帝国残響
誠ノ士郎
プロローグ 魔女の将校
夜明け前。
連邦との軍事境界線は、夜明けと同時に始まる大規模攻勢に備えて静まり返っていた。
戦友の血でまだ濡れたライフルを抱え、将校はただ暗闇を睨みつけている。
「――いつでも出られるわよ」
白銀の髪をなびかせ、女が塹壕を歩いてきた。腰をかがめることもなく。
黒の軍服に似せて仕立てられた、彼女専用の特注品を纏っている。
「まだだ。夜明けと同時にだ。連邦はまだお前の存在を知らない。引き込めるだけ引き込む」
将校は軍帽を深くかぶり、塹壕からゆっくりと顔を上げた。
土煙、死体の山。
十四日以上続く戦争が、風景をこう変えていた。
腕時計を確かめる。指針は五時を指している。
その瞬間、大地が震えた。
通信兵が駆け寄り、偵察隊からの報告を叫ぶ。
「連邦軍、約三万! 進軍開始! 戦車二十五、重装機四十を視認!」
周囲の兵士たちがざわめいた。
新兵の多くが緊張で震えている。だが――三万という数を聞いても、誰一人怯えることも、逃げ出そうとする者もいない。
勝利を疑っていないのだ。視線は自然と、将校と白銀の女に集まる。
「全軍、配置につきました! いつでもいけます、ヴィクター大尉!」
「……よし。始めるぞ、魔女」
ヴィクターが隣の女へと合図する。白銀の魔女は一歩踏み出すと、勢いよく上空へと舞い上がった。
「――アグラーペ・インコネクト」
掌から黒のオーラが迸る。
夜明けの空は一瞬で漆黒に染まり、連邦軍の進軍は思わず中断された。兵士たちが慌てて攻撃を始めようとする。だが、遅い。
次の瞬間――。
三万の軍勢、その中心に黒い衝撃が走る。
爆風が戦車を巻き込み、兵士ごと吹き飛ばした。
この日を境に、こう語られる。
――三百年のちまで、帝国に魔女あり、と。
これは魔女と将校が、世界を統一する物語
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