第9話 莉兎ホイホイ

掃除というより断捨離。

本人に「いる物」と「いらない物」を聞いて仕分けしていく作業が延々と続く。

ビニール袋に詰められていく、いらない物たち。

服やアクセサリーが大半であとは香水や使いかけで放置して数年経った化粧品、そして雑貨。

リサイクルショップで買取してもらえそうな物もたくさんある。

年齢を積み重ねれば好みも変わってくるというのはよく分かるから莉兎が「いらない」と言う物はどんどんビニール袋に入れていく。


こうしてお互いに黙々と作業する中で思う事。

莉兎は物を捨てるのが苦手なんだろう。

だから延々と増えてこの結果なのかな、とか。

その気持ち、分からなくはない。

あたしだって捨てるのはもったいなくて置いたままの物などいくらもあるし。


「元カレからもらったもんとかないん?」

ふいに気になって聞いてみる。

これだけ持て余してるならアクセサリーだって服や鞄もあるはず。

「ないんちゃう?別れたら捨てるもん」

「へー、意外」

莉兎の気持ちの切り替え方なのかも。

あたしは逆。

捨てれず眠ったままの物が部屋のどこかにあるはず。

別に引きずってたわけじゃないけど、プレゼントされた物に罪はない。

…そう言ってももらった物なんか数えるほどしかないけど。

ぼんやり手を止めて考えていると

「ひよはありそうやな」

莉兎はどんどんビニール袋に服を詰めながら冷ややかな視線を送ってきた。

「まぁ、物に罪はないやん」

「引っ越す時全部捨てさせるからな」

「それはかまんけど」

ちっちゃな独占欲が垣間見えて可愛い。

まるであたしの過去まで欲しいみたいやん。

胸がきゅっとなる、あぁ可愛い。

それ思うの二回目な。

分かってるけど何回思うてもええやん。


クローゼットを開けても服だらけ。

その下には靴の箱と鞄や帽子たち。

このチビ、ほんま女優か。

呆れながら莉兎に聞きつつ整理する。

服といってもタグが付いたままのものもあったりして。

もったいないの塊。

「ひよの好みの服あったら着てや」

「着るけど…ほんましばらく買わんで済みそう」

莉兎は特にトップスが好きらしく、何枚も出てくる。

シャツも多いけど色褪せてしまっているものは捨てるしかない。

Tシャツだってブランドが目立つけどシワのせいで着る事を諦めたんだろうと安易に想像できるものが多い。


莉兎は莉兎でアクセサリーと奮闘中。

ネックレスやブレスレットはあちこちに落ちてるけど絡まってイライラしている。

「普段つけてないやん」

「つけたいんやけど…こう絡まってたらめんどくて」

「指輪はないん?」

「欲しいけど自分で買わんかも。元カレにもろたやつとか捨てたし」

「あたしも欲しいけど買ってない」

「安心せぇ。今度買うたるから」

なんやねん、それ。

莉兎の事だからクソ高い指輪をプレゼントされそうやし

「いらん。自分で買う」

言いながらクローゼットの服を見る。

ハンガーで服をかけるのはいいけど、一つのハンガーに何枚もかけてるせいで鬱陶しい。

この使い方に呆れるなと思っていたら

「いらんてどういう事?拒否とかあんの?」

莉兎の言葉に「うっさい」だけぼやいて断捨離。

指輪の件に関しては不服そうな莉兎をよそに仕分けは続く。



「いる物」も多いけど「いらない物」と判断された物の多さ。

置き場所がない。

だって元々プラごみを捨ててないコイツのせい。

溜め息を漏らしながらとりあえず「いる物」を入れる段ボールが欲しい。

あとはある程度片付いたら掃除をすれば出て行けるかも。






「ベッドは莉兎のベッド使ってええん?」

「もちろん」

莉兎のベッドに座ってみたら沈み込む感覚。

めちゃくちゃ柔らかい、やば。

このベッド…絶対高かっただろうなと確信する。

これで眠れるのは嬉しい反面

「…ここで元カレと寝てたんやろ?」

気にしてしまう、そんな事。

寝るだけならまだしも莉兎が抱かれてたはず、きっと。

ちょっと…いや、かなり妬けるなと思ってたら

「ひよ、こんな家に人呼ぶわけないやろ。莉兎しか寝てへんわ」

フローリングでゲームのソフトをまとめている莉兎に言われて安心。

「よかった」

「ひよのベッドは?」

「え、」

いや、それは…。

口ごもってたら顔を上げた莉兎に溜め息を吐かれた。

「しゃ、しゃーないやん」

「まぁ許したるけど。あのベッド捨てるんやろ」

「喧嘩した時別々に寝る用に持って行ってもええよ」

「アホ。喧嘩しても一緒に寝るんじゃ」

その一言に笑えてしまう。

だって簡単にイメージできたから。

お互い無言のくせにくっついて寝てそう。

喧嘩したらどうなるかな。

あたしは喋らんタイプやけど、莉兎はどんどん話しかけてきそう。

それでも無言を貫いたら鬱陶しい事になりそう。

根負けして「ウザイねん!」って吠えそう。

ていうか喧嘩するんかな…その原因はどっちなんやろう。


ベッドに座ったままで考え込んでいたら

「あった!」

莉兎の喜ぶ声で我に返る。

手に持っているのはリモコン。

「これでベッドのリクライニングできんねん」

「そうなん?」

「ひよ寝てみ」

言われるまま寝転んでみると包み込まれたような柔らかさ。

めっちゃ気持ちいい…と思っていたら上半身が斜めになった。

「すご」

「せやろ?足も上げれるからそのまま寝ればむくみがとれんねん」

「最高やん」

莉兎もごろんと寝転んできて手渡してくれたリモコンを見る。

ボタンを押せば上半身や足元が上がったり下がったり。

めっちゃいいベッド、そして柔らかいマットレスに感動するあたしをよそに何故か胸を触られる。

普通にくっついて普通に手を置かれたけど…何なん?

莉兎を見れば首を傾げて「んん?」と可愛い顔。

いや、やってる事は全然可愛くないんやけど。


反対側にごろんっとして背中を向けても全然余裕がある。

さすがダブルベッド…スペースが広いとやっぱりいいなと思っていたら

「何でや」

莉兎はちゃんと追いかけてきて背中にぴったりくっつく。

「暑い!」

「クーラー16度でつけるから」

「あたおか」

「誰があたおかやねん」

「何でおっぱいに手置くん?」

「ひよ」

「なん?」

背中を向けてリモコンを触る。

足の上げ下げを繰り返して満足していたら

「ニットはえろい」

莉兎は呟いて裾から手を入れてくる。

驚いてリモコンを手放しながら体を捻って

「お、前!もしかしてずっと思うてたん?は?」

見つめれば「うん!」って元気な返事。


はぁぁ。

莉兎の肩を持って手で突っ張りながら距離を取ろうとする。

何考えてんねん、ふざけんな。

朝からずっとそういう目で見てたとかやめろ。

でもあたしの力は悲しい事に弱くてすぐ莉兎は覆い被さってくる。


「やめろ、って」

「ニット着たら食べられるんやぞ」

「アホか。気持ち悪いな」

「普通愛しい恋人に気持ち悪いって言う?」

「言う」

「塞いだろか、その悪い口」

「やめ」

最後まで言えんかった。

乱暴なキス。

もうあかんって、と思いながらも莉兎は止まらない。

何度もキスされてニットの裾から不法侵入の手。

「こんな、ん…してる時間ない、って」

「さっきから誘ってきたんはひよやろ」

「誘ってない」

離れて至近距離で話す。

吐息が互いの顔を掠めながら眉間に皺を寄せる。

誘った覚えなんかない。

誰が断捨離中に誘うねん。

呆れてたら莉兎はニヤリと笑う。

「しゃがむ度に腰見えてたで」

「別にわざとじゃなくてこのニットが」

「莉兎ホイホイなニットやな」

「お前、Gなん?」

「ご期待にお応えさせていただきます」

「待っ、」

あかん、そっちのエンジンがブルブルしてる。

掃除とか片付けのエンジンを燃えさせろよ。

こんな一言や文句でさえも言えない。


既にニットの中に手を入れられて更には耳を舐められた。

ピアスごと口に含まれて莉兎の歯に当たる音色、カチャカチャ。


ぞくぞくっと鳥肌が立って、あぁもう。

いいと言ってないのに勝手に暴走する莉兎より。

すっかりその気になって吐息を漏らしてしがみつくあたし自身に呆れてしまう。


チョロピヨ。

絶対そんな事思われてるんやろうな、なんて。

心底悔しい反面、莉兎の首筋に腕を絡めて早速鳴いてしまった。






何やってるんやろう。

唸りながら起き上がる、重なってたらクソ暑い。

「意味分からん…」

乱れた服を直しながら見つめる先の莉兎はニッコニコ。

腹立つうさぎ…でも振り返ればあたしの方がドアホ。

散々鳴いてせがんで本気になって求めてた、なんて。


このニットは封印しようと思いながらも俯いて見直す。

「これ、そんなに莉兎ホイホイ?」

黒い無地のありふれたようなニットなのに。

「胸元開いてるし丈短いし仕事で着たらガチギレかな」

ニッコニコのまま言うてるけど怖いて。

でも意地悪したくなって

「火曜日これ着て出勤しよ」

莉兎を試すように言えば一瞬で顔が曇っている。

勢い良く起き上がって顔を覗き込む莉兎と嫌でも目が合う。

「ガチギレ言うたん聞こえんかった?」

「好きな服くらい着させろや」

「ふーん…そうか、そういう事か」

「なん?」

曇ってた顔がニヤリ。

口角を上げながら莉兎は

「わざとそんなんして莉兎を怒らせて躾けられたいんやろ」

しょーもない解釈をするからとりあえず頭を殴っておいた。

でも…まぁ、それもいいかも?

いやいや、ドM曝け出してどうすんねん。


「暴力反対や。莉兎を殴る人なんかひよしかおらんぞ」

「特別もろたわ、ありがとう」

「ちゃうし!」

お互い言い合いながらも笑っている。


あたしと莉兎ってずっとこんな感じなんかなぁ。

アホ言うてあたしが殴って莉兎は痛さに嘆いて。

これがいつもの事やけど、クソ甘い時もある。

セックスの時なんかふざけもせずに本気で愛し合う。

それこそクソ真面目に「愛してる」って伝え合う。

普段が普段だからこそ、余計に心に響いて高鳴るんだと思う。



絶対メイクとれてるよなと考えながら辺りを見渡す。

「いらない物」をリサイクルショップに持って行ってさっぱりした方が良さそう。

「リサイクルショップ行かんとな」

「なぁ、ひよんちの洗濯機と莉兎んちの洗濯機やったらどっちがいい?」

あ、それもあるんだった。

ベッドから下りて洗濯機を見てみればキロ数はウチと変わりがない。

「どっちでもいいけど」

「ほんなら出張買取しよや。洗濯機も冷蔵庫も持ってってくれるやろ」

「そうしよか。とりあえず…一旦帰る?」

「帰る!」

その依頼は莉兎に任せておこう。

出張買取ならわざわざ車に荷物を運んだり店舗に行かなくて済む。

とりあえずそれらが終わってからだと思いながら莉兎の家を後にする。


あ、プラごみの存在はしっかり覚えとかないと。

あたしの家とはゴミ袋の種類も収集日も違うから莉兎にはうるさいくらい言おう。






結局断捨離をしてセックスをしただけ。

なんやそれ…思いつつ車に乗る。

外は真っ暗、陽が沈んでもうどれだけ経っているんだか。

お腹が空いたから早くカレーを食べたい。

「スーパー寄って。とんかつ買わんと」

「任せて、ちゃんと覚えてるから」

「ほんまはなしでもええねんけど、体で払ったし」

ご褒美は約束してたとんかつじゃなく体で。

「は?足りんけど?」

「お前しばく」

何回…ってやめとこう。

恥ずかしくなってくる。


窓の外を見ようとすれば反射して莉兎の運転している横顔が写っている。


チビやし無駄に力が強いし大食いやし余計な事と調子に乗った事ばかり言う。

でも誰よりもあたしを大切にしてくれて甘やかしてくれて守ってくれる。


ひより、と呼ばれる事が未だに恥ずかしくてたまらない。

それだけで何もかもいいと思ってしまう。

普段誰にも呼ばれないから、という理由じゃない。

呼んでいる時の莉兎はきっと誰も見た事がないほど優しくて穏やかで甘すぎて。


名前を呼ぶだけで愛されてると分かる。

だから、許してしまうし何よりもあたしの体が蕩けて液体みたいになってしまう。


あと本人は分かってないけど、運転してる時の横顔って格好良い。

こんな小さな事で好き好きとなって浮かれてしまうんだから、重症。

窓に反射した莉兎の横顔をジッと心ゆくまで見つめながら密かに頬を緩めた。






スーパーに着いてカゴを持つと

「ご褒美やからカレーに何をトッピングしてもええで」

許したら莉兎はそれを聞いた途端走り出した。

「…子供か」

その背中を見つめながらぼやく。


多分お惣菜コーナーに一直線した莉兎を放置してあたしはフリルレタスをカゴに入れる。

それにトマトとシーチキンとコーン…これらは家にあったはず。

サラダの準備を整えてゆっくりとお惣菜コーナーに行けばやっぱり莉兎はいた。

「とんかつ以外にトッピングするん?」

聞きながら覗き込むお惣菜たち。

とりあえずとんかつをカゴに入れていると

「これ!」

莉兎が手を伸ばしたのはイカフライ。

「はいはい」

とんかつ一枚にイカフライに目玉焼き。

想像しただけであたしは胸焼けしそう。

半分呆れるけど嬉しそうな莉兎を見れば「まぁいっか」と思えてくる。



「あと欲しいもんある?」

「お菓子」

「はいはい」

何でもええわ。

莉兎はどんだけ食べても太らんし…と感じるあたしをよそに莉兎はパッとカゴを持って歩いていく。

別に重たい物なんか買ってないのに…ほんまそういう気遣いをしてくれる所が好き。

持ってあげるとか何も言わずカゴを奪って持ってくれるイケメン。


お菓子コーナーに行けばポテトチップスの味に悩んでる莉兎がいる。

こういう所は至極子供。


「やっぱりコンソメしか勝たん」

「そう?うすしおも美味しいやん」

「うすしおしか勝たん」

おい、コンソメを見捨てるの早すぎやん。

コンソメ、今頃泣いてるで。

そう思いながら笑っていると莉兎はうすしおのポテトチップスをカゴに入れる。

「ひよは?」

「こっち」

手招きして向かうアルコールコーナー。

でもついてきた莉兎が「おい」と言いながら溜め息。

しばらく飲んでないからええやん。


振り返れば

「ウイスキーあるんちゃうん?」

顔を歪めながらぼやいている。

「あるけど今日はちょっと」

「なに?」

「レモンサワーも飲みたいんよな」

「も?」

「ハイボール作って飲むけどレモンサワーも飲みたい」

どれにしようかと悩みながら感じる、寒い寒い。

スーパーの中全体は涼しいけど冷蔵庫の前に立つと寒い。

見えない冷気に包み込まれているかのよう。


結局手に取ったのはアルコール9パーセントのレモンサワー。

もちろん濃いめだった。

莉兎は文句を延々と言ってるけど無視。


「飲むだけ飲んで甘えてきても知らんぞ」

「そういう事言うんや」

「いや、ちゃう、けど…」

「いいもん。甘えんから」

あ、しまった。

つい強がって口を滑らせてしまった。

自信なんかないし、ゼロに近い。

だって酔うととびきり恋しくなってしまうんだから。

そして莉兎にべったべたに甘えた事はまだしっかり記憶に残っている。


あたしの言葉は取り消せず、ちゃんと莉兎の元に届いていて

「聞いたからな」

念押しされた。

「ええよ」

「分かった。莉兎も何か飲むー」

「コーラでええやん」

「なめんなよ」

ジロッと睨まれて莉兎が選んだのは意外にもワイン。

へぇ、ワインも今じゃ缶であるんだと知った。

白ワイン、さっぱりしてていいなぁと思いながら

「あとはコークハイ飲む」

結局莉兎はそれ。

コーラでできてる莉兎の体。

そんなに美味しいかなぁと不思議。

あたしはあまり飲まなかったけど莉兎と一緒にいるようになってから割と飲んでる気がする。


お会計を済ませて袋詰め。

エコバックを持ってるあたしに莉兎は

「さすがー」

褒めてくれるけど、普通や。

みんな一つくらい鞄に入ってるはず。

莉兎は違うらしいけど。






車に戻って家まではすぐ。

美味しいトッピングで溢れたカレーを食べてもらおう。


二日目のカレーは美味しいのに元カレは嫌がった。

同じものを二日連続で食べるなんて貧乏くさい。

そう言われた事を思い出す。

二日目のカレーの美味しさ、あいつは知らんまま生きてるんやろう。


莉兎はそんなアホと違って美味しく、更には喜んで食べてくれるだろう。

それが嬉しいしもっと尽くしたくなる。


色んなものを食べてもらいたい。

これからの季節だとカツオのたたきやそうめん。

秋には炊き込みご飯と秋刀魚。

冬は鍋を二人で囲む…あ、それ夢。

一人鍋は寂しくて仕方なかったから。


すき焼きなんてしたら莉兎はめっちゃ喜びそう。

おうち焼肉もテンション上がりすぎて空まで飛んでいきそうなレベル。

…そしていつか我が家の思い出のちらし寿司を食べてくれたらいいなと思う。


「甘えないひよさん、楽しみですねぇ」

色々考え込んでいたあたしをからかう莉兎の声。

ほんましょーもない事を言うんじゃなかった。


心の中で後悔をしながらも

「楽しみにしとき」

平然と言う。

前途多難やのに強がるスタイルだけは我ながらご立派。


どんな夜になるかなと思いながら本当はもう今すぐにでも甘えたいのに、なんて。






お互いカレーとサラダを食べて。

お酒も飲みつつ。

莉兎はとんかつにイカフライと目玉焼きがトッピングされたカレーを綺麗に平らげた。

「ガチで美味すぎ」

ぺろっと食べてニコニコしてる姿を見ると嬉しい。

カレーを作ったら喜ばれるという事を知れてよかった。


莉兎の白ワインを一口もらう。

さっぱり爽やかで美味しい。

「間接キス…!」

「あーそう」

興味なさげに言いながら白ける。

間接どころか何回直接キスしとんねん。

今日だけでどれくらい?

分かるわけないな、と思いながら作るハイボール。

ウイスキーの量を多めに…つまりは濃いめ。


それを飲みながら莉兎が買ったポテトチップスをつまんだり煙草を吸ったり。

くっつく事はない、珍しく触れずに過ごしている。

だってあたしから触れたら「甘えてんの?」とからかわれるだろうから。

そんなんむかつくし、なんて強がりながらテレビをつけた。


「ドラマ観ていい?」

「ええよ」

莉兎はスマートフォンを見ながら白ワイン、ゆっくり自由に過ごしている雰囲気。

あたしはあたしでしばらく観てなかった海外ドラマを再生。

サブスクで観始めたこの海外ドラマがめちゃくちゃ面白い。


ジャンルとしては刑事モノだけどミステリー。

主人公の警部と相棒、そしてチームが一丸となって殺人事件を解明していく。

ドラマとしての重厚感、内容の濃さもすごくて見応えがあるし何よりも……

「はぁ…あたしのエイデン」

警部の相棒であるエイデンに夢中。


スラリと背が高くて顔は綺麗。

瞳は青く、透き通っている。

髪型はシーズンごとに変わるから毎回ドキドキするし、何よりスーツ姿が格好良いもうほんまやばい。


ニヤニヤしながらエイデンが映る度にもだもだ。

今までの一人時間の過ごし方はこれ。

楽しみもエイデンしかなかった事実。


必死に字幕を追いながらハイボールを飲むあたしに

「何がエイデンやねん」

莉兎は冷たい言葉を吐く。

「かっこよ。あぁ無理…歩いてる…」

「バカタレ」

はん、エイデンの格好良さを見ろ。

スマートで運動神経抜群、でも苦手なのはピクルス。

可愛さもたっぷりすぎて無敵。






あたしはエイデンを見ながらハイボールを煽って。

莉兎はそんなあたしにイラつきを隠さずぶすっとしながらワインを飲み終えてコークハイを煽って。


もぐもぐポテトチップスを頬張り続ける事を怠らない莉兎に頭を寄せる。

エイデン……と思いながらもぴとっとくっついた後気付く、しまった。

めっちゃ自然な流れでくっついてしまった。

でも一度、頭を寄せたらもう離れられなくて。

莉兎の熱とかニオイ…あ、やばい。


「なに?」

ぽんっと左手で頭を撫でられながら聞かれた。

「べつに」

「ほら、愛しのエイデンが歩いてんで」

「普通に歩くし」

「さっきはキャッキャしてたくせに」

グラスを手に取って残ったハイボールを飲み干す。

ふらっとする、本当はちょっと前から。

頭の中がふわふわ…気持ち悪さは全くない。


それにしてもめっちゃ当たり前のように頭を寄せてしまった。

触れ合わずに努めていたのに。

悔しいけどもっと触れたくなっている。


溶けた氷をカランと鳴らせて汗のかいたグラスをテーブルに置く。

テレビから視線を外して手元を見れば、莉兎は両手が塞がっていた。

スマートフォンを持ってもう片方の手で触っているせい。


気に入らない、なんてバカっぽい。

だってお互いそれぞれの時間を過ごして、それでいいと思っていたのに。

あたしだってエイデンに夢中になってたくせに。


構って、あたしを見て、手を貸して。


色々思いながらもどかしくて莉兎のスマートフォンをパッと奪う。

覗き込めばSNSを見ている真っ最中だったらしい。


「なんやねん」

テーブルに置いて唸りながら莉兎の手を握る。

でもそれだけじゃ全然足りなくて結局もっと唸りながら莉兎の膝上へ。


見下ろせば

「甘えん坊め」

頬をむにっと掴まれた。

痛い…でも何も言えずに唇を尖らせる。


甘えないなんて案の定無理な話。

例えばお酒が入ってない、素面の時でも無理だったと思う。


もうあかん、甘えたい。

甘え散らかしたい。






「いたい」

「全然力入れてない」

「いーたーいー」

「ひよのパンチの方が何倍も痛いわ」

「りと、やめて」

パッと手を離された後で莉兎の首筋に腕を絡めてキス。

触れて、すぐ舌で莉兎の唇を舐める。

はぁ、と吐息を漏らしながら精一杯ちゅっちゅっと唇を鳴らして煽れば莉兎は乗ってきた。

後頭部と背中に手を添えられてどんどん激しくなるキス。

「んっ…ん、」

声を漏らせば莉兎の舌がするりと入ってくる。

受け入れて絡ませたらもっと声が出てしまう。

キスだけで濡れて。

キスだけで腰は動く。

すっかり淫ら。

こんなあたしは莉兎の前だけ。


「んん、っ…ぁ、はぁ、っ」

「ん、んっっ」

ちゅ、んちゅっ…。

海外ドラマの声より際立つ濃厚なキスの音色。

やばい、腰が動き続けている。


漸く離れれば莉兎は唇をぺろっと舐める。

その仕草に胸が高鳴ってちゅっちゅっとキスしながら

「りと…」

あたしは蕩けた雰囲気満載で呼ぶ。

「ひより」

あぁ、やばい。

優しくて穏やかに呼ばれる名前…ほんますき。

胸がきゅううっとする、むり。


「して、」

「欲しがり」

「ほしい、もん」

「強がってごめんなさいは?」

ぎゅっとしながら耳元で言う。

「ごめんなさい」

「抱いて下さいは?」

「んーー」

「んーじゃない」

「だいてくださぃ…」

ちゃんと言わせようとする莉兎に屈服して言う、いつもの事。

恥ずかしくて仕方ないけどそのせいで濡れているのは事実。


ふふんと満足気に笑う莉兎はすぐショートパンツと下着の中に手を入れてくる。

膝を立てて迎え入れる姿勢、莉兎の肩を持ちながら。

とろとろなのは自覚済み。

ぬるぬると莉兎の指がよく滑る度に快感が走る。

止めどなく声が出るけど見つめられてる事に気付いて唇を噛む。

「噛んだらあかん」

「ん、んっん、っ…!」

「ちゃんと声聞かせて」

「ぁあっ…り、と……っりとっ…!」

くちゅくちゅと突起を刺激されてすぐイッてしまいそう。

顔を背けて

「イク…っあ、ぁあっ」

素直に言うといつもの言葉。

おねだりして「ええよ」とお許しをもらってから果てる。

まだまだ全然物足りない。

莉兎を見下ろして「早く」と急かすように腰を動かす。

そんな物欲しそうなあたしに莉兎はにぃっと笑いながら指を奥へ沈ませる。

挿入ってきた莉兎の指、二本。

気持ち良すぎてビクビクとしてしまう。


男のアレなんかよりずっとずっと気持ちいい。

それはちゃんとあたしの弱いポイントを熟知してくれてるから。

ただ無闇にピストンするだけじゃなく、重点的に責めてくれるから。

おまけに言葉で煽られて莉兎とのセックスは一番気持ちいいし一番愛を感じられる。

ナカを掻き乱されて絶え間なく喘ぐあたしはまた許しを乞うて果てる。

数度繰り返しても熱は下がらず莉兎の膝上に乗ってしがみつく。

「こら、動かしづらいやん」

「ゃ、っ…」

セックスの最中、くっついたりしがみつくのは癖。

一人でシーツを握りしめたりして耐える事ができない。

くっついたら裸を見られないし、という理由もあったりして。






「甘ったれ」

「あ、かんの…?」

ハァ、ハァと乱れた呼吸を整えながら見つめる。

唾液を飲み込む、そして少しの咳払い。

責め立てられたいはずなのにそれに対応する体力が追いついてない。

それでも、欲しい。

「んーん。もっとやりたくなるやん」

「して、よ」

「ひよりの体、火照りすぎ」

背中を撫でる片手、もう片方の手の指は咥えたまま。

動かずジッとしたままの指がもどかしい。

だからこそ腰は自然と動いてしまう。

見上げる莉兎にあたしは蕩けたままで言う。

「りと、」

「んん?」

ふふっと笑いながら首に手を絡めたまま

「昨日から全然抱き潰されてないけど…りとの性欲、そんなもん?」

多分酔ってるからこそ言える言葉。

驚いた直後むすっとしてる様子を見ながら、いつも莉兎がするように自分の唇を舌でぺろっと舐める。

「あたしに欲情せんの?」

「十分しとるわ。莉兎をそんなに煽りまくったら自分がどうなるか」

最後まで言う前に

「分からせて」

試すように笑ったらエンジン全開の燃えるような瞳。

狩る気満々の獣、まさにライオン。

短い息を吐く、そして

「ほんまに覚えとけよ」

低い声で言われてぞくぞくしながら期待感を込めて笑みを零した。






煽った事を後悔。

ガンガンにやられてやばい。

ソファで存分に汗をかいて暑すぎる。

海外ドラマもストップする余裕もなく放置のまま。


逃げるようにベッドへ寝転んだけど当然莉兎は追いかけてくる。

服はとうに脱がされていて布団を被ろうとしたけど、その隙もなく。

うつ伏せで寝てたのに四つん這いという体勢にさせられた。

「も、色々むりやって…」

「何が無理やねん」

恥ずかしすぎるのが分からんのか。

バックとかそんなん…あんま経験ないんやけど。

でもその体勢のまま振り向けば足元にいる莉兎はあたしの秘部を撫でる。

思わず俯いてびくんとしてしまう。

無理だと嘆いていたのに触れられればその気になってしまう、アホらしいあたしの体。

撫でるだけ、それが続けば当然じれったい。


「りと、ぃ、やっ」

ナカに欲しいのに。

ハァ、ハァ…と息遣いを荒くさせながら嫌がってた体勢は自然と卑猥なものになっている。

気付けば莉兎の指を受け入れやすいようにお尻を高く突き上げていて。

ほんま素面じゃなくてよかった。

酔ってるからこそできるバック。

でもこの記憶が簡単に消えればいいのにあたしはお酒に酔っても忘れた事がない。

寧ろしっかりすぎるほど覚えているから最悪。


「何が嫌なん?」

さっきから莉兎は意地悪全開。

ドSに磨きがかかっていて徹底的に虐めてくる。

それがあたしにとってたまらないからもう秘部はとろとろを超えてぐちゃぐちゃだった。

もうとっくに愛液が太腿まで垂れている。

おそらくあたしの煽りに対して本気になった証拠。

「撫でる、だけとか…っ」

「挿入れてほしいんなら分かってるよな?」

「…っ挿入れて、下さぃっ」

あたしのお願いに莉兎はぐぐっとナカに侵入してくる。

やばい、いつもと違ってもっと深い所に挿入っている。

「ぁあ、ああっ…っ!」

「挿入れてあげたんやから自分で動けるよな?」

とことん虐めてくるやつ。

普段だったら殴って蹴ってる所なのに今は全然無理。

逆に言われた通り、動き始める。

莉兎の指が擦れる感覚、段々と激しく腰を振って気持ちいい所に当たるように。

声はダダ漏れで絶対見つめているであろう莉兎の名前を呼んで。


脳内は快感以外何もない。

夢中で腰を振りながら、やばいと思ったけど我慢もできずに体を震わせて簡単に果てた。

耐えきれず崩れる上半身、必死で呼吸を整えるあたしに

「勝手にイッた?許してないねんけど」

ライオンのような莉兎がそれを見過ごすわけがなくって。

「ち、が…っ、イッてな、…」

「イッたやろ?」

「……だ、って」

気持ちよかったんやもん。


俯きながら小さく呟くあたしに莉兎が怒ってる事は雰囲気で分かった。

でも、やばいと怯えるよりドキドキして胸がときめく。

怒らせて楽しんでるわけじゃないし、わざとじゃないけど。

怒った莉兎がどんなアクションをするのか期待していて、ほんまにドM。


自分自身に呆れていると指をぐちゅぐちゅと動かされた。

奥をぐりぐり突かれてまた一際甲高い声で鳴いていたらお尻をパシン!と叩かれた。

「勝手にイッたらあかんやろ」

「や、ッ…叩く、ん嫌っ…ぁあ、ぁんっ!」

「嘘までついて悪い子やな」

「ごめ、ッ…ごめんなさっ、あぁ、ぁっっ!」

「叩かれて悦んでるん?ひより、どえむ」

「ちゃぅ、っは、ぁあ…っぁんっ」

お尻を叩かれながら奥を突かれる。

叩かれる度、奥に響いておかしくなりそう。

もう耐えられないほどの快感が頭のてっぺんから足のつま先まで走る。


イキっ放しのあたしに莉兎はふんっと軽く笑って弱い部分を一際刺激しながら

「ひより、もっとイケ」

低い声で言われた途端、今日一番と言ってもいいくらい深く果てた。






心身共に呆然。

だるい体、何も考えられない脳内。

うつ伏せで倒れるあたしの横に寝転んだ莉兎は

「煽ったひよが悪い」

そう言いながら髪を撫でてくれている。

「性欲おばけ」

「お互い様やろ」

折角いい感じに酔ってたのにそれもどこかへ飛んでいってしまった。

莉兎の本気、そしてドSはやばいと学習。

でもこんなにも抱き潰されて正直嬉しい。

何回好きやと言われたのか分からないくらい。

それを集めたら花束どころか開店セールに並ぶ花輪レベル。

結局このだるさも何もかも幸福感。


くるっと頭の向きを変えて見つめる先の莉兎は

「このどえむのひよこめ」

ニヤニヤして言われてしまった。

「ドSのうさぎに言われたくない」

「バック好きって覚えとく」

「好きちゃう」

そんなん覚えんでええねん。

酔ってたせい。

うん、何もかもそれでいい。

アルコールのせいにしてしまえばいい。

「好きなくせに」

「普段は嫌」

「んじゃレアやな」

にぃっと笑いながら呼ばれる、こっちおいで。

うつ伏せの体勢を変えて今度は莉兎の腕の中に飛び込む。

小さくて狭い腕の中。

でもあたしがこの広い世界の中で唯一安心できる場所。


ぎゅうっとくっついて髪を撫でられたりキスをされるともう、もう。

「りとちゅき」

「ん、ひよだいちゅき」

二人揃って笑いながらまたキスを一つ。


だるいせいかお酒のせいか満足感のせいか。

珍しくウトウトしそう。

あかん、このまま寝れそうなんて幸せすぎ。


「りと」

「なに?」

「あたし、幸せ」

「…ひよ」

「離れんといて」

「離すわけないやろ」

それを表現するようにぎゅぎゅっと抱きしめられてゆっくり瞼を閉じる。


こんな幸せをずっと待ち焦がれてた。

生きててよかった。


大袈裟な事を本気で思いながらスッと夢の中へと溺れていった。


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