そしてぼくらは、ライバルになった。
吉城あやね
そしてぼくらは、ライバルになった。
絶対に負けられない。これは、おれのプライドを懸けた戦いだ。給食のデザートを賭けたっていい。イチゴのショートケーキだ?そんなもの、あいつにくれてやるさ。みんなはしょせん、十歳の甘ちゃんだ。
漢字ドリルをめくり、そらがきをくり返す。もちろん音読は欠かさない。合間にあいつの席を見る。やっぱり、今回の漢字にはおたがい苦労するよな。そう思っていた。
…は?まてよ、おいおい。あいつ、ダンショーしてんの?ぼくはこんなにがんばってんのに?ショートケーキを賭ける?あれ、ぼくはどうしてそんなことを言ったんだ?あいつは友達と話して笑っててもいいくらい余裕なのに。どうしてぼくは、ここまでしないと覚えられないんだ?
「大樹(たいじゅ)。今日テストあったんでしょ?手応え、どうよ?」
お母さんがニヤニヤしながら訊いてくる。やめてよ。せっかくのゲームが楽しくなくなる。
「いいんじゃないの?知らんけど」
「大樹にしては弱気だね?」
さらに何か言おうとしたのだろう。口を開きかけたとき、妹が抱っこをせがんだ。まだ四歳だ、甘えたい盛りなのだろう。僕に甘えてくれたっていいじゃないか。お母さんも、「満(みちる)、やめてよ。重いんだけど」とか言う割には、楽しそうじゃん。
「あのね、負けたくないやつがいんの」
満を抱っこしながら、お母さんは目を輝かせた。
「えっ、ライバルってこと?」
「そうなるのかな」
「激アツじゃん!大樹は漫画読まないから知らんか」
このおかん、いきなり冷静な顔になった。
「そのライバル、どこの誰?男の子?はっ、もしや、女の子?数年後に恋しちゃう感じ?!」
キャーキャーと一人で盛り上がるお母さんを横目に、もう一度漢字ドリルを開いた。さすがにハイテンションな母に付き合うのは疲れたのか、満が絵本を持ってやってきてとなりで文を読み上げ始めた。
「みっちゃん、これわかんの?」
「みっちゃん、わかるよ。にーに、たのしー?」
ここで「楽しくない」と答えたら、満は勉強はイヤなものだっていう思い込みを持ったまま小学生になるのかな。
「読める字が増えるんだもん。楽しくてしかたがないね!」
我ながら皮肉的だな。
四時間目、国語。漢字テストが返ってくる。ドキドキしながら、名前が呼ばれるのを待つ。名字は、須加(すが)だ。さ行は割と早くやってくるはずなのに、とてつもなく長く感じる。こんな五十問テストなんか、小テストみたいなもんだ。なんでこんなに緊張しなきゃいけないんだ。
ちらっとあいつを見た。あいつはいつもと変わらず、教科書を読んだりとなりの席の子と話をしたりしている。これは、王様の余裕ってやつなのか?
「須加くん」
野崎先生に呼ばれたとき、緊張で席から飛び上がりそうだった。
「須加くん、よく頑張ってるね。この調子だよ」
やった、褒められた!野崎先生は、僕の努力を分かってくれる。だから大好きな先生だ。ぼくは先生とハイタッチをすると、自信満々に席にもどった。
「蓼丸(たでまる)くん」
呼ばれたあいつは、自信満々に歩いていって、笑顔で先生と話している。まるで、「よく頑張ったね。蓼丸くん、さすがだね」と言ってもらっているみたいだ。やっぱりあいつは、満点なのかな。
昼休み、蓼丸は一人だった。
「なあ、蓼丸くん」
「須加くんじゃん。どした?あ、俺、蓼丸じゃなくて、「だいき」でいいよ」
「うん。ぼくのことも「たいじゅ」って呼んでよ。漢字テスト、何点だった?」
「えっ?いきなりじゃん。たいじゅくんって面白いね」
「答え合わせしたいんだ」
苦しまぎれの言い訳だし、後であいつに点数を知られるのはシャクだ。だが、点数を知らずに次で勝てなくなるのはもっともっと、もーっとイヤなんだ。耐えろ、須加大樹。
「俺ね、四十七点だったんだ。たいじゅくんは?」
あ、負けた。負けはもう見えてしまったのに、相手に知られるのはやっぱり恥ずかしい。
「…よ、四十五点」
「たいじゅくん、いっつもドリル見てはそらがきしてるもんね。えらいな。俺、そんなに頑張れないよ」
言葉に詰まった。君は努力のドの字も見せないじゃないか。いつも誰かとしゃべってるんだ。頑張れない?僕よりいい点とってるじゃないか。
「だいきくん、どうやって勉強してんの?」
「ええと、俺、テレビの字幕とか、本の漢字とかあるじゃん?ああいうので覚えちゃうんだよね」
「え、どういうこと?」
「あ、もちろん一回じゃないよ。読み方調べて何回も読むんだよ。あと、お母さんの勧めで検定も受けてみたりしてるかな」
そうか、蓼丸大樹は、いわゆる天才とかじゃないんだな。あいつは検定のために勉強してて、字幕や本を意識して読んでいるから自然と覚えちゃうんだ。それを、普段の漢字テストで発揮しているだけなんだ。
そう知って初めて、ココウの天才だと思っていただいきくんが、身近な人のように感じた。ふだんテレビに出ている人とまるで友達のように話せたらこうなんだろうなっていう、あの感じだった。
そしてぼくらは、ライバルになった。 吉城あやね @ayanen0516
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます