第二十五話  父の姿

 皇宮、玉座の間。

 皇帝玉座前――。

 元皇帝、ライゼンベルフはセドリーに皇帝の座を追われてから、初めて玉座前に来ていた。

 もう、すでに座る事は出来ない。

 皇帝ではないのだから。

 座るのはセドリーか、アイゼルか。

 第四皇子のデルボルフはまだ、覚悟足らない様子だ。周りの側近らに唆されて立候補してみた感じだろうが、未だ気概は見えなかった。

 それに、第三皇子、リューグストフは死んだ。

 年もセドリーと近かったはず、同じように皇族として育ててきた。

 皇位選も二人で争うのだと、そう思っていたんだが。

「ちゃんと寝れていますか?」

 背後から若い少年の声で、振り返った。

「ウーデルバッハか。珍しいな、玉座の間まで来るなんて」

「父上のご様子が気になって。もしかしたらここに来てるんじゃないかと」

「お前は昔から勘が鋭い」

 久々に褒められてウーデルバッハは頬が緩んだ。

 ライゼンベルフに手招きをされ、玉座の間へ入室する。

「私がこの椅子に座ったのは三十二歳の時だった。昨日のことのように思えてしまう」

 ライゼンベルフは嬉しそうに昔話を始める。

 まるで、自慢話を息子に聞かせるように。

「初めで座ったときは、父によく怒られた。姿勢がなっていない。もっと皇帝らしく振る舞えなど。鬱陶しく感じていたが、父が死んでから改めてありがたい事だと感じた」

「父上・・・」

「ウーデルバッハよ、私は間違えたのか?」

「は?」

 その質問は意味がわからなかった。

 しかし、父の顔は悲しそうだ。

「民を苦しませ、税を貪り、私利私欲のためにそれを使う貴族たち。私はそれを見て何も思わなくなってしまった」

 勿論、ライゼンベルフも最初から腐っていたわけではなかった。先帝の行い、貴族どものおせっかいで、彼は徐々に歪んでしまったのだ。

 そして、おかしくなってしまった。口を閉ざし、宰相に政を任したのもそのせいであろう。

 それゆえ、娼館に入り浸り、慰めを求めた。

「皮肉なことに、自分が狂っていたことを気付いたのは皇帝を辞めたときだった」

「それで、良かったではないですか。今、気づけて」

 お建てるのではなく、静かに返答した。

「ふ、そうだな」

 ライゼンベルフは左手に付いた指輪を触った。

「それは?」

「代々、皇帝になる者に渡す証みたいなものだ。『皇玉輪こうぎょくりん』という」

 そして、続けて、ライゼンベルフは。

「これをあいつらの誰かに渡すのだろうな」

 玉座を見やって、視線をウーデルバッハに戻す。

「まあ、俺は誰が皇帝でも支えていくさ。可愛い息子、娘たちだ」

 屈託のない笑顔だった。主語が私から俺に変わっている。今彼は皇帝という面を剥がしているのだ。そして、初めて見た、父親の笑顔だった。

「もちろん、お前もだ!ウーデルバッハ!」

 ライゼンベルフは彼の頭をわしゃわしゃした。

 久々に元気な父を見れて、満足した。


 皇宮、東の間。

 セドリーの自室。

「わざわざ、参陣してくださり、誠にありがとうございます」

 ダグラスが敬語を使い、頭を下げる相手は、2メートルはある、身長の高い男だった。

 黒いローブに身を包み、フードを深く被っているため、顔ははっきりとは見えない。

 そして、背中には二本の剣が背負われていて、その異様な気配にセドリーも恐怖覚えるほどだった。

「――構わん。しかし、約束は守ってもらうぞ?」

「もちろんです。こちらの首尾は上場ですから、必ずや、セドリー殿下が王に」

「そうでなくては困る。オレが貴様らについたメリットがなくなる」

 セドリーは机にあるコーヒーを飲むと、次の算段について話し始めた。

「あとはアイゼルだけだな。デルボルフは小心者すぎる、相手にならん」

 ダグラスもそれに賛同した。

「ええ。アイゼル皇女も武力では劣っています。彼女もこの戦いから、退場してもらいますか?」

「いや、あいつはいい。流石に目立ちすぎた。次も同じ手は使えん。それに状況違うしな」

 ダグラスは返答する事なかった。いくら侍従武官でもこれ以上、出しゃばった真似をすれば命はない。

「リューグストフめ、俺を嵌めようとするからだ。バカが」

 セドリーは口角を上げて、自分の才能に酔いしれていた。

 ダグラスも続けて笑った。

「さすがは殿下ですな」

 その様子を見ていたミハイルはどうも気分が悪かった。

 腐った人間はたくさん見てきた。呆れるほどクソな奴も。

 彼らからはそれと同等の気配が漂っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る