救世の闇魔法

なまけもの先生

第1話 崩壊したバルザックを訪れて

 魔王が殺された。魔王を殺したのは、魔王の実の子であるノクトだ。ノクトは魔王殺しの罪で、魔王軍から指名手配をされている。もし彼が魔王軍に捕まったならば、すぐさま死刑だろう。

 

 魔王亡き魔王軍は崩壊するかと思われた。しかしノクトの異母兄であるゼルクが新たな魔王となり、魔王軍は崩壊の危機を免れた。そして新たな魔王を守るために、魔王直属の最強幹部が六名選ばれた。新魔王に選ばれし六つの星ということで、それら六人は六魔星と呼ばれている。

 

 ゼルクが新魔王となってから世界は以前にも増して荒れ果てた。かつての魔王が死んでからたった数年の間のことだ。ゼルクは六魔星に世界征服を命じて、魔王軍による世界統一を目指している。六魔星は一人でも国を一つ滅ぼす力があると言われていて、ことごとく世界中の国が征服されてしまった。そのような世も末の時代に行き場もなく放蕩するノクトは、ただ魔王軍からの追跡から逃れる毎日を送っていたのだった。


 ノクトは魔王軍に支配されて寂れてしまった国であるザルベックに来ていた。この国の王はつい最近、魔王軍の精鋭に殺されてしまった。ノクトは寂れた街を眺める。すると黒い腕章をした人達が連なって歩いている。何か重たい荷物を運ばされている様子だ。きっと奴隷だろう。それらの人々は一人の中年男性に怒鳴られていた。


「遅い!もっと早く動け!このノロマ野郎が!」

いかにも人相の悪そうな男性だった。男は黒い腕章の人々を殴る蹴る。それらの人々の中には女性や子どもも混ざっていた。


 ノクトは怒りを覚えた。ひどい世の中だ。そしてノクトが人相の悪い男性に向かおうとしたそのとき‥‥


「僕の国の民に酷いことをするな!皆を解放しろ!」

まだ年が一桁だろう幼い少年がどこからか現れて叫んだ。すると例の男が少年を見てニヤリと笑う。


「これはこれは、殺された王の子じゃないか。もうこの国の長は変わったんだ!もうこの国はお前のものじゃない。失せろ!」

「黙れ!」

 

 少年は男を殴ろうとするが、男が容赦なく少年を蹴飛ばした。すると少年は吹っ飛ばされた。しかし少年はそれでも立ち上がって男に立ち向かおうとする。


「お前たち魔王軍はクズの集まりだ‼︎パパは国の人から慕われていた。パパはザルベックをもっと良くしようと努力していたんだ!それなのにお前たちがそんなパパを殺してしまった!この人でなし‼︎僕がお前みたいなやつ殺してやる‼︎」


 魔王軍の男はイライラした様子で少年に向かう。

「もういい。殺す。」

男は呪文を唱えた。魔法で少年を殺すつもりだ。

 

 人間の体内にはマナというエネルギーが流れている。そのマナは基本的に四つの属性に分類される。それらは火、風、土、水に分けられる。火は風に強く、風は土に強く、土は水に強く、水は火に強い。基本的に一人の者には一属性のマナしか流れていない。もちろんこれら以外にも氷や雷といった一般的ではないマナの属性も存在する。


 男が唱えたのは火属性の呪文だった。男が少年に右手をかざすと、その手からは強烈な炎が渦状に発生した。

 

 炎の渦が少年に襲いかかる。強烈な渦状の炎が少年を焼き尽くすかと思われた。ノクトは余りにも束の間の出来事だったので、少年を助けることができなかった。

 

 少年は自分が死んでしまうかと思った。目の前には自分を焼き尽くそうとする炎がメラメラと燃えている。すると突如、赤髪の女性が少年の目の前に現れる。それはノクトも驚くほどに俊敏な動きだった。


 女性の体格は小柄で引き締まっており、筋肉質というよりは俊敏でしなやかな猫のようなバネを思わせた。

 

 赤髪の女性は拳に炎を纏って、少年に迫り来る火属性魔法をひと殴りした。すると男の魔法は砕け散ってしまった。

 

「こんな小さい子に暴力を振るうなんてあり得ない‼︎アタシがいなかったら、この少年は死んでしまってたよ⁉︎力の加減ってものをもっと考えないとダメだよ‼︎」

 

 男は自分の魔法が消滅したことに腹を立てた。

「俺はそいつを殺すつもりだったんだ!部外者はどこかに行け!じゃないとお前も殺すぞ‼︎」

「どうしてこんなにも小さい子を殺そうとするの⁉︎最低‼︎アタシがこの子を絶対に守るから‼︎」

「守れるものなら守ってみろ‼︎」

 

 こうして赤髪の女性と魔王軍の男は戦い始めた。魔王軍の男は次々と精度の高い火属性魔法を連発した。幾つもの火の矢が赤髪の女性を襲う。しかし女性はそれらを全て超近距離型の火属性魔法で吹き飛ばした。 女性は全身に炎を纏って、殴る蹴るだけで全ての攻撃魔法を相殺させる。

 

 男は腹を立てた。そしてこの戦闘中で一番強力な魔法を発動した。巨大な炎の波が女性に襲い掛かる。しかし女性は少しもためらわない。そして彼女も負けじと魔法を発動した。


「紅蓮獅霊召喚。焔獅子乱舞‼︎」

瞬間、地を這う火花が円環を描き、紅蓮の魔法陣が眩く輝いた。そこから溢れ出した炎は形を変え、鬣を燃やす巨大な獅子の守護霊となって咆哮する。その声は空気を震わせ、魔王軍の男の心胆を凍らせた。

 

 炎の獅子は相手の攻撃魔法を呆気なく破ってしまった。そして獅子は役目を終えて消滅する。

 

「クソ!お前はいったい何者なんだ‼︎その魔法は確か猫人族に伝わる奥義魔法‥‥魔法で負けるなら数で圧倒してやる‼︎」


 男の掛け声でざっと10人以上の兵士が前に出てきた。赤髪の女性は大勢の敵に囲まれた。女性はこれくらいの人数なら戦えると思ったが、更に何人かの兵士が戦闘に合流する。女性の後ろには無力な少年がいる。女性は少年を守りながら、この大人数と戦闘をすることは難しいと考えた。彼女は困惑した。するとどこからか声が響く。

 

「火属性の魔法使い。俺がこいつらと戦うから、あんたは少年を守ってやってくれ。」

前に出たのはノクトだった。彼は腰にある鞘から刀を抜く。

 

「誰だテメェは⁉︎この人数相手にお前一人で戦うっていうのか⁉︎アホも度がすぎると命取りだな‼︎」

周囲の魔王軍兵士がドッと笑う。


「いいからかかってこい。」

「大した自信だな。お前もそこの赤髪と一緒で魔法に自信があるのか⁇でもな、どんだけ強い魔法もこの人数相手なら厳しいだろう。」

「いや、俺は魔法を使わない。」


周囲の兵士は再び笑った。魔法なしでこの人数の魔法使いと戦闘をするのは、普通に考えると致命的すぎた。女性も「大丈夫⁇」と心配をする。するとノクトは「任せておけ。」と呟いた。


「いっせいに来い。面倒だから。一気に片付ける。」

「舐めやがって‼︎お前らまとめてかかれ‼︎殺してしまってもいいからな‼︎」


 何人もの兵士が一斉に呪文を唱える。赤髪の女性は「あたしが何とかしなくちゃ」と考える。そして女性は再び魔法を発動しようとするが、ノクトが彼女に叫んだ。

「大丈夫だ‼︎あんたは少年を守ることだけに専念してくれ。」

「でも‥‥」

 

 女性はノクトの言葉を信用していなかった。それもそのはずだ。この人数相手に勝てるわけがない。正直、自分でも厳しい。いや、無理かもしれない。そう思っていたがノクトの言葉に従うことにした。

 

 幾つもの強力魔法がノクトを襲う。各々が自らの発動できる一番強い魔法を発動した。火、風、土、水。全ての一般属性の魔法がノクトに襲い掛かる。すると赤髪の女性は信じられない光景を目にした。ノクトが魔法も発動せずに、鞘から抜いた剣だけで全ての魔法を消し去ってしまった。

 

 全員が息を飲み込む。魔王軍の兵士たちは、言葉を出すことさえも出来なかった。

 

「お前ら‼︎なに黙って見てる‼︎ぼんやりするな‼︎数を連発するんだ‼︎」

驚くほどの数の魔法がノクトに再び襲い掛かる。数はさっきの倍以上だ。炎の波、大きな竜巻、巨大な岩、何発もの水の銃弾。その全てをノクトは切り刻んでしまって、魔王軍の兵士をみんな斬り倒してしまった。


ノクトが黒い腕章の人に近づいて「大丈夫ですか?」と尋ねる。すると「もう終わりだ‥‥」と黒い腕章をつけた奴隷が表情を変えて怯えていた。


「君はなんてことをしたんだ。これでもう君も私達も皆殺しだ‥‥」

 

 その場にいた黒い腕章の者たちが全員恐れおののいていた。すると少年が彼等の前に出て堂々と口を開いた。

「僕があなた達を守ります。バルネス家の名にかけて。」

「もう王様は死んだんだ‼︎この国はもう崩壊した‼︎君みたいな幼い子どもにできることなんて何もない。残された俺たちはもう一生奴隷をやっていくしかないんだ。失せろ‼︎」

 

 少年はザルベックの王家であるバルネス家の血を継ぐ者だ。名をミレオという。彼の家族はみんな殺されてしまった。親戚の者で魔王軍から逃亡して生き残った者もいるが、王家の直系で生き残っている者はミレオだけだった。

 

 彼は正義感が人一倍強かった。父はとても優しい王で、常に民から慕われていた。王は正義感が非常に強く、いつであっても悪を裁き弱い者を悪から守った。

 

 ミレオは父の背中を見て育った。そのためにいつも父の言葉が頭に残っている。

「ミレオいいかい⁇強さってのはね、困っている人のために使うんだよ。だからミレオは困っている人を絶対に見捨てない優しい王様になりなさい。」

 

 ミレオは黒い腕章の者に怒鳴られて言葉を失ってしまった。パパ。けっきょく誰かを助けられるのは、力のある者だけなんだ。僕は弱い。パパとは違う。僕が強いと思っていたパパでさえ国を助けられなかった。ならいったい僕はどうすればいいんだ⁇

 

 少年は涙目になった。少年に向かって「早くこの場を去れ‼︎俺たちまで殺されてしまう‼︎」と罵声が浴びせられた。すると赤髪の女性がミレオの手を引いた。


「君はザルベックの王子なんだよね⁇詳しく話を聞かせてよ。もしかしたらアタシたちが力になれるかもしれない。」

 

 ノクトはこの場から離れようとした。すると赤髪の女性がノクトを呼び止める。

「あなたもついてきて‼︎何だかビビビッてきたんだけど、あなたの力が必要な気がするの‼︎アタシ、バカだけど勘だけは凄く良いんだから‼︎」

 

 ノクトは一瞬迷ったが承知した。ノクトは何か目的があってザルベックに来たわけでもない。時間を持て余していたので、可哀想な王子の話でも聞いていこうと思った。


 彼等はミレオの住む隠れ家へと向かった。時々、魔王軍の兵士に襲われたがノクトが皆やっつけてしまった。ミレオはこの人達なら本当にこの国を救ってくれるかもしれない。本気でそう思いながら隠れ家へと歩いて行ったのだった。 

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