スキルなしで転生した俺、現代知識という唯一の武器で荒れた村を大改革!いつの間にか英雄と呼ばれ、領主になっていました

藤宮かすみ

第01話「スキルなし転生と、猫耳の少女」

「う……ん……」


 重い頭痛と共に意識が浮上する。

 まぶたの裏で光がチカチカと明滅し、見知らぬ木の天井が視界に飛び込んできた。


「……どこだ、ここは?」


 俺の名前は相川悠人。三十代半ばの、どこにでもいる平凡なサラリーマンだ。

 連日の残業と休日出勤のコンボの末、会社のデスクに突っ伏したところまでの記憶しかない。

 まさか、過労死……?

 慌てて身体を起こそうとして、異変に気づく。やけに手足が軽い。

 視線を落とせば、そこには日に焼けた細い腕。どう見ても、三十路男のそれではなかった。


「……嘘だろ」


 部屋の隅にあった水瓶に駆け寄り、水面を覗き込む。

 そこに映っていたのは、黒髪黒目の、十代半ばくらいの見知らぬ少年の顔だった。

 パニックに陥る俺の頭に、断片的な映像が流れ込んでくる。

 この少年の名前はユウト。辺境の村で両親を亡くし、一人で暮らしていたこと。昨日、森で薬草を採っている最中に崖から足を滑らせ、頭を強く打ったこと。

 どうやら俺は、このユウトという少年に成り代わってしまったらしい。いわゆる異世界転生というやつか。


「マジか……」


 呆然とつぶやく。

 窓の外からは、のどかな鳥のさえずりが聞こえてくる。石と木で作られた簡素な家々。道行く人々は、まるで中世ヨーロッパの映画から抜け出してきたかのような格好だ。


「ステータスオープン!」


 思わず叫んでみたが、目の前にゲームのようなウインドウは現れない。

 どうやら、転生特典のチート能力はないらしい。魔法の才能も……残念ながら、身体のどこからも魔力的なものは感じられなかった。

 スキルなし、魔法なし。あるのは前世のサラリーマンとしての記憶だけ。


「詰んでないか、これ?」


 途方に暮れていると、不意に玄関の扉が乱暴に叩かれた。


「ユウト! いるんだろ、開けな!」


 野太い男の声。俺、もといユウトの記憶によれば、村のガキ大将的存在の男だ。

 確か、何かにつけてユウトに絡んできていたはず。

 どうしようかと迷っていると、再び扉が強く叩かれる。仕方なく、俺は覚悟を決めて扉を開けた。


「よう、ユウト。怪我はもういいのかよ?」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた大柄な男が、二人組で立っていた。


「ああ、まあ……」

「なら良かった。お前、親の残した畑があるだろ? 俺たちに貸せよ。どうせお前一人じゃ、ろくに世話もできねえんだから」


 無茶苦茶な言い分だ。記憶の中のユウトは、ここで何も言えずに泣き寝入りしていたらしい。

 だが、今の俺は中身が三十代のサラリーマン。理不尽な要求に、そう易々と従うわけにはいかない。


「断る。あの畑は、父さんと母さんが残してくれた大切なものだ」

「ああん? 生意気な口を利きやがって!」


 男が拳を振り上げた、その時だった。


「――そこまでだ」


 凛とした少女の声が響く。

 振り返ると、そこには猫の耳と尻尾を生やした、美しい少女が立っていた。歳は俺と同じくらいだろうか。しなやかな身体つきに、腰に差した短剣が良く似合う。


「リナ……! てめえ、関係ねえだろ!」


 リナと呼ばれた少女は、男たちを鋭い目で睨みつけた。


「弱い者いじめは見ていられない。それに、ユウトは村の大事な一員だ。彼に何かあれば、私が相手になる」


 彼女から放たれる気迫に、男たちはたじろいだ。

 この村では獣人族は身体能力が高いことで知られており、特に狩人であるリナは村一番の腕利きだ。


「ちっ……覚えとけよ!」


 捨て台詞を残し、男たちは逃げるように去っていった。


「……助かった。ありがとう」


 俺が頭を下げると、リナはふいっと顔をそむけた。


「別に。あんたのためじゃない。ああいうのが嫌いなだけだ」


 ツンとした態度だが、その耳がぴくぴくと動いているのが見えて、少しだけ可愛く思えた。

 彼女は俺を一瞥すると、「怪我、大事ないようで良かった」と小さな声でつぶやき、すぐに森の方へと走り去ってしまった。

 一人残された俺は、さっき男に言われた言葉を思い返す。


「畑、か……」


 ユウトの両親が残した畑は、決して広くはないが、村の中では日当たりの良い一等地にあった。

 だが、今のままでは、あの男たちの言う通り、ろくに作物を育てることもできないだろう。

 農業の経験なんて、小学生の時の芋掘りくらいだ。だが、知識ならある。インターネットやテレビで得た、現代日本の農業知識が。

 牛や馬を使った耕作、肥料の作り方、連作障害を防ぐための輪作……。

 この世界でどこまで通用するかは分からない。でも、やるしかない。

 スキルも魔法もない、ただの元サラリーマン。そんな俺がこの異世界で生き抜くための唯一の武器が、この「知識」なのだから。

 俺は、父さんが残してくれたクワを手に、畑へと向かった。

 ここから、俺の異世界成り上がり(予定)ライフが始まる。

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