも夢ではありますまい!」
「うむ…」
国王は腕を組み、深く考え込む。リアムの力は、確かに魅力的だ。だが、一人の人間に依存する国家運営は、あまりにも危うい。しかし、このままエデンを放置しておけば、いずれ国力で追い抜かれる可能性すらある。
「…勇者アルスは、今どこに?」
「はっ。ちょうど今、リアムを連れ戻すべく、エデンへ向かったとの報告が」
「そうか…。ならば、しばらくは静観しよう。アルスが彼を連れ戻せればそれでよし。もし失敗するようなら…その時は、我らが動くまでだ」
国王の決定は、非情なものだった。アルスたちを、いわば使い捨ての駒として利用するつもりなのだ。彼らの知らぬところで、国家レベルの思惑が動き始めていた。
その頃、アルス一行はエデンへと続く街道を馬でひた走っていた。彼らの胸中は、焦りと屈辱、そしてわずかな期待でごちゃ混ぜになっていた。
『リアムのやつ、一体どんな手を使ったんだ…?』
アルスは、リアムが何か隠し持っていた強力な魔法の道具(マジックアイテム)でも手に入れたのだろうと当たりをつけていた。
『だとしたら、それさえ奪えばいい。あいつのような無能に、宝の持ち腐れだ。俺様が使ってこそ、真価を発揮する』
相変わらず、彼は自分本位な考えから抜け出せていなかった。
セリアもまた、複雑な思いを抱えていた。
『もし、本当にリアムがすごい力を手に入れたのなら…。私がそばにいれば、聖女である私の力と合わさって、もっと素晴らしいことができるはず。そうよ、あんな辺境の村娘なんかより、私の方がずっと彼にふさわしいわ』
彼女は、リアムが成功した途端、再び彼にすり寄ることしか考えていなかった。かつて自分が見捨てた相手だというのに、そのことに対する罪悪感はひとかけらもなかった。
やがて、彼らの視界に、巨大な城壁が見えてきた。
「な…んだ、あれは…」
パーティーの誰もが、言葉を失った。
そこにあったのは、彼らが想像していたような、少し立派になった程度の村などではなかった。白く輝く、天を突くような美しい城壁。その高さと威容は、王都の城壁さえも小さく見せるほどだ。城壁に使われている石材は、見たこともない滑らかさと輝きを放っており、魔力さえも感じさせる。
城門をくぐり、都市の中へ入ると、さらに驚愕が彼らを待っていた。
石畳で舗装された清潔な道。整然と並ぶ美しい家々。そして、道行く人々の誰もが、幸福そうな笑顔を浮かべている。活気に満ち、豊かさに溢れたその光景は、停滞し、どこか殺伐とした雰囲気が漂う王都とは、まさに天国と地獄のようだった。
「ここが…本当に、あの何もない辺境だったのか…?」
あまりの変貌ぶりに、アルスたちは呆然と立ち尽くす。
自分たちがリアムを追放し、迷宮で足踏みをしている間に、彼はこんなにも途方もないものを創り上げていた。
その事実が、じわじわと彼らのプライドを蝕んでいく。
「おい、お前ら! 領主の館はどこだ! リアムに会わせろ!」
アルスは、近くを通りかかった住民に、尊大な態度で尋ねた。住民は、彼の傲慢な態度に一瞬眉をひそめたが、すぐに丁寧な口調で答えた。
「リアム様にご用ですか? でしたら、あちらの中央広場にある館ですが、今は来客の予定はないと伺っておりますが…」
「うるさい! 俺は勇者アルスだ! リアムとは旧知の仲だ、通せ!」
有無を言わさぬアルスの態度に、住民は困惑した表情を浮かべた。その騒ぎを聞きつけ、都市の衛兵が数人駆けつけてくる。彼らが身につけている鎧や剣は、アルスたちの装備よりも遥かに質が高いものに見えた。
「何事ですかな? ここで騒ぎを起こすのはご遠慮願いたい」
「黙れ! 俺を誰だと思っている! リアムを呼べと言っているんだ!」
アルスが衛兵を突き飛ばそうとした、その時。
「――そのくらいにしておけ、アルス」
凛とした、静かな声が響いた。
声のした方へ全員が振り返る。そこに立っていたのは、簡素ながらも品のある服をまとった、一人の青年だった。
かつてのおどおどした態度は微塵もなく、その瞳には一国の主としての自信と威厳が宿っている。
「リアム…!?」
セリアが、かすれた声でその名を呼んだ。
間違いなかった。そこにいたのは、自分たちが一年前に追放した、あのリアム本人だった。しかし、その雰囲気は、まるで別人のように変わっていた。
愚者たちの来訪を、リアムはただ静かな、そして凍てつくように冷たい目で見つめていた。
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