ロリータとマニッシュ
翠そら
第1話
親の用意する服はいつも可愛い。
いわゆるガーリー系のフリルやリボンのついたもの。
どれも私には似合わないものばかり。
別に目に入れたくないというほど嫌いというわけではないが、好きとも着たいとも思わない。
でも、親が楽しそうに善意でそういった系統の服を買ってくるものだから断ることができずにいる。
それに、親はいつも忙しくほとんど家にいないから娘との交流が取れていないことを気にしている。
それを知っているからこそ断れない。
今日もまた可愛らしい服を一着買ってくれていた。
私はテーブルに置かれた透明な袋に入ったピンク色の服と置き手紙を手に取る。
置き手紙は定型文ではなく、いつも違う内容で短く書かれているから捨てにくい。
長い文章ではないことには感謝だが、溜まっていく手紙の多さに少しうんざりする。
手紙の多さは服の多さにも比例するから。
私は手に取った2つを自分の部屋に持ち帰り、手紙はいつもの箱の中に入れ、服が入った袋を開けた。
これはロリータ系だろうか。制服のようなワンピースに見えるそれは、胸の辺りにリボンが小さくあり、スカートの部分にも大きめのリボンがいくつかついてある。
着なくても私には全く似合わないであろうことが分かる。
部屋にある全身鏡の前で体に服を当ててみるが思った通りの結果だった。
そもそもなぜ親はこれが私に似合うと思って買ってくるのか分からない。
私の後ろの髪は少し襟足があるくらい短く、前髪は目が隠れるほど長い。
身長は171センチあり、いつも眠そうな顔で地味な見た目をしている。
中性的な顔だが、少しでも胸があるので女性だとは分かる。
チャームポイントがあるとすれば目の下のほくろくらいだ。
この娘を見て嬉しそうに可愛らしい服を買ってくる。
きっとそんな親が一番可愛いだろう。
私は買ってもらった服をハンガーにかけ、クローゼットに収納する。
もう10着はあるだろうか。
これほどあっても着たことがあるのは2〜3着で、しかも親の前での数回だ。
もったいないかもしれないが、着ることへの抵抗が勝つから着ようとすら思わない。
私はクローゼットの中にある引き出しからトップスとボトムスを選び服を出す。
メンズのベージュ色の半袖シャツに灰色よりの黒いズボンを履いて鏡の前に立つ。
私はこっちの方が落ち着く。
可愛いよりもかっこいい服装の方がやっぱり好きだと思う。
私は洗面所に行っていつものように髪型をセットする。
センターパートになった髪の毛は綺麗に整えられ、左耳には銀色のイヤーカフをつけ、軽くメイクもする。
今日は映画館で映画を観て、カフェに寄って帰るという予定がある。
休日は学校やクラスの誰にも見つかりたくない。
数少ない友人にも会いたいとは思わない。
会う時は学校に行く時と同じような見た目で地味な格好をして会っているから余計に見つかりたくないと思う。
昔、メンズの格好をしてクラスの人に会った時に男の子になりたいの?と引かれた苦い思い出がある。
別に女の子はメンズの服を着てはいけないという決まりはないし、必ずしも男の子になりたいわけでもない。
言ったとしてもどうせ理解されないだろうが。
私は玄関で靴を履き、目的の映画館に向かう。
やっぱり休日だけあって人が多い。
最近、人気のアニメの映画も上映が始まったこともあってか若い人たちで賑わっている。
アニメ映画は席が埋まっているだろうけど、私が観るのはホラー映画だから席は空いているはず。
私は映画のチケットを買おうと券売機に向かう。
予約している人が多かったのか券売機には人が少なかった。
私の後ろにも人は並んでいない。
目の前には、一つの券売機に男性2人が誰かを囲んで話しており、その横の券売機には違う男性が背もたれにしてスマホを触っている。
他の券売機は空いていない。
あの男性、邪魔だな……。どいてくれないだろうか。
私は券売機を使わないのであれば譲ってくれないかと言おうと思い、券売機を背もたれにしている男性の前に行く。
だが、男性に話しかけようとする前に男性2人組の声が聞こえてきて足が止まる。
ナンパだ。見なくても分かった。
お茶に誘う男性と嫌がる女性の声がするからそうだろうと思う。
でも、私には関係ない。
ちらっと横目でその3人の横を通り過ぎようとした時、フリルのついたワンピースのような服装が目に入った。
今朝、私が貰ったものに似ている気がする。その服に汚らわしい手が触れる。
私は気がついたらその手を掴んでいた。
3人が驚いた顔で私を見ている。
そりゃそうだ。自分でも驚いている。
「すみません、お兄さんたち。その子は私と映画を観る約束をしていたので諦めてくれませんか?」
私は笑顔で申し訳なさそうな顔もしつつ、男性2人に謝る。
咄嗟の行動であってもこの行動を放置するわけにもいかないので仕方なく女の子を助けることにした。
それでも、男性2人は私もいれてお茶しようと誘ってくるので諦めが悪いなと思う。
「すみません、私はこの子と2人きりで遊びたいので」
私はそう言って、ロリータの服装を着た女の子の手を取る。
その女の子は私が女性だと分かっているからか、それとも驚いて固まっているだけなのか手を握っても動かなかった。
「ね?」
私は女の子に笑顔で同意の返事を促す。
「はい。お兄さん方、誘っていただいたところ申し訳ありません」
それに気がついたのか女の子は私に話を合わせてくれた。
断られた男性2人はしぶしぶ帰り、横でスマホを触っていた男性もその2人の後を追ってどこかへ行った。
「あの、助けていただきありがとうございました」
私は手を離した女の子の方を向くと、感謝の言葉をかけらえた。
よく見ると女の子の服装は私が貰ったものとは少し違っていたが可愛らしいことに間違いはなかった。
「いえ、お姉さんが無事でよかったです。それでは」
私はなるべく早くこの場を立ち去ろうと空いた券売機に向かう。
だが、私は後ろから手首を掴まれ、立ち止まることになる。
「あの、助けていただいたお礼がしたいです。今からは……映画を観られますよね?その後でもお礼をさせてくれないでしょうか?」
まさかお姉さんからナンパをされるとは思わなかった。
まぁ、ナンパではなくお礼と言っていたけど。
「お礼はいらないですよ」
「いえ、時間を取らせてしまいましたし、お礼はさせてください」
お姉さんはなかなか身を引かず、私の右手首を両手で握っている。
あまり人に関わりたくないんだけどな。
「分かりました。では、映画が終わってからカフェでお茶しませんか?映画の後に行く予定でしたので」
私は自分の予定が崩れない内容を提案したが、これではナンパしていた男性と変わらないなと後から気づく。
「分かりました。ぜひ、ご一緒させてください。では、何時に集合しますか?場所は映画館の出入り口の近くでもいいでしょうか?」
意外と断られることもなく、お姉さんから質問とともに場所の指定をされる。
私はホラー映画の上映時間を思い出す。
「場所はそこで大丈夫です。時間は12時20分でどうでしょうか?」
私はホラー映画が終わった10分後の時間を伝える。
「分かりました。私もその時間でしたら大丈夫です。では、また後でよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
丁寧な言葉につられて私も同じ言葉を繰り返す。
お姉さんは券売機に向き直り、情報を入力し始めた。
私も横の券売機で同じように情報を入力する。
お姉さんは何を観るんだろうか。
待ち合わせ時間があれでいいのなら私が観る映画と大体同じ時間に終わるものだろう。
あるいは同じ映画か。
まさかね。
これ以上あのお姉さんに関わるつもりもないし、考えないことにした。
私は発行された券を持って上映時間までの間をスマホで近くのカフェを探しながら潰した。
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