野々と花
YaTaro
野々と花
「ずっと違和感を感じてた。でもこの気持ちを上手く言葉にすることが出来ないの。」
野々は花びらを一枚一枚掴み取りながらつぶやく。
大草原の中に溶け込めそうにない真紅の装いで花びら模様が特徴的なレースで飾ってあるワンピースを靡かせ、その場に座り込んで次の標的を探す。
「私たちは綱引きをしているような関係だよね。野々が私の真逆の位置に立っていて、常にバランスを取ろうとする。
私が転びそうになった時は一度競技は中止。んで仕切り直し。
でも私は不安だよ。ずっとこの関係が続けられるのかって。
一歩踏み込み方を間違えたら、そのまま地獄へ転落しちゃうんじゃないかってね。」
花は湖の上にポツンと浮かんだような桟橋で太陽の眩しさを手の平で抑えながら、雲一つない青空を見上げる。
「花の水色のスカート素敵だね。遠目から見ると青空と湖に溶け込めそう。」
「ふふっ確かに。そうかもね。私の得意技だからなぁ。カメレオンみたいな」
「どこでも上手に生きていけそうだよね。」
野々は友人の手紙を読みながら感慨に老ける。
会社を辞めたのは昨年の年末。
生きやすい場所を求めて地元を離れて田舎町に移り住んだ。
「明日は仕事か」
お休みはとっても少ない。
花屋の店主は都会に比べて安月給で良ければ、雇ってあげる。
そういって、働く場所を与えてくれた。
平日も休日も変わらず、ポツリポツリとお客さんが尋ねてくる。
昼過ぎは偶に眠たくなるけれど、誰も怒らないから気分が良い。
店のカウンターでウトウトしていると、パンチパーマをつけたおばちゃんが笑いながら訪ねてくれる。
野々にとっては働きやすい職場だった。
でも、働いてから数か月後の春先に解雇された。
隣接しているスーパーマーケットが影響しているらしい。
それからコーヒーショップ。コンビニ店員。居酒屋と点々と職を移った。
私って何者なんだろう。
そう思ったのはハローワークで質問されたことがきっかけだった。
何が得意なんですか?
何が好きなんですか?
いきなり質問されると言葉に詰まる。
そんなこと聞いてどうすんだよ。
野々は心の中でつぶやいた。
仕事の選択肢が無いのに、考える必要が分からない。
近いものなんてないのに。
「花は私のことなんて言ってたんだろう。」
野々は家に帰って花と交わした手紙を読み返す。
「野々は独特な雰囲気があるよね。私と一緒にいるときはそうでもないけど、普段はツンツンしてる。」
「うーん。これじゃないなぁ。」
「野々は不器用じゃなくて本当は器用なんだと思う。じゃないと色んなことやってみようだなんてそもそも思わないよ。才能の塊なんだね。」
「これでもない。」
「昨日話してた将来の話。結婚はやっぱり制度上の話であって、人生を通して好きな人とずっと一緒に居られたら幸せだなって思うなぁ。
なんだろう。好意を持ってもらえたっていう事実だけで自分の存在を肯定してもらえる気がするんだよね。他に信じられるものが無くても。」
野々は手紙を暫く見つめた後に目を閉じた。
すぅっと息を吐く。
花に会いに行こう。
野々は新幹線に揺られながら、流れていく街並みを眺める。
収穫時期を迎える稲穂が色鮮やかに見える。
命の終わり方を野々は考えていた。
彼らは季節の移ろいを力強く生き抜き、次世代への命を繋いだ。
メタ視点で見れば、人類は82億人を迎えた。
それに比べれば、私一人の命は軽い。
私がどうなっても人類が滅びるわけではないし、清廉な貴族の血統が滅びるわけではない。
誰も私に期待をしない代わりに私は自由を得ている。
それなのに私の承認欲求は誰かに求められることを望んでいる虫の良い話だ。
困り果てた先に地元に帰るだなんて自分が情けなく感じる。
高層マンションや有象無象に識別をつけることができない人々を眺める。
私も地元に帰れば、この一部となり均質化され一体化する。
それは安心感をもたらすとともに私を見失う。
暗がりの道が懐かしく感じる。喧噪が鳴りやまずに、都会はどこの道も電灯で照らされて明るい。自然と気持ちも明るい方向へ引っ張られる。
この調子でお酒を一杯飲めば、私は目前に迫る圧迫感も忘れることができるだろう。
その代わりに寂しさと虚しさが胸を締め付ける。
このまま実家に帰りたくない。
花は湖に浮かぶ桟橋でなにを考えていたのだろう。
笑顔で私に語り掛けて私の空虚な心の溝を埋めてくれるのだろうか。
既に灯かりの消えた玄関をノックし、両親の寝息を確認しながら自分の部屋へ帰りベッドの上で目を閉じた。
翌朝、目が覚めると野菜を切る音が聞こえ、父親を起こす呼び声が聞こえる。
階段を降りると、出来上がった料理を食卓に並べる母親の姿があった、
リビングの隣の部屋から仏壇の鈴の音が聞こえる。
父の背中の先には祈りをささげる仏の姿があった。
若くしてその生涯を閉じた少女の名前。
朝霧野々花の位牌がそこに在った。
****
「朝霧野々花と聞いて思い出すこと。赤と黒が好きだった。
真っ白なキャンバスに良く塗られている色だった。
どうしてその色なのが好きなのか。聞いたことがある。
彼女は美術部の皆があまり使わない色だから。って答えていた。
自分が目立ちたいからという理由ではなく、個人として識別して欲しい。
そういう想いを感じた。」
当時、美術部の顧問だった先生はそう答えた。
「朝霧野々花ね。久しぶりにその名前聞いた。
学校卒業してから、めっきり会わなくなったけどいつも笑顔が絶えなくてかわいい子だったなぁ。
修学旅行で桟橋渡った時も澄んだ海と制服姿も似合ってた。
人当たりも良かったし、悩んでいる印象も無かったからあの話を聞いたときはしばらく信じることはできなかったんだよね。
風のうわさで転職して地方に住んでいるってことは聞いていたけどね。」
クラスメイトの旧友は新聞社の取材にそう答えた。
自己意識と他人から見た自分って正確に合わない事があるよね。
出来ること、出来てないこと、好きなこと、嫌いなこと。
自分のことをわかってくれる人がいずれ現れるそんな幻想を抱き続けてる。
「野々。ここにいたんだね。実家に帰って分かった?どうして私たちが2人になっているのか。」
図書館で新聞記事を読んでいたところを花が語りかける。
「いや、分からない。だけど、何だかモヤモヤするんだよね。花が私の存在を半分に割ったような存在なんだとしたら、私は花と一緒に過ごすことができたら、毎日楽しく過ごせることができるのかな?」
花は野々が真面目そうに考え込むのを見て笑った。
「分かりすぎるのも、気持ち悪くない?
好きなこととか嫌いなこととか、あなたのこと全部知っていて、次考えることが何なのかもお見通しなんだとしたら、野々とは友達になれない気がするなぁ。
だって、わざわざ質問する必要もないし、正解を探す必要もないんでしょ?
それって面白いのかな。
人生を彩る驚きと発見はあるのかな?」
「でも安心感はあると思うよ。
寂しくもない。自分が花に伝えなくても気持ちをを察してくれる。」
「そんなにうまく行くのかな。
私は野々以外とも友達の付き合いがあって、職場の付き合いがあって。
野々の気持ちを全部分かってあげられたとしても、全て実現できるわけではない。
ひょっとすると1割もしてあげられないかもしれない。
それでも一緒にいたいと思ってくれるの?」
「うーん。思わないかも。
結局、花がどれだけ私のことを考えていたとしてもそれを知るすべは私にはないわけで。
自分の存在がおろそかにされている感覚は変わらないと思う。」
「だったら、あなたのことを5割しか知らない人が、2割行動してくれて、半分の確率で当たったら、野々が得られる感覚はすべて分かってる人と同じ感覚だよね」
「でも、花じゃないと嫌だ。
見知らぬ人が同じ事をしても私は嬉しいなんて思わない」
「それは野々が私と魂を分けた存在だから?」
「そうだよ。あなたと私は数日前までは一つの存在だった。
そんな唯一無二の物語を私は持っている。
あるべき所に私の彷徨った魂があるべき場所に還れる。それだけで私は安心して生きる事ができる。」
「このあと私たちは転生をする。
どこか見知らぬ国で離れ離れになるかもしれない。
会えないうちに、どこかで車にひかれて死ぬかもしれない。
流れ弾で死ぬかもしれない。
探しても探しても転生時期がズレて、生きている時間が重なることはないかもしれない。」
「どうして、そんな悲しい事言うんだよっ」
野々は勢いのまま花を抱きしめた。
「そんな現実が次の人生のステージなんだったら、私は私のままでいい。
次の人生なんて望まない。肉体なんて望まない。
このまま今世に滞留することで魂がすり減ってしまうんだとしても、私は自分の選択肢を捨ててでも、花と一緒にいることを選ぶ。
私にとっての一番は花だって決めたの。」
「野々は良いの?私なんかで。」
「良い。私が私らしく生きること。
今なら胸を張って言える。
それは花を選んだ心。それが全て。」
ありがとう。
野々。私は嬉しいよ。
確かにこんな気持ちが味わえるなら
次の人生は要らないね。
花は野々を見つめて微笑んだ。
朝霧野々花の物語はこうして幕を閉じた。
野々と花 YaTaro @YaTaro81
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