第21話

「こう見えて、私は元魔術省長官の娘でね」


 国と民を守る騎士団の真似事をするわけではないが、彼らの殆どは城の練兵場にいる。到着するまでの間、何が起きているのか確かめることはできるはずだ。


「アタシ、かっこいい女の子好きよ」


「ありがとう。では後で友達になってくれるかい?」


「やあねぇ、一緒にお茶を飲んだのだからもう友達よぉ」


 ローリエはイスカの頭に軽く触れると、大通りへと向かって駆け出した。どこにいても目立つ背中を追って、イスカも地を蹴る。


 騒ぎがあったのは広場の方角のようだ。城は目と鼻の先であるこの地で一体何が起きているというのか。


 人々は何かから逃げているようだ。人の流れに逆らってローリエと共に突き進んでいくと、広場の中央で黒い霧が立ち上っているのが見えた。


 ローリエが足を止めて剣を抜く。


「あれは……魔獣だわ」


「魔獣? 首都のど真ん中にかい?」


 黒い霧は空気を染めていくように広がり、辺りに鼻がツンとするような臭いを漂わせた。さすがのイスカも服の袖で鼻を覆い、ぎゅっと眉を顰める。


 霧の中では何かが蠢いていた。目を凝らしてみても、姿形ははっきりと見えないというのに、こちらを睨みつけているのが感じ取れる。


 近くの建物の影から人が転げ落ちるように出てきた。見たところ、逃げ遅れてしまった人のようだ。


 イスカはローリエと顔を見合わせ、そして頷き合った。


「アタシは魔獣をやるわ。イスカちゃんは民間人をお願い」


 ローリエが剣を手に駆け出すのを見て、イスカは右手に風を纏わせながら走り出した。訓練を受けた魔術師ではないため、戦闘は得意ではないが──魔術省の長だった父の才を受け継いだのか、イスカは風と炎を生み出し自由自在に操ることができる。


「た、助けてくれッ……!!」


 涙目になりながら一心不乱に走ってくる町民の後ろにぶわりと黒い霧が流れ込む。魔獣は民間人に狙いを定めたのか、耳障りな声を放ってから動き出した。


 イスカは走りながら風の魔術を放った。大木さえも薙ぎ倒すであろう威力の風が吹き荒び、魔術と民間人との間に壁を作り出す。風は魔獣が纏っていた黒い霧をも巻き込み、渦を巻きながら竜巻のように空へと上がっていく。


 魔獣の姿がはっきりと見えた瞬間、ローリエが剣の持ち方を変えて踏み込んだ。翼のある狼のような体躯を見て、有効な攻撃法に切り替えたようだ。


 民間人がイスカと合流して泣き出したのと、魔獣が咆哮を上げながら地に倒れたのは同時だった。完全に動かなくなった魔獣を見て、ローリエが剣を収めながらイスカを振り返る。


「イスカちゃん、惚れ惚れしちゃうくらい強いのね。さすがはハインブルグ家の令嬢だわ」


「……風と炎しか使えないけどね」


 イスカは張りつけたような苦笑を飾りながら、手袋を嵌めている右手に視線を落とした。


 魔術を使うなんていつぶりだろうか。自分には必要のないものだと思っていたが、今日のような不測の事態が起きた時に役に立てるのなら悪くないものだ。


 ローリエは魔獣の傍で膝をつき、翼や脚に触れている。険しい表情で「どうしてウェルクネスがここに」と呟くと、何かを考え込んでいるようだった。


 ふと、背後にいるはずの民間人が静かなことに違和感を感じたイスカは、弾かれたように背後を振り返った。


 だが、そこに民間人の姿はなかった。気づかぬうちに逃げていたのだろうか。不思議に思って首を傾げていると、足元の影が不自然なくらいに広がっていることに気づいた。


 イスカの影が、ぐにゃぐにゃと不気味に動いている。反射的に足を一歩後ろに引いた時にはもう、影から飛び出してきた何かがイスカへと目掛けて巨大な白い刃を下ろしていた。


 それが獣の牙だと気づいた時。知らない声が頭の奥深くに響いた。


「(──お前が──の)」


 肺が震えるような声だ。怒っているのか、悲しいのか、悔しいのか──どんな感情にも当てはまらない。


 お前とは、誰のことだろうか。


「──ッ! イスカちゃん──」


 視界の端でローリエが駆け出すのが見える。なぜか彼の姿が逆さまに見えた。


 灰色の雲に覆われている空に、鮮やかな赤色の水飛沫が舞っているのは、どうしてだろうか。

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