醜い少女の日記

@HopefulMagic

第1話

私は醜い。

心も、見た目も、生き方も。何もかもが醜くて、鏡を見るたびに吐き気がする。だから私はいつも妄想をしていた。ちょっとした魔法が使えたらいいのに、と。指を軽く振るだけで、何かが変わればいいのに、と。

ある日、本当に何かが語りかけてきた。

「三回の奇跡を君に。三回の奇跡をプレゼントするよ」

声は優しくて、温かくて、私を初めて「選んで」くれた。

私は震える声で願った。「お菓子が欲しい」

目の前にお菓子があった。

本物だった。甘くて、温かくて、涙が出た。

二つ目の願い。私は勇気を出して言った。「世界に魔法を一般的に普及させたい。そして、選ばれた人間が使えるようにしてください」

世界を美しくしたかった。私みたいな醜い人間でも、何かができる世界。魔法があれば、きっと皆が笑顔になれる。そう思った。

三つ目の願い。私は疲れていた。「よく眠れますように」

その夜、私は人生で一番深く眠った。

朝、目が覚めたとき、私は幸せだった。

世界が変わる。私が変えたんだ。

テレビをつけた。ニュースはどこもかしこも「魔法」の話で持ちきりだった。

「N542器官――海馬の横に発見された未知の器官。これにより、空気中の魔素原子と共鳴し、物理現象を引き起こすことが可能に」

「先天的魔法器官保有者は、全人類の0.03%と判明」

私は笑顔でいられた。ここまでは。

でも、私の手には何も起きなかった。

指を振っても、願っても、何も。

検査を受けた。結果は陰性。

私は選ばれなかった。

自分が世界に贈った奇跡から、私だけが弾かれた。

それから一ヶ月。

世界は狂い始めた。

魔法を持つ者と持たない者。0.03%と99.97%。

最初は称賛された魔法使いたちが、次第に恐れられるようになった。ある国で魔法使いが軍事利用され、別の国がそれに対抗した。

世界大戦が始まった。

魔法による戦争。炎が都市を焼き、水が街を飲み込み、大地が裂けた。

ニュースは毎日、死者の数を伝えた。何万、何十万、何百万。

人類社会はボロボロになった。

そして、人々は気づいた。

魔法使いがいなくなれば、戦争は終わる。

三ヶ月後、国連で決議された。

「魔女狩り法案」

魔法使いは「保護区」に隔離される。登録を義務付けられ、監視下に置かれる。

未登録の魔法使いは、市民が殺害しても罪に問われない。

テレビには、炎に包まれる人々が映った。子どもも、老人も、関係なく。

N542器官を持つというだけで。

0.03%という数字が、彼らを「排除可能な少数」にした。

私は何度も願った。

「これを元に戻して」

「魔法を消して」

「世界を元に戻して」

でも、何も起きなかった。

奇跡は三回だけだった。もう使い切っていた。

私は部屋の隅で膝を抱えて、ニュースを見続けた。

保護区に連れて行かれる子どもたち。泣き叫ぶ親たち。

「魔女を狩れ」と叫ぶ群衆。

すべて、私のせいだ。

私は醜い。

そして、愚かだった。

「世界を美しくしたい」なんて、傲慢だった。

もし私が、願い方を変えていれば。

「不思議な能力として発現しろ」と言っていれば、科学的に測定できなかった。隠れることができた。

「魔法使いの家系に生まれる」と指定していれば、ランダムに普通の家庭から奪われることもなかった。

でも、私は何も考えずに願った。

「一般的に普及させたい」

「選ばれた人間が使える」

だから、0.03%は絶対に存在し続ける。

魔法使いを殺しても、殺しても、次の世代で必ず誰かがN542器官を持って生まれてくる。

この呪いは、永遠に続く。

私にできることは、もう何もない。

ただ一つだけ。

このメモを残すこと。

誰かが、いつか、真実を知るかもしれない。

それだけが、私にできる最後のこと。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

私は、世界を美しくしたかっただけなのに。

十年後

保護区の薄暗い部屋で、少年は古びた日記を読み終えた。

彼は三ヶ月前まで、普通の家庭で暮らしていた。学校に通い、友達と遊び、家族と笑い合っていた。

ある日、定期検診でN542器官が見つかった。

翌日、彼は家族から引き離された。

どこかで魔法使いが殺され、0.03%の枠が空いた。だから、彼が選ばれた。

完全にランダムに。

少年は日記を閉じた。

「頭がおかしくなる人もいるんだな」

彼は日記を暖炉に放り込んだ。

紙は燃えた。火は明るかった。

少年は何も信じなかった。

魔法は科学だ。N542器官による物理現象だ。

奇跡なんて存在しない。

願いで世界が変わるなんて、狂人の妄想だ。

炎は静かに、少女の謝罪を灰にした。

保護区の夜は、相変わらず暗かった。

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