第1話:僕が小説家としてデビューするまで
外見は地味で、どこか陰気なオタク的印象の千里が書くのは、中高生から社会人女性まで幅広い層に愛される、甘く切ない恋愛小説。ペンネーム「
一方、大学ではボーイッシュな
すべてがちぐはぐなこの姉弟が売れっ子になるまでの道のりは、決して順風満帆ではない。というか、今のこの状況は二人にとっても予想外であり、元々描いていた自分の姿とは真逆のものだった。
二人は子供の頃から物語が大好きだった。ジャンルを問わず本を読み漁り、図書館や古本屋をはしごしては、冒険小説から恋愛小説、ファンタジーからミステリーまで貪欲に読み耽った。そしていつしか「自分でも書きたい」という衝動が芽生え、二人とも中学生の頃には原稿用紙にペンを走らせていた。
思春期の男の子らしく、千里が夢見て書き始めたのは、カッコいい主人公が異世界で無双するファンタジー小説。頭の中では、剣を振るう最強の少年が敵をバッタバッタとなぎ倒し、美少女たちに讃えられる姿がキラキラと輝いていた。対する真央は、甘々で胸キュンな恋愛小説に心を奪われていた。彼女の理想は、運命の出会いから始まる切ないすれ違い、情熱的な告白、そしてハッピーエンド。少女漫画のようなときめきを自ら生み出し、本という世界に閉じ込めたかった。
だが、現実はそう甘くなかった。二人が書いた小説は、出版社に持ち込んでも没の山。ネットに投稿しても、閲覧数は伸びず、コメント欄は閑古鳥が鳴くばかりだった。当時高校生と中学生だった姉弟が人気を得られないのは、ごく普通のことではある。
それでも、二人の文才は本物だった。小さな新人賞コンテストでは、佳作や奨励賞をぽつぽつと獲得する程度には光るものがあった。ただ、いつも決まって同じ評価がついて回ること以外は。
千里のファンタジー小説は、こう酷評された。
「少年・青年向けなのに、キャラクターがやたら女々しい。悩みすぎ、繊細すぎ。バトルも心理描写が長すぎて爽快感がない!」
結果、落選続き。編集者からのコメントは、まるで千里の心をえぐるナイフのようだった。
一方、真央の恋愛小説も散々だった。
「キャラクターが破天荒すぎ、展開が豪快すぎ。恋愛の揺れ動く心理描写が皆無で、女性読者に全く共感されない!」
こちらも落選の山。真央は原稿を握り潰しながら、悔しさに歯を食いしばった。
そんな日々が続き、二人はコンテストの結果を見るたびに深くため息をついた。お互いの小説は読み合っていたが、感想を言い合うたびに、編集者のダメ出しをなぞるような言葉が飛び出す。なにしろ、書くのはともかく、小説を見る目だけは二人ともピカイチだったからだ。相手の作品の「ダメなところ」が、嫌でも目についてしまう。アドバイスや評価のつもりで出てくるのが、さんざん聞かされ続けたダメなところばかりなのだから、お互い素直に聞くことができない。
それが、二人のフラストレーションを積み上げていったのだろう。
ある日、ついに我慢の限界が来た。 きっかけは、夕飯のおかずの取り合いか、テレビのリモコンの奪い合いか、そんな些細でバカバカしい姉弟喧嘩だった。だが、溜まりに溜まったうっぷんが爆発し、ついにお互いの小説へのやっかみが口をついて出た。
「千里のファンタジー、ほんと女々しいよね!主人公がグチグチ悩むから、読んでてイライラするんだから!」
「真央姉の恋愛小説だって、キャラが暴走しすぎ!恋愛のドキドキ感ゼロで、ただのドタバタ劇じゃん!」
そして売り言葉に買い言葉。ついにお互い、禁断の領域に踏み込んだ。相手のジャンルへの悪態をついてしまったのだ。
「少女向け恋愛なんて、運命(笑)と過去の傷をそれっぽく繋いで、キャラを悩ませたり、勘違いでドタバタすれ違わせたり、イケメンに主人公を溺愛させたりしつつ、内面を深掘りして、繊細でロマンティックな文章で飾ればいいだけだろ!」
「男オタク向けの異世界ファンタジーハーレム萌えラノベなんて、冴えない主人公に適当なチート能力持たせたら、美少女軍団に囲わせて、『さすが!』とか『○○様すごい!』とか言わせて、脳汁ドバドバ出させたら、軽快なテンポで進めつつ、心が震えるような燃える展開を描けばいいんでしょ!簡単じゃない!」
「「それで面白く書くのが難しいんだよ!だったら書いてみろよ!!」」
「「じゃあ、書いてやるよ!!!」」
こうして、二人は怒りに任せてペンを握った。
冬休みの二週間、まるで憑かれたように書きまくった。千里は、真央が普段書くような甘々恋愛小説を。真央は、千里が目指していた最強主人公の異世界ファンタジーを。
ああは言ったものの、お互いとも読者としては、どんなジャンルも好きな雑食であり、どのジャンルにもリスペクトがある。実際二人が叫んだジャンルへの発言は、言葉尻こそ蔑視しているように聞こえるが、実際は「自分で読んで面白いと感じる作品の要素」を叫んでいるだけである。だから、真剣に、全身全霊を込めて書いた。
書き上げた原稿は、それぞれ新人賞コンテストに投稿。徹夜続きでぶっ倒れ、爆睡した二人は、目が覚めたときには怒りのエネルギーがすっかり抜けていた。
「なにやってたんだろ……」 「なにやってたんだろうね……」
二人は気まずそうに顔を見合わせ、頭を下げて仲直りした。そして大笑いしあうと、コンテストのことなんて、すっかり頭から抜け落ち、仲のいい姉弟に戻っていったのだ。
――そして、結果発表の日。
二人が投稿した作品は、どちらも大賞を受賞。 編集部から「ぜひ連載を!」と熱烈なオファーが来て、あっという間に商業デビューを果たしてしまったのだった。
「そしたら二人とも売れちゃったもんなあ……」
自室にて、かたかたとノートパソコンを叩きながら千里がつぶやく。
そりゃそうだ。繊細な描写と心理描写に素晴らしい才能がある人間が、読者が求めている「運命や過去の傷を繋いで、キャラが悩んだりすれ違ったりしつつ、イケメンな男たちが主人公の少女を溺愛し、話に深みを持たせながら、恋から愛に変わっていくのを読むだけで涙が出るような繊細でロマンティックな文章で飾られた恋愛小説」を書けば売れるに決まっている。
また、破天荒で豪快なキャラとストーリーを描くのが得意な人間が、「異世界ファンタジーで冴えない主人公がすごいチート能力を使って爽快に活躍し、魅力的な様々な個性ある美少女キャラに慕われつつ、軽快なテンポと豪快な文章で脳汁ドバドバ出てるところに、魅力的な敵キャラが現れて話が壮大になっていき、心が震えるような燃える展開が描かれた冒険小説」を書けば、これもまた売れるに決まっていた。
今でも千里はハーレムものを、姉は恋愛小説でヒットさせるという夢は持っている。だが、それ以上に、小説を書いていろんな人に読んでもらい、喜んでもらうという、麻薬のような感覚に、二人は勝てなかったのだ。実際、どんな小説だろうと書くのは好きだし。
こうして、二人は今日も人気小説を書き続けるのである。
レディース総長のヒミツを知った僕が、実は彼女の推しの恋愛小説家だとバレるまで ぐったり騎士 @kagekawa
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