第6話 焦げた手のひら
放課後の白鳥奏学院の門は、北鳥とはまったくもって違う空気を纏う。
風が通るたび、制服のリボンが柔らかく揺れ、花の香りが匂い立つ。
俺は、場違いな黒いヨレヨレの制服のまま立っていた。
門の前で、数人の女子生徒がこちらを見て小声で喋り、蔑む目で笑っている。
無理もない。
黒くヨレヨレな制服で鉄の匂いを纏う俺にとって、ここは別の世界なんだ。
でも、それでも会わなけれくちゃいけないんだ
誤解を解かなければ、あの音とは永遠に会えない。
白い鶴のような少女。
あの日、俺を見て、何かを壊されたような目をしていた。
調理部の食品バザーの試食体験を口実に白鳥高の敷地に入り込む。
校舎の陰で、微かにピアノの音が聞こえた。
それは、あの夜に聞いた旋律と同じ。
そのピアノの音は、誰の感情にも寄り添おうとせずとも、自然とその音に人は惹かれていく。
ただ、自由を求めたような音色。
俺は足を踏み出した。
靴底に芝の感触が伝わる。
おもたい…
けれど、もう俺は引き返さない
木の扉、ガラス張りの音楽室。
彼女は窓際に座って、ピアノを弾いていた。
白い指先が鍵盤を撫でるたび、白い光が跳ねた。
俺はドアの前に立つ。
ノックをするか、しないか数秒迷う。
心臓が、耳のすぐ横で鳴き刻んでいた。
会うんだ、と。
「……井鷹さん」
先に、彼女が気づいた。
澪波の声は、相変わらず絹のように細い。
少し震えている気がする…
俺は、心の底から頭を下げた。
心「この前は……あんな姿、見せて…ごめんなさい」
澪波は、しばらく黙っていた。
その沈黙の間はまるで、ピアノの弦なぞっているかの様に、次に発言する1つの言葉に考えを巡らせている。
澪波が暗闇を切り抜けるように発言する。
澪波「……怖かった、です」
その言葉は、白刃のように静かだった。
でも、その奥にあったのは、怒りではなく
――悲しみだった。
心「俺は、助けなかった。
でも、それは……怖かったからじゃない。
…俺がまた、誰かを傷つけるのが、怖かったんだ」
俺の声が震えた。
校舎の外では、風が花を揺らす音だけが響いていた。
澪波は、ゆっくりとピアノの蓋を閉じた。
その動作が、まるで心の扉を閉めるように見えて、胸が強く痛んだ。
澪波「……私、あなたの手が好きでした」
手が、好きだった?
心「え……?」
澪波「オルゴールを直してくれた時、
あなたの手は、少し焦げた匂いがしてて。
でも、優しかった。」
たしか、祖父の手伝いの後のことだった。
その手にはまだ工具を扱った匂いが、まだ残っていたのだ。
澪波「…だから、あの時、何もできなかったあなたを見て、それが嘘だったように思えて、なんだか少し、怖くなったんです」
少しの間だけど築き上げた関係は揺るぎないものだった。
だが、それを壊してしまったのは自分勝手な十字架を背負った、俺自身。
心「……」
澪波「でも、今はわかります。
優しい手ほど、痛みを知ってるんですよね」
許しの言葉などではない。
けれどその言葉は、夕日のように柔らかく胸に沈んだ。
彼女の言葉のあと、風が窓を揺らした。
その音が、焦げた俺の手のひらを優しく撫でた。
まるで、「もういいよ」と言うように。
飛べない鷹と飛ばない鶴、交わらない空の下で @take1031
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