無能と追放された鑑定士、実は物の情報を書き換える神スキル【神の万年筆】の持ち主だったので、辺境で楽園国家を創ります!
藤宮かすみ
第1話「無能の烙印と追放の宣告」
「いい加減にしろよ、この寄生虫が!」
怒声と共に腹部に叩き込まれた衝撃に、俺は無様に地面を転がった。
肺から空気が無理やり押し出され、咳き込むことしかできない。見上げると、仁王立ちする男が忌々しげに俺を見下ろしていた。。黄金の鎧をまとった、この国の勇者アルス。そして、その背後には俺を冷たい目で見つめる仲間たちの姿があった。
『またか…』
最近はもう、これが日常になっていた。ダンジョン攻略で何か問題が起きるたび、その原因はすべて俺のせいにされる。
俺のスキルは【鑑定】。ただ物の情報が見えるだけの、戦闘においては全くの役立たず。勇者パーティーという、国中のエリートが集うこの場所では、俺は紛れもないお荷物だった。
「おいリアム、てめぇのせいでまた罠を見逃しかけたじゃねえか。一体何を見てやがんだ!」
「すまない、アルス…。魔力が複雑に絡み合っていて、鑑定に時間が…」
「言い訳は聞き飽きたんだよ!」
アルスの怒声が、薄暗いダンジョンの通路に響き渡る。
彼の言い分は理不尽そのものだ。そもそも今回の罠は、俺が事前に「この先は危険だ」と忠告したにもかかわらず、彼が功を焦って強引に進んだ結果だった。だが、そんな正論がこの男に通じるはずもない。
「アルス様、もうよろしいのでは。このような方に構っていては、時間がもったいありませんわ」
凛とした声が響く。アルスの隣に寄り添うように立つ、銀色の髪を揺らした絶世の美女。聖女セリア。
彼女はつい昨日まで、俺と将来を誓い合った婚約者だったはずだ。しかしその瞳に宿るのは、かつての慈愛に満ちた光ではなく、汚物を見るかのような冷え切った軽蔑の色だけだった。
「セリアの言う通りだな。なあリアム、お前に一つ、ありがたい知らせがある」
アルスはニヤリと口角を吊り上げて宣告した。
「お前は今日限りでクビだ。もう俺たちのパーティーにお前の居場所はない」
その言葉は、頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。クビ…? 追放? 俺が、このパーティーから?
「な…なんでだよ! 俺は今まで、必死にみんなのために…!」
「必死? 笑わせるな。お前がやったことと言えば、俺たちが稼いだ金で飯を食い、安全な後方から震えていただけだろうが。お前みたいな無能をこれ以上養ってやる義理はねえんだよ」
「そ、そんな…セリア! 君からも何か言ってくれ!」
藁にもすがる思いで、婚約者の名前を呼ぶ。彼女なら、きっと俺をかばってくれるはずだ。俺たちの間には、確かな愛があったはずだから。
だが、セリアはフンと鼻を鳴らし、美しい顔を歪めた。
「当然ですわ、アルス様。私も常々、リアムの無能さにはうんざりしておりましたもの。私の隣に立つべきは、あなたのような真の英雄だけ。寄生虫は失せ物探しでもして日銭を稼いでいればよろしいのでは?」
『寄生虫…』
その言葉が、鋭い刃となって俺の心を突き刺した。他の誰に言われるよりも、愛したはずの彼女から放たれた言葉が、一番深く、そして痛かった。
「そういうことだ。これは決定事項だ。今までご苦労だったな、寄生虫。ああ、そうだ。お前にくれてやった装備は全部置いていけよ。どうせ俺たちが稼いだ金で買ったもんだからな」
アルスはそう言うと、俺が持っていたなけなしの金貨袋まで奪い取り、仲間たちと共に背を向けた。
セリアは一度だけこちらを振り返り、勝ち誇ったような笑みを浮かべてアルスの腕に絡みつく。その姿が、俺の心を絶望の底へと叩き落とした。
誰も、俺を引き留めようとはしなかった。
一人、薄暗く湿ったダンジョンに取り残された俺は、しばらく呆然とその場に座り込んでいた。仲間からの罵倒、婚約者の裏切り。積み上げてきたものが、一瞬にして音を立てて崩れ去っていく。
どれくらいの時間が経っただろうか。重い体を引きずるようにしてダンジョンを脱出し、王都のギルドへ向かった。パーティーからの除名を正式に告げられ、宿を追い出され、文字通り無一文になった俺は、あてもなくとぼとぼと王都の門をくぐった。
夕日が街を赤く染めている。家族連れの笑い声や、恋人たちの囁きが、やけに耳に障った。俺にはもう、帰る場所も、迎えてくれる人もいない。
『これから、どうすればいいんだ…』
希望なんて、どこにも見当たらなかった。ただ、鉛のように重い足を引きずり、西へ、西へと歩き続ける。賑やかな王都の喧騒が遠ざかっていく。まるで、俺の存在そのものが世界から消えていくような、そんな感覚に襲われていた。
俺の人生は、ここで終わってしまったのかもしれない。そう、本気で思っていた。
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