「可愛い」と言われたら出られない🎃ハロウィンアルバイト

チャイ

第1話

久しぶりにぶらりと遊びに行った郊外のショッピングモール。特に買うものもないけどね。

バルーンを持った子供がはしゃぎまわったり、キャラメルポップコーンの甘い匂いは、やっぱり僕をワクワクさせる。何かいいことありそうな予感だ。


店内のゴミ箱の近くで一枚の紙を拾った。チラシかな?しわを伸ばして読んでみる。

「カボチャ親方からのお誘い。ハロウィンアルバイト! 高額報酬! 子供を怖がらせろ!」

そっか、もうすぐハロウィンか。店内を見回すとすでにハロウィン一色だ。あ、ポップコーンやキャンディマシーンもパンプキンモチーフで凝ってるね。


ここから見えるだけでも、黒猫、コウモリ、黒い棺桶にいろんなかぼちゃ。そして巨大なジャックオランタン。天井から吊るされた大きなカボチャが、にやりと笑っている。妙にリアル。目がこっちを見ているみたいだ。


僕はバイトを、即決した。まさか「可愛い」と言われたら出られないブラックバイトとは知らずに。

思えば、時給も期間も詳しいことは書いてなかったような。契約書はきちんと読みましょうって、今なら言える。


それにしてもかぼちゃ大王じゃなくて親方って一体なんだんだ?


ともあれ僕のハロウィンアルバイトはスタートし先輩もできた。ドラキュラやフランケンシュタイン、ミイラ男に黒猫に魔女。みんな演技がうまい。

ステージで簡単なダンスを踊ったり、1日3回のミニパレードもある。


一番大事な仕事は子供たちに「トリックオアトリート」されたらお菓子をプレゼントすること。

僕らはかぼちゃバケツを手にしていて、そこには山盛り、色とりどりの……いや、ハロウィンカラーのオレンジ、黒、紫色のみだけどさ。とにかくキャンディーにグミやマシュマロ、チョコが入ってて、子供の手のひらにそれを一つポンッと乗せるんだ。もちろんちびっこは大喜び。


あとは時々子供たちを怖がらせればOK。ハロウィン感満載!チラシの文句も怖がらせるだけの簡単なお仕事ですってあったっけ。


でも、新米の僕はイマイチうまくいかない。あの子たち僕を見て「可愛い」って言うんだ。

「最近の子供は生意気だからな」

先輩たちもこぼしていた。

「だよな、アイツらには手を焼くぜ。ロリポップじゃなくて、グミ寄こせだの、うるせーんだ」

「へぇ親の顔が見てみたいですね」

「無理無理、子供だけでこのあたり駆け回ってやがる、親なんて考えるだけ無駄」

「さっきも俺、この飴賞味期限切れだって指摘されたよ、あの子たちに。細かすぎだろ」

ミイラ男が肩を落とした。


初日から僕はがんばってる。そろそろお昼?モールのなかにいると空は見えず、外界から遮断され、時間の感覚がなくなってくる。僕の腹時計は最近めっぽう当てにならないし。

ステージではオレンジ色のランタンの灯りだけが、ゆらゆらと揺れている。


おまけにチラシは配っても配っても終わらない。ふと視線を感じる。見上げると、天井のジャックオランタン。

その瞬間何かが顔にふわりとかかった気がした、気のせい?いや、蜘蛛の糸だ。僕は手で顔をはらう。目を凝らすと天井には結構蜘蛛の巣が張ってる。手足の長い大きな蜘蛛は縞々だった。意外と掃除してないんだな。


午後のパレードが始まる。子供たちが集まってくる。でも、よく見ると、いつも同じ子供たちじゃない?あの黄色い帽子の男の子、さっきも見た。赤いリボンの女の子も、朝からずっといる。全く今どきの親ときたら。


「ねえ、君たち、ずっといるの?」

「うん、ここしか行くところないもん」

女の子がにっこり笑う。郊外のショッピングモール、このあたりは田んぼばかりで遊び場が少ないもんな、しかたないか。


ようやく昼休み。スタッフ休憩室に行く前に、昼飯を買うため食品売り場をうろつく。ここもハロウィンだらけ、かぼちゃだらけ。ハロウィン限定のお菓子に料理があふれてる。秋なのに栗ご飯もサンマもなかったよ。


「よぉ、慣れた?」

ドラキュラの先輩が、ハンバーガーをかじりながら声をかけてきた。牙、リアルすぎる。

「はい、まあまあです。……先輩、口の横、ケチャップついてますよ」

「おう、サンキュー」

先輩のトマトジュースの缶、「O-neeto」って書いてある。……何だこれ?

「顔色悪いぞ、お前。ほら、これやるよ」

1本もらったけど、飲む気になれない。


フランケンシュタイン先輩がアルミ容器のパンプキングラタンを温めながら、みんなに話をふってきた。とにかく大柄、しかも恐ろし気な顔と傷だけど先輩の声は気遣うような声だった。

「なぁ、みんな、バイト代入ったら何買う? 俺、靴買うよ。サイズ大きいからさ、専門店で高いの買ってるんだ」

「靴かぁ。……バイト代ってどうやって決まるんですか? まだ聞いてないんですけど。時給ですよね?」

僕はこういうところが抜けてるってよく言われるんだ。


「そりゃ、子供を何人怖がらせたかだよ。親方はな……」

先輩が声を潜めた。先輩の視線が、天井のジャックオランタンに向く。

「……ちゃんと『見て』るからな」

「親方に会ったことあるんですか?」

「いや……誰も会ったことない。でも、いつも見られてる」

「ふーん、かぼちゃ親方って、やっぱ面白そうな人ですね」

フランケン先輩がぼそりと呟く。

「面白い……人……かなぁ」


その時休憩室のドアがあき、ミイラ男がガーリックトーストを手に入ってきた。

「へへ、買ってきちゃった!パンプキントーストのやつ」

あたりに漂うにんにくの匂い。

ドラキュラ先輩が顔をしかめる。

「にんにく!? 死ぬぞ、俺!」

「ああ、そっか、悪かった! おにぎりやるから!」

ミイラ男の包帯、動いてる……? 疲れてるのかな。

「あー、いいな、靴の心配なくて」

フランケン先輩がうらやましそうに僕の足元を見つめる。


しゃがれ声の黒魔女さんが話に入ってきた。

「あんた、得してるよ、あたしも足腰痛くてさ、靴には気をつかうのさ」

そして僕の顔をまじまじ見て、イヒヒと笑いながら付け足した。

「でも坊や、可愛いってのは損かもねぇ」

話によると、魔女さんはモール二階の一番奥で手相占いをやっていたが、バイト代の良さにひかれ参加したらしい。

「えっと、その魔女さんってお若いですよね、ダンスがお上手で……」

「まぁ、あたしゃ魔女としてはまだ若手じゃよ」

その後もバイト代が入ったら何を買うかで僕らは盛り上がった。


ようやく仕事が終わった。更衣室はみんな使わないみたい。僕もこれと言った荷物もないので休憩室に直行だ。

「おつかれー」

「おつかれさまでーす」

「はぁ、毎日これだもんな、足がだりぃよ」

フランケン先輩が畳の小上がりに座って足をさすっていた。


退勤前、休憩室のシフト表を見る。僕の欄に赤いマジックで「成果: 0人」。

その下には「次は成果を。さもなくば永遠に」

えっと、他の人は?フランケン先輩は「20悲鳴」、ドラキュラ先輩は「13涙」……なんだこれ?


「おまえ、あいつら怖がらせてなかったからなぁ。可愛いなんて言われてたらダメだ」

「まぁ、たしかにお前のみためは損だよな、でももっと死ぬ気でやれよ!」

「先輩たち厳し過ぎ! 子供ってよくわからなくって」

僕は弱音を吐いた。

「おいおい、親方に聞かれたら……」

強面のフランケンが驚くほどおどおどしてる。

その時、LED電灯が消えかけた。暗闇から冷たい視線。低い呻き声が、僕の名前を呼んだ気がした。暗闇の中、オレンジ色のランタンの灯りが浮かび上がる。


「ねぇ、かわいいお兄ちゃん、もっと遊ぼうよ……」

「え?」

「遊び足りないよ、かわいいお兄ちゃん」

「トリックオアトリート!お菓子より恐怖を!」

振り向くと、子供たちが輪になって僕を囲んでいた。

その奥に、巨大なジャックオランタンが浮かんでいる。口が裂けるように開いて、笑っている。


シフト表の文字が頭をよぎる。「次は成果を。さもなくば永遠に」

「怖がってくれよ、君たち!!僕をかわいいなんて呼ばないで」

――明日も、明後日も、可愛いゴーストの僕はここで子供たちを怖がらせ続けるのだろうか。



ハロウィンシーズンですね、いかがでしょうか?

イメージとしては(ほど遠いですが)ホームアローンなどのアメリカのファミリー向け映画のホラー版をめざしました。


子供たちやこのモールや主人公がなぜこうなったのかの設定は一応あるのですが、読者様の想像にお任せした方が面白いかなと思い省きました。


次回はまた違うジャンルのショートショートでお会いしましょう。

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