第14話 プリンと日本酒
夕飯を食べてお風呂も済ませてソファでまったりタイム。
ひよは「愛しのエイデン」に夢中。
この俳優のどこがいいんだか。
ちょっと見たけど行動力はある。
でも大抵推理が間違ってて主人公のおっさんに嗜められる。
莉兎に言わせればただの筋肉バカ。
犯人を追いかける時やアクションはすごいと思うけど、やっぱりただの筋肉バカ。
反対に主人公のおっさんは謎解きに長けていて犯人を追い詰める所が格好良い。
まぁこのコンビネーションが見ていて面白いんだろうけど。
「見て、あの筋肉」
急いで莉兎のTシャツを引っ張るひよ。
テレビを見ればシャワーを浴びた後のエイデンが上半身裸でタオルを頭に被って電話をしている。
「ふーん」
莉兎の感想はそれだけ。
ちぇっ、あんなんのどこがええねん。
ひよの目はキラキラしてるけど、普通に腹立たしい。
まぁまだ海外の俳優やから許す。
日本人やったら口聞いてやらん、そのドラマを見てる間は。
ひよの気を引くような事ばっかしてやる。
ふんふん!と一人で不機嫌になってたら握ってたスマートフォンが鳴り響いた。
ディスプレイを見れば姉である律だった。
ひよもビクッとして思わずドラマをストップ。
受話ボタンを押してスピーカーで電話に出る。
「はい」
「今どこやねん」
久しぶりとかないんか、コイツ。
まぁお互い「便りがないのは元気な証拠」精神でおるけど。
でも声を聞く限り元気そうで何より。
あくびを漏らしながら
「家やけど、なん?」
問いかけると
「その家はどこやねん。お前、何で私に言わんと引っ越すんや」
律からの一言で思い出した。
そういえばそうだった。
律に引っ越した事を言ってない。
「あー…」と無意味にぼやきながら悪い事をしたなと反省。
よいしょ、とソファに座り直して
「ごめん。忙しくて忘れてた」
適当な言い訳をしながらも変だと思う。
何で引っ越した事に気付いたんやろう。
そう思っていると
「こないだお前の誕生日やったから久々行ったら引っ越した言うやん。びっくりしたし」
律は呆れて呟いた。
でもその一言に一番驚いたのは、ひよだった。
莉兎の顔を見て「は?」という顔。
こんな結果でバレるとは想定外。
6月6日は莉兎の誕生日だった。
莉兎自身、もちろん気付いてたけどスルー。
誕生日は嫌い。
だって生まれてきて喜ばれた事なんかないし。
母親はあんなのだったからケーキもプレゼントも当然なかった。
一番そういうものが欲しい幼少期にないともうどうでも良くなる。
これまで付き合った男や友達にお祝いされた事もあるし、嬉しかった事もあるけど正直苦手。
特別な日だと称してお祝いされる事が嫌なんだと思う。
普通に何もなく過ごして気付けば何歳かーって感じでいい。
「ほんで今になって連絡くれたん?もう一週間以上過ぎてるけど」
「仕事立て込んでたんや、それはごめん」
「そんなんええけど…莉兎、今同棲中やから」
「はぁ?」
律の声が部屋に響く。
驚いた声を聞きながら当然の反応だと思う。
同棲できる人間じゃないと律はよく分かってるだろうから。
それにこれまで同棲に至った恋人もいないし、余計驚いてるんだろう。
横にいるひよはそわそわしながら見つめている。
「…会いに行くわ」
「え?来んの?」
「日にち改めた方がええか?それとも今から行ってもええんか?」
「別に今から来てもええけど」
「住所送っといて」
ブツっと切られてしまった。
律の警戒しているような声が耳に残っている。
とりあえず住所を律にメッセージで送信したけど。
「ごめん、今からお姉来る事になった」
まぁ適当に喋って莉兎の顔見たら帰るやろ。
そんな単純に考えながらひよを見れば
「…お前なぁ」
怒った顔で睨まれた。
そんなあからさまに怒らんでも…。
やっぱり違う日にしてもらえばよかった?
突然来られるのは迷惑やった?
ぐるぐる考えていると
「何で誕生日言わんの?ほんまふざけんなよ」
思った以上に真剣な顔をしたひよが莉兎の胸倉を掴んで引き寄せる。
えぇ?怒りポイントはそこ?
胸倉を掴んだひよの手はいつもと違って力強い。
驚きながら
「そんな事どうでもええやろ」
ぼやけばひよは溜め息を吐いた後
「どうでも良くないわ!」
大声で叫んでパッと手を離す。
「苦手やもん、お祝いとか特別な日とか」
「あー最悪。知らんかったあたし最低」
「何でや、言わんかったのは莉兎やし」
「いつ?いつなん?」
「6月6日。悪魔の子と同じ誕生日。似合ってるやろ」
昔流行ったホラー洋画。
子供の頃言われた時は笑って「生まれ変わりやねん」と言い放ってた。
「…その日のご飯なんやった?」
それはちゃんと覚えてる。
美味しかったなぁ
「焼肉丼。ピーマンと玉ねぎときのこも入ってたけどめっちゃ紅生姜入れて食べた。最高」
「…あかん、手抜きしすぎてる」
ひよはそれを聞いた途端めちゃくちゃ反省している。
莉兎としては美味しいひよご飯を食べられただけでハッピーやのに。
いつも通りのご飯。
いつも通りのじゃれ合い。
そしていつも通り甘ったるくくっついて寝た。
誰かに「誕生日おめでとう!」とお祝いされた時よりずっとずっと幸せな過ごし方だった。
「めっちゃ遅れたけど莉兎の誕生日ちゃんとお祝いするから待ってな」
「ええのに」
「あたしが良くない」
「そ、そう?」
ひよの本気な顔。
この瞳、いつか見たな。
あぁ、そうや。
野菜の天ぷらをバカにした時や。
あの時のひよの本気モードはやばかった。
何でそんな本気になるんか分からんかったけど、今は理解してる。
野菜の天ぷらは美味しい。
そしてクソ暑いのに揚げ物をしてくれたひよの労力に感謝。
「とりあえず今からお姉さんが来るんやろ?」
「適当でええで」
「アホ!着替えてくる」
「えー」
そんなちゃんとせなあかんもんなん?
莉兎はだるだるの部屋着で迎えようとしてるのに。
めんどくさ、と思いながらソファに寝転んでふわぁっと大きなあくびを一つ。
その間にひよは着替えた後
「すっぴんやん!」
自分で驚いてメイクをしようとしてる、意味不明。
「せんでええって」
起き上がって制したらぶすっとされた。
「すっぴんは失礼やろ」
「こんな時間に訪ねてくる律が失礼じゃ」
今からと言ったのは日にちを改めれば先延ばしになるし、何より律は忙しいから。
なかなか合う時間がないせいで結局来るのは夜になるだろうし。
おそらく今も夜勤のある工場で働いていると思う。
律は莉兎と違ってコツコツと同じ事を延々とするような仕事が好き。
莉兎なんかはイライラしてきて暴れたくなってしまうけど。
「…ちょっとでも可愛い子と付き合ってると思ってもらいたいやん」
「もう銀河一可愛いから。ひよは存在してるだけでええねん」
ニコニコして言ったけどひよはスルーしてメイクを始めている。
聞こえてなかった?
あれ、こんな隣におるのにネットワーク不安定?
ぱちぱちと瞬きして見つめれば
「莉兎は病気や。言う事全部あてにならん」
至極冷静に言い放たれてしまった。
「どこが病気やねん!ひよが不細工言う奴おったら片っ端から全員しばいたる!」
「そんなんどうでもええから着替えろ」
「律のために着替えたりするか!」
律が来たのはそれから数十分してから。
玄関で出迎えれば相変わらずの格好だった。
Tシャツにジーンズ、そして履き潰して踵を踏んだスニーカー。
髪を後ろで一つに結んで鞄は持っていない。
律はずっとこのスタイル。
ひどい時は財布さえも持ってなかった。
小銭やお札をジーンズのポケットに入れてた。
今チラッと見ればジーンズのポケットにはスマートフォンと原付の鍵で膨らんでいる。
多分、財布はお尻のポケットだと思う。
律は着飾る事や洒落た事をしない。
サバサバしていてその辺の男より男っぽい。
メイクでさえも最低限しかしてなくてコスメに興味すらない。
だから実年齢より老けて見える。
「これ、プリン」
「ありがとう。入りや」
律の中で莉兎は永遠にプリン好き。
それは子供の頃の記憶。
たまたま律がスーパーで買ってくれたよくあるプリン。
食べた瞬間口の中で甘く溶けて。
お腹を満たす食べ物以外に食べた初めてのスイーツだったと思う。
美味しい!とぴょんぴょん跳ねた事を覚えてる。
律はそんな莉兎に笑いながら
「また食べような」
あの小さいプリンを半分こした。
でも実際、ほとんど莉兎が食べたんやけど。
「ええよ、莉兎食べや」
律はそう言ってうんうん頷いてくれたから。
今はどんなプリンでも食べられる。
ケーキ屋のお高いプリンも。
お取り寄せのプリンも。
コンビニスイーツのプリンだって何個も買える。
でもどれだけ高いプリンを食べてもあの頃律と食べたプリンには敵わない。
アパートの錆びた鉄製の階段に座りながら食べたあのプリン。
男を呼び込んだ母親に追い出されて部屋に入れてもらえなかったあの頃。
夏は蚊に刺されまくるし。
冬は寒くて指先が痛くなるし。
本当に何もかも貧しかった。
プリンを受け取ってリビングに行けばダイニングテーブルの椅子に座ってたひよが立ち上がって
「は、初めまして…越智ひよりです」
挨拶しながら頭を下げた。
ダイニングテーブルにプリンの入った袋を置いて見つめる先の律は唖然としている。
同棲中とは言った。
でも男か女かは言ってなかったなと思ってたら
「…これは、どういう意味や?」
律がガラリと雰囲気を変えて真っ直ぐ莉兎を睨んでいる。
「どういう意味て…見たまんまやん。莉兎の彼女のひよりや」
「彼女?お前ふざけんな」
少し喋って莉兎の顔を見て終わりやと思ってた。
安易すぎた、と今更になって感じる。
でも怒る意味が莉兎には分からない。
「ふざけてない。何を怒んねん」
「お前らどういう事してるんか分かってんか?」
同性同士で恋人?
笑かすな。
一緒におった先に何があんねん。
結婚もできんやろうが。
子供さえ授かる事できんねんぞ。
歳取ったらどうすんねん。
目先の事じゃなくて未来を考えろ。
莉兎、お前…
「お前には、ちゃんとした普通の結婚をして欲しいねん」
畳みかけるような言葉の数々を最後まで聞いただけ偉いと思う。
歯を食いしばって拳をギュッと握りしめて
「やかましいわ!ちゃんとって何やねん!?普通って何やねん!?あぁ?好きになったんがひよりやっただけじゃ!何も悪い事なんかしとらん!莉兎を異常って言うならそれでええ!」
ブチギレながら律に食ってかかる。
胸倉を掴んでガクガクと揺らせば、ひよが駆け寄ってきて莉兎を抱きしめる。
まるでやめろと言うように。
「莉兎は真剣や。ひよりを幸せにする為に生きとる。笑うんやったらわろたらええ。ひよりと一緒に居られへん未来があるんやったら」
そんなん、いらんわ。
背伸びして律の顔を覗き込んで睨む。
一番思ってる事がある。
こんな話やったら律と二人で会いたかった。
ひよに聞かせたくなんかなかった。
彼女の身内に拒絶や嫌悪される気持ちなんか味わってほしくなかった。
悔しい。
何でこうなんねん。
真剣に真面目にただ愛し合ってるだけ。
誰にも迷惑かけてない。
何にも罪を犯してない。
不倫や浮気なんていう後ろめたさもないのに。
そして感じるのは、何とも言えない気持ち。
たった一人、あの頃を必死に一緒に生きた律だけは。
律にだけは、理解してほしかった。
よかったな。
ええんちゃうか。
幸せになれや。
そんな言葉でいいから、かけてほしかった。
律の胸倉から手を離せばすぐ背中を向けられた。
「帰るわ」
「送らんからな」
「かまん。…越智さんやっけ」
コイツ、ひよに何を言う気や。
背中を睨めばひよは「は、はい」と少し小さく返事する。
「別にあんたやから反対してるわけちゃうから」
「はい…」
一言告げて律は帰っていく。
お尻のポケットには案の定財布が入っている。
物欲もない、財布も持たなかった律に莉兎がプレゼントしたものだ。
もう何年前になるんだか。
擦れて汚れてるはずなのにその財布を未だ使い続けてるなんて。
苦々しい気持ちで律の姿から目を離せば、もらったプリンの袋。
奮発してケーキ屋で買ったであろうプリン。
感情が入り乱れて視界がゆらゆらと勝手に揺れて唇を噛めば、ひよが何も言わずに抱きしめてくれた。
ソファに座って寄り添う。
何も言わず泣く莉兎をひよはぎゅうっと抱きしめて同じように泣いた。
その涙の理由を聞けば
「莉兎が泣くから」
だった。
あんな言葉を放たれてひよの方こそ苦しかったはずなのに。
ごめん、ほんまにごめん。
莉兎が言えばひよは首を左右に振って
「ご、めん…何も言えんかった、ごめん」
逆に謝られてしまった。
初めて律と会ったのに言い返せるわけない。
気にする事なんか何もないのに。
鼻をズズっと啜って
「あー…悔しい」
呟けばひよは頭を撫でてくれた。
泣き止んで思う、ほんまに悔しい。
莉兎よりも自分の心配をせなあかんくせに。
年齢も年齢やし、先々の事を考えなあかんくせに。
莉兎は律の方が心配。
恋人がおった時期なんかあるんか分からんし。
今まさに恋人がおるのかすら知らんのに。
「お姉さんの気持ちも考えてあげなあかんで」
「…分かってる、つもり」
カッとなってめちゃくちゃ吠えたけど。
今、冷静になったら分かる。
言い方は悪いけど、莉兎を思っての言葉だった事。
同性同士、未来はないと言いたいのも分かる。
でも「普通」とか言われると腹が立つ。
だって「普通」なんて基準がない。
それは人のものさしなんて人それぞれだから。
莉兎が「異常」と言うならそれでいい。
異常で悪いか。
こっちは誰よりも真剣にひよを好きでいるし、ひよがいなければ莉兎は。
「今は難しいやろうけど…いつか分かってくれるかなぁ」
「分からん。でも莉兎は誰に何を言われてもひよが好きや」
ぎゅう返し。
客観的に見ればしがみつきながらひよに「すきすき」する。
律の事は一旦置いておこう。
多分ここで距離を詰めても結果は一緒。
お互いに冷却期間が必要だと思う。
「でも…ほんま家族に連絡は忘れてた」
「それだけ脳内がお花畑やったんちゃう?」
雰囲気をガラリと変えてへへーっと笑いながらひよの顔を覗き込めば
「あたしもお母さんに連絡するわ」
その言葉で一気に緊張してしまう。
確かに必要な事なんやけど、どうしよう。
律みたいに拒絶されたら。
不安が入り混じって困惑する莉兎をよそに
「…もし、来てって言われたら…一緒に家に行ってくれる?」
同じような顔をしたひよが問いかけてきた。
「行く。ひよを一人にせん」
不安も困惑もしてるけど、この答えだけは明白だった。
だって一人で耐えさせるなんて違う。
同じように一緒に行って挨拶する。
帰れって言われたら言われた通り帰る。
もちろん帰るならひよと一緒に帰りたい。
でも「すみません」とか「ごめんなさい」は言わない。
だって悪い事なんかしてないから。
「ありがとう。連絡…とってみる」
「う、うん」
「今から緊張してどうすんねん」
「だ、ってこんなん初めてやもん」
ドキドキしてる莉兎にひよは笑うけど緊張しないわけがない。
近いうちにひよのお母さんに会う。
どんなお母さんやろう。
想像を膨らませながらもう一度ひよを抱きしめた。
律にぶつけられた言葉の数々は仕事中も付き纏う。
営業車に乗ってぼんやり運転中に思い出したり。
既婚の同僚からの話を聞いた時に思い出しては比べてしまう。
コイツと莉兎たちの何が違うねん、と感じて密かに溜め息が出る。
だってそいつは好きな人と付き合って結婚に至っただけ。
莉兎とひよは結婚できないだけであとは一緒。
くそ、と思いながら営業成績は思うように伸びない。
「降矢さん不調ですね」
後輩からそんな心配をされてしまう始末。
そんな燻ってる状況の中、ひよから言われたのは
「今週の金曜、家においでってお母さんが言うてた」
心の芯からビビるような一言。
「分かった」
取り繕って言ったけど本当は「どうしよう」という気持ちで溢れ返っていた。
ひよも心なしか緊張してるのは感じられる。
だから莉兎の緊張感やビビってる気持ちもひよは分かってると思う。
今まで付き合った彼氏の親に会うなんてほぼなかった。
でも学生時代はあったかも。
家に遊びに行った時、挨拶するくらいのものだった。
何一つビビる事もなく「こんにちはー」とラフに言えた。
向こうも同じような感じで挨拶を返してくれたように思う。
でも今回は違う。
学生時代のような浮ついた気持ちで付き合ってないし。
何より同性同士だし。
真剣に「娘さんを下さい」レベルだし。
…いっそ言ってしまおうか。
ひよりさんを下さい、と。
それくらいの真面目さだし、もう莉兎の人生にひよがいないと困る。
莉兎にとってひよはサーチライト。
煌々とした光ではないけれど、莉兎を導いて照らしてくれるサーチライト。
もしくは温かな毛布。
莉兎が寒がらないようにこの体をすっぽり包んで心まで温めてくれる毛布。
それらを感じた途端、何をどう言われても受け止めようと思った。
ひよも真正面から律の言葉を受け止めてくれた。
ビビってる場合じゃない。
一緒に乗り越えるんだ。
ひよと手を繋いでいたら怖くない、きっと大丈夫。
ビビったり意思を固めたり。
それでもまだ足元が不安定で悩んだり。
フラフラしていたとある日の昼休憩。
ひよは相変わらずさえとお弁当タイムだったけど近寄らず、一人でお弁当を持って外に出た。
空はグズグズ。
雨が降ったりパッと晴れたり、でもまた降り始めたり。
そのせいでムシムシして最悪やなと感じながら車に向かっていると莉兎の隣に停まってる車の中にマリコがいた。
コンコン、と窓を叩けば手招きされてお邪魔します。
マリコの車は軽自動車で天井が黒、ボディは真っ赤のツートン。
よく似合ってるなと思う。
赤一色だと可愛すぎるけど天井の黒のおかげで締まって見える。
助手席に乗り込むと相変わらずマリコのお昼ご飯はサンドイッチだった。
「お前、サンドイッチばっかやんけ」
「ちょっと前まで唐揚げ弁当ばっかだった莉兎に言われたくない」
笑いながら言われる、確かにそうやけど。
近所にある弁当屋、みっちゃん。
店の名前の通りみっちゃんというおばちゃんがやってる弁当屋。
そのみっちゃんがまた豪快でおもろい。
何度も通うしいつも唐揚げ弁当を注文する莉兎を覚えてくれたらしく
「唐揚げ以外も食え!」
めちゃくちゃストレートに言われた時は大笑いした。
大盛りを頼むとこれでもか!ってくらいご飯をぎゅうぎゅうしてくれる。
「そんな入れんでもええやんか」
ぼやくと
「若いんやから食べれるやろ!」
笑いながら一言言い放たれた。
あまりにも唐揚げ弁当ばかり注文する莉兎を心配してポテトサラダを小さなパックに詰めてくれた事もある。
そして決まって
「野菜も食べや!」
ちゃんと栄養指導もしてくれる。
みっちゃんの豪快さは声もそうだし笑い声は特別。
大きな口を開けて笑う、その顔が好き。
五十代くらいのみっちゃんが可愛いなと思う。
行動も言動も豪快だけど
「今日のピンクの服、可愛いやんけ」
からかうように言えば
「褒めても唐揚げおまけせぇへんで!」
そう言いながらもちょっと照れてる、何か乙女。
みっちゃんの事を思い出しながら笑う。
久々食べたい、みっちゃんの唐揚げ。
今度ひよと一緒に買いに行こう。
「そんな事より最近どしたん?」
「…何が?」
お弁当の包みを開けてひよが作ってくれたお弁当を食べる。
毎日毎日作ってくれる事に感謝。
美味しく全部いただきます。
ふりかけご飯を食べながら見つめれば
「落ち込んでるから」
ストレートに言われて俯いてしまう。
「まぁ、色々や」
「そっか。大丈夫なん?」
「何とかなる」
呟きながらバクバクとおかずを食べていく。
野菜もしっかり入ってるお弁当。
ひよがバランスを考えてくれてるんだろう。
ちゃんと莉兎の大好きなたまご焼きと赤ウインナーも入っている。
たまご焼きを食べて、その甘さにほっぺたを緩ませた。
でもその直後心の中に鎮座したままのざらついた気持ちに触れて短い溜め息。
「なぁマリコ」
「ん?」
「莉兎とひよには未来がないと思うか?」
律に言われた言葉。
声に出せば何とも苦しいものだった。
マリコの方を見ずにお弁当を食べ終わる。
片付けてペットボトルのキャップを開けるとお茶を飲む。
フロントガラスには無数の雨粒。
空は明るいからキラキラと光って見える。
例年より早く梅雨明けしそうだと気象予報士は言ってた。
嘘かほんまか知らんけどそうなったら夏が長いやん、だる。
「…未来がなかったら別れるん?」
マリコは逆に聞いて笑う。
ペットボトルのキャップを締めながら思う、そんなわけ。
右を向くとマリコは莉兎を試すような目を向けていた。
「別れるわけないやろ」
「だったらええやん。未来なんかどんな風にでも描けるはずやで」
きょとんとして見つめれば笑うマリコ。
何かよぉ分からんけどカッコイイ事言われた。
しみじみそう思うとマリコと同じように笑えてきて。
「カッコつけんなや」
「自分でも思った」
「っしゃ、未来描いたる」
「あー…莉兎に無駄な燃料注いでしまった」
やれやれという雰囲気のマリコをよそに何だかやる気になってくる。
未来がない。
律はそう言ったけど、そんなん分からんやん。
マリコの言う通りどんな風にでも描けるはず。
今の莉兎とひよの努力次第でネモフィラの咲く花畑のような幸せしかない未来が描けるはず。
いつか、律に言う。
莉兎はひよとおって幸せやと。
未来を自分たちで描きながら、絵筆で色んな色を塗りながら言いたい。
マリコの車内の芳香剤が鼻をくすぐる。
甘い香りで意外やなと思いながら
「マリコありがと」
無邪気に笑ってお礼を言った。
強気、そしてやっぱりポジティブマインド大事。
午後からの仕事は上手くいきすぎてニヤニヤする。
完全復活祭でもしたい気分。
でもそのせいで会社に帰るのが遅くなった。
営業車に乗った時点でもう定時。
急いで帰ろうと思ったのに渋滞にハマってしまうという最悪さ。
「ひよが待ってんねん!くそ!」
一人、車内で騒ぎながらやっと帰った途端ひよのデスクを見れば空っぽ。
「ひよは?」
お疲れ、よりさえに聞いたのはそれだった。
書類をさえに渡しながら空っぽのデスクを見つめる。
まぁ、性格がよく出てると心底思うほど整理整頓されたデスク。
「え、帰ったけど…」
「は?一人で?」
「うん。連絡なかった?」
慌てながらスマートフォンを見るけど何もなし。
何やねん…置いてけぼり?放置プレイ?
ひよが待ってると思って飛ばして帰ってきたのに。
普段通らない裏道まで使って帰ってきたのに。
明らかに落胆する莉兎を見てさえはふふっと笑う。
「ひよちゃん、何かテンション高かったんやけどなぁ」
「何をテンション上げとんねん」
ちぇっ、くそー。
「さえ、ありがと」
「ううん、お疲れ様」
自分のデスクに戻れば出て行った時と違う。
ある程度片付けられていてデスクの中央に付箋。
『何回言えば分かるんですか?ドアホ』
名前は書いてないけど字を見れば分かる。
…めっちゃ怒ってるやん。
敬語とか使われた事ないんやけど。
絶対テンション高いとか嘘やんけ。
怖いと感じながらぺいっと付箋を剥がす。
こんなののぶ吉に見られたらアホみたいにからかってくる。
何回しばいてものぶ吉は学習せぇへんから。
デスクの引き出しに入れて鞄を持つと事務所を出る。
「お疲れ」
みんなの「お疲れ様です」の声を聞いてすぐさまエレベーター。
そして会社を出て小走りで車に乗り込む。
ひよが帰った時、雨は止んでたんかなぁ。
傘を持ってなかったやろうし、濡れて帰ったなら最悪。
渋滞にハマった自分自身を恨みたくなる。
とにかく早く帰ろう。
エンジンをかけてアクセルを踏む。
あーぁ、徒歩通勤できんほどの場所に引っ越せばよかったなんて。
一瞬でも思ったけど、どれほどくっついていたいんだか。
展示会や残業で一緒に帰れない時だってあるから徒歩圏内を選んだはずなのに。
帰ったらひよに思い切りしがみついてやる。
何で先に帰ったんや!ってグダグダ言い続けてやる。
多分その後待ってるのは
「やかましい!」
やろうな、と安易に想像できて一人の車内でニヤニヤした。
玄関ドアを開けた瞬間、鼻をくすぐるいいニオイ。
廊下を突き進んでキッチンを見ればひよが顔を上げて
「おかえり」
ふにゃっと笑っている。
…そんな、柔らかく笑われたら何も言えんやんけ。
何かご機嫌…さえの言うてた「テンション高い」というのはマジやったみたい。
簡単に莉兎もそのふにゃっがうつってしまう。
「ただいま」
「着替えておいで」
ダイニングテーブルに並べられたご飯を気にしつつ、言われた通り着替える。
朝脱いだ部屋着を纏った後、洗面所で手洗いとうがい。
それから戻ると
「手洗いうがいして偉いやん」
ひよは小さい子を褒めるように言う。
だっていつも言われるし、と思いながらもふふんと威張る。
ダイニングテーブルの椅子に座って驚く。
ハンバーグにフリルレタスとトマトのサラダ。
横にナポリタンまでついてる。
何か豪華…と思ってたらひよが持ってきたのはシチュー。
そしてテーブルの真ん中の器にはマカロニサラダ。
「ど、したん?」
莉兎より早く帰ったから?なんてぼんやり考えてたら
「めっちゃ遅れたけど莉兎の誕生祝い」
向かいの席に座ったひよはニコニコ。
「すごいな…」
「莉兎の好物で責めてみた」
「さすがです」
唐揚げと匹敵するほどハンバーグが好き。
唐揚げはどのスーパーやコンビニでも売ってるけど、ハンバーグは違う。
家で作ったハンバーグに昔から憧れがあった。
肉を焼いてケチャップをつけるだけじゃなくて、このソース。
しかも莉兎のお皿のハンバーグは二個…最高。
「いただきます」
「いただきまーす!」
早速ハンバーグを食べれば…あぁ、この味。
ケチャップとソースなん、これ。
よぉ分からんけど最高なんやて。
このハンバーグだけでご飯がめっちゃ進む。
もぐもぐガツガツ食べる莉兎をよそにひよはマカロニサラダを莉兎のお皿に入れてくれる。
「めっちゃおいひい」
「サラダも食べて」
「ふぁい」
「返事せんでええから」
「ふぁいっ」
ニッコリしながらんぐんぐ。
一気に食べて詰まりそう…水をゴクゴク飲んで一瞬落ち着いたらまた食べ進める。
シチューとか。
シチューとかぁ!
嬉しすぎるやん、何なん、誕生日最高か。
勢い良くスプーンで掬って飲んだら火傷。
「アホ。湯気で分かるやろ」
大丈夫、ちょっと舌先をシチューに噛まれただけや。
しつこいくらいフーフーしてシチューを一口。
「めっちゃ美味い」
「それならよかった」
「ほんまありがとう」
ひよはマカロニサラダを食べながら莉兎を見てる。
見つめ続けられて目を合わすと
「来年はちゃんとその日にお祝いさせてな」
そんな事を真っ直ぐに言うから何だか恥ずかしい。
誕生日ってこんなにもええもんなんや。
たった二人の誕生祝い。
ひよが作ったご飯を囲んで。
美味しいと言うてひよは笑ってくれて。
嬉しいとか楽しいとか幸せという気持ちしか生まれなくて。
やっぱりひよと一緒なら何も怖くない。
そばにいてくれるなら莉兎は空も飛べるし星も掴める。
一緒にいる限り、莉兎は無敵。
「おかわり!」
「はいはい」
「大盛りで!」
「いつも大盛りやんけ」
「え?」
「え?違うと思うてたん?」
「…メガ盛りで!」
「高校生男子みたいな事言うな」
「成長期やから!」
「大きくなるのは態度だけやな」
「誕生日ガールに言う事ちゃうぞ」
食べ終えたお皿を洗おうとしたら制された。
ひよが洗ってくれるらしい。
それならとお願いしてソファに座る。
美味しかった、全部。
何回も伝えた、ありがとう。
「最高やぁ」
腕を天井に伸ばしてルンルンな莉兎に
「なぁ、まだ食べれる?」
ひよの問いかけに思わず振り返る。
「まだハンバーグあんの?」
「いや、ハンバーグじゃないけど」
「食べれる」
何やろうと思いながら見つめていると冷蔵庫から取り出した白い箱。
そ、それは…と驚く莉兎にひよは箱とフォークを持ってソファにやって来た。
「小さいけど」
箱を開ければ案の定苺の乗ったケーキだった。
確かに小さいけど、ホールケーキ。
何年ぶりやろう、これ。
一人じゃ絶対食べんし。
前に付き合った男に買ってもらった時以来?
でもほとんど記憶がない。
ホールケーキなんて子供の頃じゃ考えられなかった。
スーパーのプリンが精一杯だったし。
律が持ってきてくれたプリンはとうに食べてしまった。
でも何か苦々しい気持ちで食べたせいでスイーツを味わった感覚にならなかった。
「ろうそく立てよか?」
「いらん。火祭りになるやんけ」
31本やぞ、火事になるわい。
莉兎のツッコミにひよは笑う。
「31歳おめでとうございました」
「ありがとうございます」
フォークを渡されてお互いお辞儀。
今後とも末長くよろしくお願いします、なんて。
「…切らんの?」
フォークを握ったままきょとんとする。
切り分けて食べるもんじゃないん?
ひよを見れば
「切ってもええけど、そのまま食べたら贅沢ちゃう?」
そんな事を言われて唖然。
え、え、そんなんしてええん!?
なんちゅー贅沢な食べ方なんや…。
「え、ええん?」
「どうせ莉兎食べれるやろ?」
そうやけど。
「一口目どうぞ」
えー!
何かとんでもない贅沢を31歳になってから味わおうとしてる!
ドキドキしながら生クリームとスポンジをえいっ!とフォークで掬って食べる。
「やばい…」
「美味しい?」
「この贅沢に倒れそうや」
子供の頃の莉兎に教えてあげたい。
数十年経ったらホールケーキをそのままフォークで掬って食べれるからな!と。
しかも大好きな彼女と食べれるからな!と。
だから頑張れとかエールまで贈りたい気分。
二人で食べ始めるケーキ。
美味しいと言い合って寄り添ってくっついたり笑ったり。
どんどんケーキの形は崩れていく。
口内は甘さでいっぱい。
脳内も甘さでいっぱいかもしれないと思ってたらひよが苺をフォークでさして莉兎の口元に寄せる。
「あーん」
その声を聞きながらぱくっと食べれば、甘酸っぱい。
ふにゃっと笑ったらひよは二回三回と同じ事をする。
「ひよの苺なくなるやん」
ケーキの上の苺。
それはスペシャルなもの。
ショートケーキの上の苺もいつ食べようか迷うくらい最後まで残すし。
ひよを見れば笑っている。
「特別やから莉兎に食べさせたいねん」
その言葉にグッときてしまう。
愛されてる証のような苺。
いつかひよは言ったっけ。
好き以外の言葉で表現して。
その時言われた
「莉兎にだけ唐揚げ一個多めにあげる」
未だ覚えてるひよなりの愛。
もう何なん。
そんなん言うたら莉兎も同じ気持ち。
ひよの握ったフォークを奪って口元に寄せる苺。
「莉兎も特別あげたいから食べて」
笑いながら言えばひよはちょっと驚いた顔をしたけど照れくさそうにぱくっと食べた。
「美味しいやろ?」
「…めっちゃ甘い」
「莉兎の愛が込められてるから」
ふふんと笑えばひよはくっついてくる。
髪の隙間から見えた耳の赤さ。
可愛いとかそういうレベルを超えてる。
ひよはいつもそう。
思ってたレベルを簡単に超える破壊力。
あぁ、そうやな。
無自覚で無意識な所が多いけど
「ひよは破壊神やな」
笑って言えば
「もっと可愛い例えせぇや!」
ムスッとして肩パンチ。
い、たい…色んな意味で破壊神やん。
ごめんなさいと平謝りしながら残りのケーキを食べ進めた。
シャワーを浴びてゆっくり過ごした後、そろそろ寝る準備。
一緒に寝室へ向かうけどひよは気乗りしていない。
「眠たくない」
ベッドにちょこんと座って見つめている。
最近のひよは隠す事なく素直に言ってくれるようになった。
それが嬉しい反面何もできない歯痒さに悶えている。
同じように座るとひよを後ろから抱きしめた。
「寝転んで目瞑って。それだけでも絶対ちゃうし」
「んん…」
唸りながら後ろにいる莉兎に体を預けるひよが幼い子みたい。
振り向いて
「ちゅ、」
催促に快く応じる。
抱きしめた腕に触れるひよの手は温かい。
電気だけは常夜灯にして薄暗い中で話す。
「プレゼントあげたかったなぁ」
「もろた。美味しいご飯と贅沢なケーキ、ほんまありがとう」
「クリスマスに期待してて」
「ひよも期待しててや」
本格的な夏がまだ始まってないのにクリスマスの話。
先の先まで一緒にいる、それが当然の世界線。
しみじみ嬉しいと感じる。
「莉兎の欲しいものってなに?」
「今が続く事」
「途切れる事なんかないわ、アホ」
「ひよは?何が欲しい?」
「…莉兎と一緒におる日常?」
「嫌がられても一緒におるわ、アホ」
お互いの答えに笑う。
結局二人共同じでお互いが必要。
でも、ずっととは言わない。
保証がない「ずっと」なんてこの年齢で。
そういう部分は現実的。
一日でも長く。
ただ一緒にいたいだけ。
アホ言うてボケかましてツッコミ入れて笑いながらそばにいたいだけ。
ひよの髪を耳にかけて唇を寄せる。
それだけで未だドキドキする莉兎の胸。
やばい。
この一言に尽きる。
薄暗いせいでひよの耳が赤いのか分からないけど、唇で触れれば熱い。
「プレゼントもらおかな」
「な、に」
「ひより」
「そんなん、いつでもあげてるやん…」
「なんぼもろても欲しいねん」
舐めるか噛むか。
悩むよりも先に噛みついた。
歯に当たった軟骨がガリっと動く。
痛かったかなと思いながらすぐさまぺろっと舐めて小さなリップノイズ。
耳を嬲るのは好き。
隅々まで舌を這わせて吐息。
そして真っ直ぐ届くように伝える
「好きや。愛してる」
大真面目な声のトーンと共にぎゅうっとひよの体を抱きしめる。
ひよが漏らす吐息や声。
耳だけで十分気持ちいい様子。
お腹を撫でた後おっぱいへ。
段々昂っていく莉兎の心。
Tシャツの上から揉みながら耳にキスを何度も。
「りと…早く、」
「なに?」
じれったいんだろうけど、意地悪。
ふふっと笑ってTシャツの上から乳首に触れる。
ビクッとするひよの体。
触れる前から既に硬かった乳首を指で弄びながら
「気持ちいいやんなぁ」
呟くとひよは必死に頷いている。
「もっと、して…」
「してるやん」
「やっ……、直接っ」
「分かったからこっち向いて」
俯いていたひよが振り向く。
唇を重ねながらTシャツの裾から手を忍ばせた。
お腹を撫でてゆっくりとおっぱいを包み込んで。
その間もキスを繰り返して互いに舌を伸ばしながら絡ませ合う。
唇の隙間から漏れるひよの鳴き声がいやらしい。
ぞくぞくしながら手の平で乳首を転がす。
それだけでびくんびくんしていてたまらなくなる。
莉兎自身、我慢も限界。
快感の波で襲ってしまいたいという気持ちのまま乳首を摘んで指を動かす。
「あ、っ…!ぁあ……っ!!」
だらしなく開いた口から零れるひよの鳴き声。
一頻り指を動かして今度は爪でカリカリと引っ掻く。
ひよの一番気持ちいいアクション。
重点的に何度も引っ掻けば離れたひよは
「も、むり…!むり、やって…!」
鳴き声混じりに必死。
手が伸びてきたけど
「邪魔。ひより、手どけて」
敏感で硬くなった乳首を虐め続けながら真面目に言えば今度は莉兎の腕をギュッとする。
「それも邪魔やけど」
「むりやもん、も、ほんま…ぎゅうし、たい…っ」
「あかん」
そういえば、えっちの最中は大抵莉兎にしがみついてるなと思い出す。
ぎゅうっとしがみつく理由は快感に耐えてたから、らしい。
でも今夜は後ろから責められてるせいでそれができず必死。
可愛すぎかと思いながら引っ掻いていたアクションを今度はグニュっと押し潰すアクションに変更。
押し潰してぐりぐりすればひよは嬌声を漏らす。
「りと、お願い…っも、いや…っ」
「気持ちよくないん?」
「きもちいい、けど…下、触って…そこばっかいや……っ」
多分これを延々と続けていたらひよは乳首イキできると思う。
おまけにちゅうちゅうと吸いつけば容易くできそう。
案外その未来は近いんじゃないかと感じる。
でも我慢ばかりさせていたら悪いから右手を下ろす。
今夜は厳しくより甘く甘く蕩けさせたい。
ショートパンツとショーツを脱がせて秘部に触れればとろとろ。
潤いすぎててこっちがやばくなってくる。
乳首だけでこんなにもとろとろになるんだから
「ほんま淫乱」
耳元で囁けばその言葉でさえも甘美なものらしくびくんっとしている。
いつも指で撫でて愛でて挿入して。
そんな流れだけど今夜は違う。
ひよの後ろから離れて足元へ。
その途端、ひよはごろんと寝転がったけど足を開かせて顔を埋めた。
「え、ちょっ…!」
驚いて飛び起きるひよをよそにぺろっと舐めたら
「んっ…!ま、って、いや…っ!」
再び後ろに倒れながらも足は閉じようとしたり莉兎の肩を蹴ったり。
ほんまこういう時でも足癖悪いやつ。
でもそんなの全然関係ないというように舐め尽くす。
ぢゅるぢゅるっといやらしい音色を立てながらひよの愛液をたっぷり味わう。
初めて舐めた、ひよの蜜。
そう思ったらやばい…夢中で舌を動かしてしまう。
秘部の突起を重点的に舌先で虐めれば
「イクっ、イッ…っ!」
ひよは腰を浮かせながら果てそう。
「ええよ」
れろれろと舐めればひよは果てる。
可愛い。
こんなにも必死に気持ちよくなってくれて嬉しい。
舐めながらひよのナカに指を挿入する。
「ぁ、やば…ぁかん…っっ!」
「いつも以上にキツイな」
「喋んな、ぁああっ」
「気持ちいい?」
「りと、ぁほ…っ!そんな汚っ」
「汚くないわアホ」
ひよの体も心も何もかも汚い部分なんかない。
より一層舐めながら指を動かせば、ひよは何度も果てた。
嫌がってたくせに最後は莉兎の頭を押さえつけてたくらい。
足も莉兎に絡ませてたくらい。
いつもひよとえっちをすると思う。
ひよと同じくらい莉兎もイッてる。
別に触ってなんかないし直接的な快感はないけど満たされてる。
だからめちゃくちゃ気持ちいいし何度も欲してしまう。
散々果てた後。
やっと足元から離れてひよの顔を覗き込むと呼吸を整えていて。
しばらく経って落ち着いた頃
「ほんましばく」
言い放った後、思い切り蹴られた。
「な、んでやねん。痛いて!」
「舐めるな、アホ!」
どうやら舐められるのは苦手だったらしい。
知らんかったけど、やってしまった事は仕方ない。
蹴り続けてくるひよの足。
逃げながら
「めっちゃイキ狂ってたくせに」
ぼやけばもう一発思い切り蹴ってきた。
痛い…痛すぎ。
悶えながら思う。
太ももにあざできるぞ、こんなん。
「はぁ?そんな事ないし」
「…めっちゃ締めつけてたやん」
「喋んな!」
なぁ、えっち終わった後なんやからラブラブイチャイチャで過ごそうや。
太もものジンジンとした痛みを抱えつつもぎゅうっとすれば、ひよはムスッとしてる。
「舐められるん嫌い?」
「…恥ずかしいもん」
ほんま可愛い理由。
でも恥ずかしいやろ!で済ませられる話。
言葉より足が出てくる所は何ともひよらしい。
「嫌やったらもうせんけど」
「……莉兎に任せる」
あれ?
その一言で感じる。
案外嫌じゃなかった?
嫌だったら「嫌」ってはっきり言うと思うし。
なるほどと理解しながらひよに腕枕。
いつも通りくっついて寝よう。
ぎゅうっと抱きついてくるひよが何だか久々。
えっちの最中しがみつきたいなんて可愛すぎやろ。
ほんま何度ひよに殺されるか分からん。
氷山の時もあれば溶鉱炉の時もある、それがひよ。
莉兎は両方のひよが好きでたまらん。
へへーっと笑いながら髪を撫でておやすみ。
ひよの睡魔よ、さっさと来やがれ。
うちの姫が不安になってまうやんけ。
「今度、莉兎の顔の上に乗って腰振ってくれてええで」
「お前もう一生寝とけ」
ひよの実家に行く予定の金曜日がやってきた。
そんな日に限って時間が経つのが早い。
気付けばお昼。
そして気付けば夕方。
ずっと緊張でガチガチ状態なのにおかしいと思いながら会社に戻って少しデスクワークをすればもう定時。
こんなたった数行で一日を述べられるほど光の速度で過ぎてしまうなんて。
まぁ、でもトラブルに見舞われてゴタゴタするよりはマシ。
一日中、心の中に重たい石がゴロゴロしてるような感覚を抱いてた。
これを取り除くには今夜を乗り越えるしかない。
それにひよだってきっと同じ気持ちだろうし。
一緒に会社を出てそのままひよの実家へ。
一旦家に帰っても気が休まらないと思ったから。
ひよに道案内してもらって真面目な顔で運転する。
途中でケーキ屋さんに寄ってひよが選んだシュークリームを買った。
ひよ曰くお母さんも妹もシュークリームが好きらしい。
再び走り出して車内では落ち着いた曲。
こんな心境で落ち着けるわけないやん、とスキップすればアホみたいにテンションの高いロック。
溜め息を零しながらまぁいっかと音楽をスルーしてたら
「緊張しすぎやで」
視界の端に写るひよはこっちを見ている。
「ひよも緊張してるやろ」
「まぁな」
「今まで紹介した事あるん?」
「…こんな風にちゃんと紹介した事はないかも」
「えぇ…マジか」
初めてってめっちゃハードル高いやん。
余計に緊張してくる。
手汗がやばい事になってる。
浅い呼吸を繰り返す。
多分、今日一日ずっとそう。
打ち上げられた魚みたいにパクパクしてる。
その必死さは客観視すれば酷く滑稽。
「まぁこの歳で同棲やからな」
「確かに」
お母さんにしてみれば結婚するんじゃないかと思ってるかも。
あかん、心の中の石が更に成長して重たくなってる。
お母さんの思いとは裏腹に「結婚の選択肢がない」莉兎が現れたら。
落胆とか…与えたくないなぁ。
そういう事を考えたらもう会いに行かない方が。
一瞬でも思ったけど、やっぱり違う。
隠れて付き合うのも。
後ろめたさを抱いて付き合うのも。
絶対的に違う。
どんな結果であれ挨拶すべきやし、二人で受け止めよう。
ポジティブマインドも不安定な中でたどり着いたひよの実家は一軒家だった。
大通りから外れて住宅街の中に建つ莉兎にとっては立派な家。
一台、白い軽自動車が駐車していたけどお母さんの車らしい。
空いている横に駐車するのは難しそう。
莉兎の車がバカでかいせい。
お母さんの車の前に突っ込んで斜めに駐車させてもらった。
ひよ曰く、あまり車が通らないから大丈夫らしい。
エンジンを切って、深く息を吐いて。
「大丈夫?」
「大丈夫、行こ」
鞄とシュークリームの入った箱を持ったひよは何も言わずに莉兎の手を握った。
疑問符を抱きながら見つめると微笑んでいる。
お互い不安だけど乗り越えよう。
そんな言葉を伝えたかったのかもしれない。
頷いて手を離すと外に出る。
湿気が多いじわりと暑い夜。
雨が降ってないだけマシだと思いながら玄関へ。
深呼吸を繰り返している間にひよはドアを開けた。
「ただいま」
ひよの横、遠慮がちに立つと左のドアが開いてお母さんが顔を出した。
小柄で髪はボブ。
ほんのり明るいブラウンの髪色とラフな格好。
Tシャツとスウェットパンツ…驚くほど若く見える。
お母さんは莉兎を見た途端少し口を開いたけど、それを飲み込んだ様子で
「おかえり。こっち来て」
呟いて部屋へと向かう。
ヒールを脱いでちゃんと揃えてひよの背中を追って入れば、リビングだった。
机とソファ、そしてこじんまりしたベッド。
右を向けばダイニングキッチン。
きっとひよにとっては普通の家なんだと思う。
でも莉兎にとっては豪華な家。
まず一軒家という時点でもう。
莉兎が育ったのはアパートや借家だったし。
それも築年数何年?レベルの古くて汚い部屋。
だから、見るもの全てが羨ましかったし何よりひよの育った家。
でもあんまりキョロキョロ見過ぎたら失礼だと思って真横を向けば仏壇。
ひよの大好きなお父さんだ。
莉兎の想像する仏壇と違って他の家具と同じに見えたから気付かなかった。
前にお母さんが座ってひよと並んで座る。
ひよが机の上にシュークリームの箱を置いた。
「雛子と食べて」
「ありがとう。冷蔵庫入れてきて」
黙ってひよはキッチンの方に行ってしまう。
え、待ってや。
心細すぎる。
ひよを見つめていたら
「名前は?」
お母さんは気にする事なく尋ねる。
「ふ、降矢莉兎です」
「いくつ?」
「31です」
「仕事は?」
「ひ、ひよりさんと…同じ会社で働いてます」
莉兎の発する言葉全部が弱々しくて心なしか震えている。
自分自身、格好悪いと思う。
でも仕方ないしこんな風にビビって当然だと思う。
正座をして太ももの上の手は握り拳。
正座自体した事あったかなと感じる。
普通に初めてかもしれない。
今まで付き合った男に正座させて説教した記憶はあるけど。
どれだけ莉兎が偉そうに横柄に生きてきたかこんな時に痛感してしまった。
戻ってきたひよは同じように座ってお母さんを見つめ続けてる。
チラッとその様子を見れば警戒しているような。
まるで莉兎が傷つく事を案じて守ろうとしているような。
その瞳の色は初めて見たけど、嬉しかった。
「ひよ、幸せなん?」
お母さんの問いかけにひよは頷くだけの返事。
その後で漂う緊張感の中、ふふっと笑ったのはお母さん。
「顔が柔らかくなったな」
「莉兎とおるからやろ」
「そう…莉兎ちゃん」
突然名前を呼ばれてびくんっとしてしまう。
「は、はい」
くそ、めっちゃ格好悪い。
声がうわずってしまった。
咳払いを一つしていたら
「ひよの事、頼んでもかまん?」
お母さんは柔らかい表情と柔らかい口調で一言告げた。
その瞬間、全身に鳥肌が立って。
口は半開きのまま何度も首を縦に振っていて。
「はい…」
おまけに声は震えて本当に無様な返事だった。
もっと気の利いた言葉を言えればよかったのに何一つ浮かんでこなかった。
本当に頭の中が真っ白だった。
理解して、認めてもらえる事の幸福。
お母さんはそんな大きすぎる幸福をくれた。
心の中の重い石は砕け散って広がるのはじわりと熱いもの。
それが涙に繋がりそうだったけど、流石に情けなさすぎるから必死に堪えた。
「…な、んで頼んでくれるんですか?」
素朴な疑問。
だってお母さんは莉兎がどういう人間か知らない。
顔を見ただけと言っても過言じゃない。
なのにどうして?
ぶつけてみたらお母さんは笑って
「ひよが幸せそうやからかな。あと、莉兎ちゃんの目とか真面目な雰囲気」
あっけらかんと言い放つからひよも莉兎も無性に恥ずかしくなってしまった。
「ええん?あたし結婚できんで」
「いざとなったら海外でも行きや」
お母さんはまたあっけらかんと言うから笑ってしまう。
ひよは「そんな簡単なもんちゃうわ!」って恥ずかしそうに言ってるけど、お母さんは慎重派のひよと違って「何とかなる精神」の持ち主らしい。
とりあえず…本当によかった。
こうしてお母さんと笑える未来を想像してなかったから嬉しい。
でもその幸せな反面で思う。
律ともこうして笑える未来があればいいなと。
「さっきからずっと思ってたけど、それあたしの部屋着やん」
「だってあんた置いてったやん。もったいない」
「置いてったからって着らんといてくれる?雛子なら分かるけどお母さんが着る意味」
「雛子には似合うって言われたもん」
「そのドヤ顔やめてくれる?」
「おもろい親子…」
ご飯を食べてないと知ったお母さんはキッチンに立つ。
「もう何を作っても余るねん」
「ええやん、うち余らんで」
「そうなん?」
「莉兎がアホみたいに食べるから」
おい、アホみたいってなんやねん。
ソファで並んで座ってたけど横にいるひよを睨む。
お母さんがいる中でいつも通りに吠えられるわけがない。
大人しい借りてきた猫状態の莉兎は苦笑いを浮かべるだけ。
「ほな残り物で悪いけど、莉兎ちゃん食べる?」
お母さんが手招いてくれてダイニングテーブルに移動。
出してくれたのはひじきの煮物とポテトサラダだった。
「いいんですか?」
「それ食べて待ってて」
「いただきます!」
お箸をくれて食べればひじきが美味しい。
ニコニコしていたら同じようにお箸を持って横に座ったひよが食べる。
「ひじきご飯にしたら美味しいのに」
「雛子食べんもん」
「てか雛子は?」
「夜勤」
「コンビニ?」
「今日は警備」
「そんな事までしてんの?」
もぐもぐ食べながら聞く妹の話。
確か前に聞いた時、フリーターって言ってたっけ。
そう思い返しながら今度はポテトサラダをつまむ。
あ、これ…
口の中に広がる味にふふっと笑う。
それを見たお母さんが不思議そうな顔。
「どうしたん?」
「いや…ひよが作ってくれる味と一緒です」
ちゃんとお母さんの味を受け継いでるのがすごい。
そしてお母さんのポテトサラダを食べれた事が嬉しい。
ひよは恥ずかしそうで
「しゃーないやん」
ぼやきながらポテトサラダを食べている。
いいな、と思う。
ひよはたくさん愛されて育ったんだろう。
だからこんなにも人を思える人間になったんだろう。
お金があるとかそういう事じゃない、育ちがいい。
莉兎が追い求めてる丁寧な暮らしの根源がここ。
ひよの実家にお邪魔できてよかったと心から思う。
簡単にひじきの煮物とポテトサラダを食べ終わって。
お母さんはご飯を作ってくれている中
「ひよ、」
並んで座った状態のひよを呼ぶ。
「なん?」
「お父さんに挨拶してええ?」
ダイニングテーブルから見える仏壇。
写真のお父さんは微笑んでいる。
ちょっと怖そうだけど、とてもいい表情。
まなざしが優しい。
ひよは驚いて黙ったまま。
嫌だったかなとか踏み込みすぎたかなとか。
調子に乗ったと反省しそうな所で
「もちろん。一緒に挨拶しよ」
目を細めて喜びながら莉兎の手を掴んでくれた。
仏壇の前に行ってお参り。
心の中で挨拶している最中、ひよが呟く。
「お父さんに莉兎を会わせたかった」
線香の独特な香り。
ふわふわと鼻を掠めながらひよを見れば合わせた手を下ろしながら溜め息。
ゆっくり手を握ればふふっと笑う。
「お父さんイケメンやろ」
お母さんはホットプレートを出しながら微笑んでいる。
「めっちゃイケメンです」
莉兎が言えばお母さんは嬉しそう。
「お父さんがここにおるから私はこの部屋で寝てるんよ」
その一言で納得。
こじんまりとしたベッドの意味。
元々は他に寝室があったんだろう。
察するにお父さんと寝てたであろう寝室。
いなくなってからそこでは寝れなくなったのかもしれない。
ぼんやり想像する色んなこと。
莉兎だってひよがいなくなったら。
もうあのベッドで一人きりで寝れない。
ソファだってダイニングテーブルだって何もかも思い出してしまう。
きっと引っ越しても同じ。
色んな瞬間瞬間にひよを思い出して恋しくて会いたくて泣きそうだ。
お母さんはそれを経験している。
ひよだって大好きなお父さんをなくした悲しみを抱えたまま。
考えれば、乗り越える事なんてできないししなくていい。
ずっとその悲しみと寄り添って生きていくのがある意味の正解かもしれない。
忘れたら二度目の死、なんて言葉もあるし。
莉兎の母親に関しては嫌な意味で忘れられず付き纏っているけれど。
「そういうとこ、ほんま変わらんな」
溜め息混じりにひよは言いながら立ち上がってホットプレートの電源を入れている。
「ひよ、あんたその腕時計…」
お母さんがひよの腕時計に気付いて呟く。
電池を交換してからひよはあの腕時計を使うようになった。
仕事中はずっと。
以前自分で買ったという腕時計の出番はもうないと思う。
同じようにキッチンに立って調味料を出しながら
「莉兎に言われてまた使うようになった」
至極普通にと努めて言ったのかもしれないけど、ちょっと照れくさそう。
「ふーん…私が言うても使わんかったのに。莉兎ちゃんの言う事は聞くんやなぁ?」
「ええからはよ焼こ!お腹すいたて!」
「あんたちゃんと素直になれてる?」
「もうええから!」
いじるお母さんと嫌がるひよが面白い。
莉兎は止めもせずに笑って眺めるだけ。
再びダイニングテーブルの椅子にちょこんと座れば、くすくすと笑いながらお母さんは焼き始める。
途中から気付いた、お母さんが作ってくれているのはお好み焼きだと。
目の前でお母さんが焼いてくれるなんて贅沢。
今朝とはまるで違って上機嫌になってる莉兎をよそにひよはウンザリしている。
食器棚からグラスとお皿を取り出して机に置く。
それから冷蔵庫を開けたひよをスルーして
「莉兎ちゃんお酒飲めるん?」
お母さんはお好み焼きの様子を気にしながら問いかける。
「あ、はい。飲めます」
「一緒に飲もっか」
「は、はい。お付き合いさせていただきます」
「こら、あかんやろ。車で来てるし」
一旦冷蔵庫を閉めてひよは怒ってるけど
「泊まったらええやん」
あっけらかんとものすごい事を言い放つお母さんは今日何度目なんだか。
ビビったけど、そう言ってくれるなら何でもいい。
頷きながら賛同してたら「意味分からん」とひよは一人で怒ってた。
後でご機嫌取りに徹しようと思う。
「よし、一緒に日本酒飲も!」
「はぁ?ほんまあかんて」
「何でもいただきます」
「莉兎、お前ええ加減にせぇよ!」
お母さんのお好み焼きはやばすぎた。
美味しすぎてやばい、無限に食べれるレベル。
粉は少なめの代わりに長芋とキャベツがたっぷりでふわっふわ。
もうこれは芸術。
まずは普通に食べて。
二枚目はチーズ。
三枚目は月見にしてくれた。
ソースと青のりの香り、そして踊る鰹節。
褒めまくってたら
「あたしでも作れるもん」
ひよは胸を張ってたけど
「全然やで。まずキャリアがちゃうから」
お母さんに瞬殺されててぶすっとしてた、そういうとこもかわいい。
三枚食べたのは莉兎だけ。
でもお母さんは喜んで焼いてくれた。
「いっぱい食べや」と言ってくれてもぐもぐ食べる莉兎を嬉しそうに見てた。
そして三人一緒にお好み焼きを食べながらビールを飲んだ。
こんなに美味しいビールを飲める事と楽しい空間全てに感謝だった。
その後、お母さんと莉兎は日本酒に変更。
ひよは日本酒を飲まないらしい。
「この子は洋酒派なんよ。お父さんと一緒」
確かにひよは濃いめのハイボールが大好きやけど。
「他に何かないん?」
「私が漬けた蜂蜜レモンがあるから炭酸で割ったら?」
「それあたしも漬けたし」
「ほんならお茶でも飲んどき。莉兎ちゃん、乾杯」
勢い良くグラスに注がれた日本酒。
お母さんのグラスとコツン、乾杯。
日本酒なんて普段はほぼ飲まないけど、たまには。
それにお母さんに付き合って飲むなんて光栄。
一口飲めばフルーティだけど決して甘口ではない。
美味しいと思いながら二人、飲み進める。
親が親だからか、元々アルコールは強い方。
基本何でも飲めるし嫌いなのは芋焼酎だけ。
あのニオイが唯一無理。
でも親を反面教師にしているから自分の「これ以上はもう無理」という限界を把握してる。
その限界を超えてまで飲まないし、自分なりの上手な飲み方も熟知してる。
アホみたいに酔って記憶を失った事もない。
酔っ払って喧嘩した事も気が大きくなった事もない。
そんなんなら素面で喧嘩するし、元々気だけは大きいし。
お母さんと飲みながらひよは溜め息混じりで横に座ってお茶を飲んでいる。
言われた通りお茶を飲むひよがかわいい。
「この子、ちゃんとご飯作ってる?」
「もう毎日美味しいもん食べさせてもろてます」
「それならええけど文句あったら遠慮せんと言うたって」
「いえ、そんな文句なんて」
ないですよ。
そう言おうとしたら
「毎日文句三昧やん。夕飯なに食べたい?って聞いたら肉ばっか言うし」
ひよが間髪入れずにぼやく。
そんなんお母さんに言わんでええやん…。
謙虚に畏まって更には縮こまってるのに。
日本酒のグラスを傾けながらひよを睨む。
ふわっと鼻をくすぐる日本酒独特の香り。
「だって肉好きやから」
「そもそも食わず嫌い多すぎやし。あたしが作ったら何でも美味い!ってめちゃくちゃ食べるくせに」
「ひよのご飯全部美味いんやもん」
胸を張って言えばひよは黙ってお茶を飲んでいる。
口元は緩んでいて嬉しそう。
その横顔を見たら莉兎の目も細くなるほど笑ってしまって
「いつもありがと」
改めて言った途端
「はぁ…こんな仲良いならほんまひよの相手が莉兎ちゃんでよかった」
向かいに座っているお母さんはグラスをテーブルに置いてふふっと笑う。
一瞬でもお母さんの存在を忘れてた事に驚く。
緊張感も日本酒を飲んだと共に溶けてしまったのかも。
恥ずかしくなって「すんません」と言えばお母さんは「ええよ」なんて笑ったまま。
ひよはひよで黙ったまま立ち上がってお手洗いに行ってしまった。
恥ずかしい、照れくさい…でも微笑んで見守ってくれるお母さんの瞳は優しい。
「莉兎ちゃん、もっと飲も!」
「いただきます!」
散々飲んだ後、フラフラしつつ二階へ。
ちょっと飲みすぎた…いや、結構かも。
こんなに飲んだのはほんまに久々。
お母さんは唸りながらベッドに横になって。
「今日は楽しかったー」
そんな可愛い事を言いながら。
リビングを出る直前
「おやすみなさい」
と言えば手を振られた。
お母さんも相当酔ってた様子。
階段を上がれば、左右にドアがあった。
ひよに手を引っ張ってもらって左のドアを開ける。
そこはしばらく使われていないという事が分かるくらい、時が止まった感覚を覚えるようなひよの部屋だった。
湿気がこもっていてむわっと暑い。
ひよが莉兎から離れて電気をつければ、煌々と照らされた部屋がよく見えた。
広く、整頓された部屋。
窓が三つ…カーテンは締められたまま。
右端にシングルベッドと足元にテレビ。
左端にはデスクと洋服のタンス。
クローゼットや本棚…壁にはポスターがいくつも貼られている。
ぼんやりしながら立ったままの莉兎をスルーしてひよはクローゼットを開けると部屋着を探り始めた。
とりあえずドアを締めてひよの背中に抱きつく。
「暑い」
「んんんー」
「エアコンつけて」
「どこー」
「机の上にリモコンない?」
名残惜しく離れながら机の上を見れば、ひよの言う通りあった。
冷房のスイッチをオンにすればエアコンはゆっくり動き始める。
床にはタイルカーペット。
ブラウンとアイボリーの二色を交互に敷いているおしゃれさ。
いい部屋やなと思いながら壁に貼られたポスターを見る。
その当時流行ったバンドたち、そして海外の俳優。
ひよが好きな音楽って知らんかったけど、意外にパンクバンドが好きらしい。
それよりひよの好みのタイプは昔から海外の俳優なんやなと理解する。
今だってあの海外ドラマの「エイデン」に夢中やけど変わってない、そのポスターの俳優も似たような感じ。
壁を彩っているどのポスターも日焼けで色褪せているけれど。
「とりあえずこれ着て」
ひよに渡されたTシャツと半ズボン。
うんうんと頷きながら着替えようとするけど、立ったままだとやっぱりフラつく。
慌てたひよに抱き寄せられた。
「危ないやろ」
「着替えさせて」
ぎゅうっと抱きついて甘えれば溜め息をつきながら「はいはい」と呆れている。
お互い着替えてベッドに寝転んで。
いつものように腕枕しようとすれば逆にされてしまった。
「なんで」
「大人しくせぇ、酔っ払い」
「へへ、」
「お母さんに付き合わんでもよかったのに無理して」
無理なんかしてないし、と思いながらひよにくっつく。
見つめる反面ひよの腕が辛くならない内に離れようと思ったり。
「嬉しかったんやもん」
「…そう」
「お母さんに分かってもらえて…ほんまに嬉しかった。頼まれたしこれからもっとひよを幸せにすんで」
ふふん!と笑って言う。
酔っ払ってるから大きい事を言い放ってるわけじゃないのはひよもよく分かってるはず。
その証拠に少し笑って莉兎の髪を撫でる。
近くで見つめ合いながら
「ほんまは…かなり怖かった」
ひよは吐き出すように呟いた。
「当たり前や。誰でも怖い」
「……莉兎のお姉さんにも、いつか」
「分かってる」
言いたい事は全部。
遮ってひよにくっついて顔を隠した。
いつか。
律が理解してくれたら、そんな未来があったらいい。
「莉兎が幸せならそれでええ」
ぶっきらぼうでも顔を逸らしててもいいからそんな一言を言ってほしい。
その為には何となく、でもそれなりに忙しく過ぎていく日々に感謝しながらひよと過ごす。
小さくてもコツコツと積み重ねて律が理解してくれたらいい。
とりあえず今夜は。
日本酒に酔うだけじゃなくて、ひよのお母さんの笑顔や優しい言葉にも酔いしれたい。
ふふっと笑いながらひよの腕枕から逃げ出して。
「落ちるで」
背中を向けるとひよは心配するけど、振り返って腕枕。
ぎゅうっとすれば「もー」と文句を言いながらも嬉しそう。
「やっぱりこれが一番やな」
しっくりくると思いつつ、ひよに触れるだけのキス。
黙ってくっついてくるひよは離れた莉兎の唇を追いかけてさっと奪う。
じれったい、そんなキスをしながら眠りに落ちそう。
おでこをコツンとくっつけて眠る前に一言。
「今日も好きやった」
へへ、と笑う莉兎にひよも同じような笑顔。
「明日も好きでおって」
「明日はもっと好きになってる」
「甘すぎやろ、お前」
「惚れた?」
「もう何回も惚れ直してる」
「ひよの方こそ甘すぎやん」
ゆっくり瞼を閉じるけど、ほっぺたは緩んだまま。
夢の中へ飛んでいきそうな瞬間感じる。
毎日「好き」という感情をひよにぶつけて。
ひよの心のド真ん中に突き刺す。
それは莉兎が研いで研いで鋭く尖らせた鋭利な感情。
ひよの心にどこまでも濃く深く突き刺せるように。
毎日それを繰り返してる気がする。
だから、もうひよは莉兎だけ。
こんなにひよを愛する人なんかもう莉兎しかおらん。
誰にも負けん自信がある。
かかってくる奴がおるなら来やがれ。
真正面から勝負したる。
莉兎の恋も愛もひよ専用なんやから。
「わろたまま寝てんの」
「まだ、おきとる」
「はよ寝ろや」
「お母さんのお好み焼き美味しかったな」
「…だからあたしも作れるて」
「キャリアがちゃうらしいで」
「ふざけてるわ、ほんま」
「お母さん…」
「あたしよりお母さんやん」
「…ひよ」
「お母さんの後に呼ばれても嬉しくないけど」
「ひより、」
「……ゆるす」
深い眠りに落ちて這い上がれないほどの所で声が聞こえる。
名前を呼ぶ声。
微かだったその声がはっきり聞こえた瞬間、やっと目を覚ました。
ボーッとしている莉兎を覗き込むひよの顔。
既にすっかりベッドから抜け出していた。
「おはよ」
「ぉ、はよ…」
「ご飯できてるんやけど、食べる?」
「んん…」
大きく筋を伸ばして瞬き数回。
辺りを見渡すと、我が家じゃない。
そこでやっと気付く。
あ、そっか…ここはひよの実家だった。
緊張した面持ちで訪ねて、お母さんが受け入れてくれて一緒に日本酒を…。
思い出していると
「お母さんが作った朝ご飯やけど…」
その声に飛び起きる。
昨日のお好み焼きだけじゃなく、朝ご飯まで食べれるなんて。
嬉しくて寝起きでにぃっと笑いながらも髪を整える。
「なぁ、跳ねてない?」
「跳ねててもええやん」
「いや、だるだるの姿見せれんやん」
「そんな気遣いいらんけど」
呆れた様子のひよをスルーしながら
「お風呂も入ってないし」
気していると溜め息を吐かれた。
「みんな入ってないから。はよ行くで」
背中を向けて部屋を出て行くひよを追いかける。
確かに昨日は三人共飲んで遅くまで話していてお風呂どころじゃなかった。
でもせめて、と思いつつ前髪を気にしながら階段を下りてリビングへ行くとダイニングテーブルに並んでいたご飯に目がキラキラする。
焼き鮭にお味噌汁にご飯、そしてたまご焼きとウインナー。
贅沢すぎんか、この朝ご飯…。
ひよの横に座って「いただきます」と手を合わせてお箸とお茶碗を持てば
「昨日ごめんやで、付き合わせて」
お母さんは申し訳なさそうに苦笑い。
「い、いえ…そんな。めっちゃ楽しかったし、嬉しかったです」
「二人共飲みすぎや」
黙ってたひよがたまご焼きを食べながら呟く。
やれやれ、といった雰囲気満載。
「いいやん。莉兎ちゃんまた飲もうな」
「是非…!」
「莉兎、調子乗ってたら怒るで」
ひよは怒ってるけどお母さんと二人で笑いながらご飯を食べる。
味噌汁の具はしじみだった。
お母さん自身のためなのか莉兎の二日酔いを心配してくれたせいなのか分からないけど、口元を緩ませながら啜る。
あったかくて美味しい。
たったそれだけなのに一瞬泣きそうになった。
朝ご飯を作ってくれる事。
それを囲む事。
そういうたくさんの気持ちのあったかさと穏やかさ。
子供の頃に味わえなかった幸せ。
他人にとっては些細なものかもしれないけど、莉兎にとっては貴重な幸せの一粒だった。
お母さんが漬けたらしい白菜の漬物だけでご飯を食べれた。
いっぱい食べて、と言われておかわりをお願いする。
ひよは何も言わずに莉兎の焼き鮭の骨をとってくれていた。
家でもそう。
最初の頃、魚は骨がめんどくさいとぼやいた時から。
「手のかかる子供」と言いながらも必ずやってくれる。
「はい、食べて」
「ありがと」
骨をとってくれた鮭をお箸で摘んでニコニコしながら食べてるとお母さんは微笑んで見つめている。
ちょっと恥ずかしい、と思っていると
「気にせんでいいで。この子、ほんま世話焼きやから」
笑って言うお母さんに
「似たんちゃう?」
ジッとひよはお母さんを見つめ返す。
「あたしが世話焼くのはお父さんだけやもん」
「あたしも莉兎だけやもん」
二人で言ってくすくすと笑い合ってるけど、無性に照れくさい。
背中がくすぐったくてほっぺたがゆるゆる。
ひよが世話を焼くのは莉兎だけ。
愛しかないやん、なんて思いながら嬉しい気持ちでいっぱいになる。
朝ご飯を有難くいただいてごちそうさまでした。
たまご焼きの味はやっぱりひよと同じだった。
ポテトサラダと一緒で受け継がれた味。
それに気付きながら噛み締めながら完食した後はお母さんが
「ひよ、しば漬け持って帰る?」
冷蔵庫の中を見ながら尋ねる。
「漬けたん?」
「うん。きゅうり多めやで、あんた好きやろ?」
「好きー。持って帰る。刻んでおにぎりにしたら莉兎喜ぶやろし」
「ほな瓶に入れてあげるわ」
「ありがとう、瓶返さんから」
「ええよ」
そんな会話と二人の様子をボーッと見ていた。
これが普通の親子のやり取りなんやろうな、なんて。
親は子供の為に何かをする。
子供は何の疑いもなく「ありがとう」とそれを受け取る。
もし莉兎の母親が今生きていてもこんな事はしてくれないに決まってる。
逆に気持ちもお金も何もかも搾取されて嫌になって疎遠になってるはず。
だから、生きてなくてよかったと思ってしまう。
あんなのが母親だなんて一生の恥だ。
背中の傷も、と思ったけどひよが言った「三日月」というフレーズを思い出す。
ひよだけが莉兎の「三日月」を愛でてくれるから、悪くない。
「…兎、莉兎」
ボーッとしていてひよが呼んでくれていた事に気付かなかった。
目を合わせると
「…そろそろ帰る?」
そう言われて頷く。
とりあえず二階に上がって借りた部屋着を脱ごうとしたけど
「スーツ着るんだるっ」
苦笑いを零す。
仕事終わり、そのまま訪ねたせい。
それはひよも同じようで
「このまま帰る?寄り道せんやろうし」
苦笑いのまま提案してくれて頷いた。
鞄を持つだけで帰る準備は万端。
ひよは「布団干しといてもらお」と言いながら掛け布団だけ軽く畳む。
「行こか」
「うん」
二人揃って階段を下りるとひよは荷物を持って
「お母さん、帰るで」
声をかけるとリビングからお母さんが出てきた。
「気ぃつけて」
「ありがとう」
「色々ほんまにありがとうございました」
ヒールを履いた後振り返って玄関で頭を下げる。
ひよは「大袈裟やねん」と言ってるけど、ちゃんとお礼は言わないと。
本当によくしてもらったから、お世話になったから。
お母さんの一つ一つの気持ちが嬉しかったから。
「莉兎ちゃん」
その声に頭を上げると
「いつでもひよと遊びにおいで。今度は敬語なしで」
ふふっと笑って言ってくれて同じように笑みが零れた。
「あ、りがとう…」
「ひよの事、よろしくお願いします」
「は、はい!」
一瞬崩れたけどお母さんに敬語を使われるとすぐ戻るやん、当たり前やん。
お互い頭を下げ合って笑えてくるなと感じながら手を振って外に出た。
昨晩の気持ちとは真逆の晴れやかな気持ち。
ルンルンなまま、車に乗り込めば暑い。
梅雨明け宣言はされてないのに頭上には青空が広がっている。
すぐにエンジンをかけて冷房を効かせながら車を走らせる。
「どうやった?」
「めっちゃ緊張したけど…嬉しかった」
「あたしも」
チラッとひよを見れば口元が緩んでいる。
そんな横顔を見れて嬉しい。
「お母さん、可愛い人やな」
「歳いってるけど気だけ若いねん」
「ええやん」
「お母さんに惚れた?」
「んー、惚れた」
ははは、と笑いながら言えばひよは「そっかー」とニッコリした後で肩に思い切りパンチ。
冗談で聞いたんやと思ってた…。
もしくは母親として素敵やね、という意味かなとか…。
「痛いて…」
「何が惚れたやねん、アホか」
「嫉妬してんの?」
「やかましいわ!」
何それ、嫉妬やん。
かわよ…ジェラピヨかわよ。
ニヨニヨする。
こういう時にニヨニヨしてたらもっと怒られるとか分かってるけど止まらん。
ニヨニヨ…ニヨニヨ…へらへら…へらへら…。
「もう本気でウザイねん!」
容赦なく莉兎の肩に連続パンチ。
笑いながらも痛いのはほんま。
「や、めろや!運転中!事故るて!」
「顔面何とかせぇ!」
「ジェラピヨやん」
「もう口聞いてやらん」
「ごめんなさい、引き締めます」
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