第二話 天使
水から上がった天使は、近くに置いてあったタオルで体を拭き始める。その横には白い半ズボンとシャツも置いてあった。石像……もとい天使に夢中だったルーシュは全くそれに気が付いていなかったのだが。
「ったく、最悪のタイミングで来やがって」
「ご、ごめんなさい……。でも、天使ってもうみんな死んじゃったんだと思ってた」
改めてルーシュは彼を見つめる。白い肌、白い髪、白い翼。瞳は金色に煌めいており、本に書いてあった通りだ。
まじまじと自分を見てくるルーシュに、天使は目立った嫌な顔はしない。
「もうみんな死んでる。僕が最後の一人だ。と言っても数時間後には死んでるかもしれないけどな」
「え、なんで?」
「お前は寿命というものを知らないのか?」
「し、知ってるよ。でも天使って長寿なんでしょ? 不老だし。数百年生きるって本に書いてあったよ。えーっと……」
ルーシュは持っていた本の、所々掠れた目次から目当てのページを開く。そこには『二百五十年程』と書いてあった。
「きみは何歳? ていうか名前はあるの? ぼくはルーシュ」
「……無遠慮だな。僕は今年で三百といくつかになる。名前はミシェル」
「ミシェル! よろしく!」
ルーシュはそう言うと右手を差し出す。ミシェルは仕方なさそうに溜め息を吐くとその手を握った。が
「おい、いつまで握ってるんだ。早く離せよ」
「あの、悪いんだけど腰抜かしちゃってさ。起き上がらせてくんないかな……?」
それにミシェルは特大の溜め息を吐く。
「天使の国に一人で来るような度胸はある癖に、とんだ間抜けだな」
「ごめぇん。ありがと」
ルーシュがお尻に付いた土を払っていると、ミシェルが「ハクマー」と誰かを呼んだ。彼が服を着ている間に『ととと』と足音が聞こえ、さっきのガフが顔を出す。ふかふかの白い毛並みは、ミシェルに会った後だと彼に手入れされているだろうことが分かる。
「帰るぞ」
ハクマは懐いているようで、ブフッと陽気に鼻を鳴らすとミシェルの横に付いて歩いていく。ルーシュは本を胸に抱くと、持ち上がった口で陽気に彼らの後に続いた。
「その子友達なの?」
「ああ、そうだ」
「かわいいね」
「……ありがとう」
若干ぶっきらぼうに返しながらミシェルは進む。
「ねえねえ、一つ……ううん、何個か聞いてもいい? 本にはさ、天使は大戦争でみんな堕天使になったと思われるって書かれてたんだけど、君以外にも白い天使は何人か残ってたの?」
「……もう覚えてない」
「翼の短い天使はいたの?」
「普通は長い」
「じゃあ……」
ルーシュは理由を聞こうとしたが、流石によくないかと思い留まった。『普通は』ということは、ミシェルには何か理由があって翼が短い訳だ。会って間もないのに踏み込むのは失礼だろうと彼は思った。
「じゃあさ、昔の天使の国がどんなだったか教えて。ご飯とか天使とか暮らしとか」
「何の為に」
「知りたいんだ。だって本の中でしか天使のことを知らないから。本当はどうだったのか、見てみたくてここに来たんだ」
立ち止まったミシェルはルーシュを見つめる。その目は純粋そうにきらきらと輝いていた。からかいに来たとか、宝目当てで来たとかいうのではなさそうだとミシェルは思う。しかし一応は警戒しておくべきだろうという結論になった。これまでに何回か冒険者が来ては、民家や城をあさっていったからだ。
「言っとくけど、宝とかはないからな。大戦争の後に全部奪われた。それに掘っても何も出てこない」
「えーっひどい!」
「ひどい?」
その言葉にミシェルは少し驚き、分からないと首を傾げる。
「だって、お宝を盗むなんて!」
「それが当たり前だろ。勝った国は負けた国の財産を奪っていく。冒険者……お宝ハンターも、宝を追い求めて生きてるんだ。それが普通だ」
「でもミシェル達の物なのに。勝手にそんなことしちゃダメだよ。なんかほら、取り放題だよって言ってる訳でもないのに」
「お前……」
ミシェルは見開いていた目に瞼を被せると、溜め息を吐いた。
「ひどいお人好しだな。今の時代にぴったりだ」
「えーっ、何それ。皮肉?」
知らんと吐き捨てると、ミシェルはハクマと再び歩き出す。が、いつまでもルーシュが付いてくるので仕方なく
「……お前、飯食べたか?」
「ううん。まだお昼じゃないし」
「……食うか?」
平和ボケした無害な存在とも思ったのだろう、ミシェルは前を向いたままだけれどそう言った。
「えーっ家行っていいの⁉︎」
「っ⁉︎ っせ〜な、お前!」
ルーシュの突然の大声にミシェルは耳を塞ぐ。ハクマも若干迷惑そうに目を細めた。
「ご、ごめん……」
「ったく。豪華なもんは出せねえからな。文句言うなよ」
「言わない! ありがとう!」
どこまでも純粋なルーシュの笑顔に、ミシェルは調子が狂うと思いながらも自身の家へと足を進めた。
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