開始時は『言語翻訳』だけ。でも仲間とスキルが優秀なので、辺境で改造を楽しみます。

プロローグ

プロローグ1:八人の敵と一人の部長(会議室編)

 東京、汐留の高層ビル――総合商社アストラル・リンク・コーポレーションの緊急役員会――の会議室。

 分厚いガラス壁にも関わらず、空気は鉛のように重く、冷房の音さえかき消されそうだった。


 テーブルの窓側、重役椅子に座る八名の役員グループが、部長席の沢渡 翔太(33歳)を取り囲むように座っている。


 この会議は、社長が長期間の病気療養で欠席している間に、事実上の最高権力者である大山専務が主導していた。


 会議の目的は、会社の再建計画を議事録に残し、社長へ報告することだった。

 この議事録は、沢渡にとって会社立て直しの切り札だった。


「沢渡部長!だからこそ聞いている!その新規事業モデルは、長年会社を支えてきた非効率な部門を切り捨てるだけの暴論だろうが!」


 大山 義則 専務の怒号が響く。彼の反対は、「会社の歴史と権威を守る」という大義名分を装った、既得権益の守護だった。


「専務。この物価高を前にして、会社の体力はすでに限界に瀕しています。すでに引当金も減価償却も一部積み上げておらず、五年後に固定資産の売却以外に打つ手がなくなることは明白です。稼げない部門の統廃合をなぜしないのですか?」


( 社長のためにも、この議事録には真実を残さねばならない)と、沢渡は冷静に答える。


 沢渡部長がすべての部門から水面下で相談を受けていたという事実は、役員たち全員を苛立たせていた。


 その言葉を合図に、周囲の役員たちが、論理という名の私怨を込めて沢渡を攻撃し始めた。



 論理に隠された四つの恨み


 まず、財務担当の安西 隆司 常務が、冷ややかな視線で財務資料を突きつけた。


「論理的にあり得ない、沢渡君。君たちの資産流動化提案は、流動性を確保するという名目で、会社の基幹アセットを手放すに等しい。財務の健全性が崩壊するリスクがある。」


「価値の不透明な固定資産など、健全性以前に、市場も株主も認めませんよ。そもそも資産の存在すら怪しい。私が申し上げているのは、帳簿上のトリック話ではなく、固定資産の洗い直し及び流動資産への入れ替えです。この議事録が社長に渡れば、誰に非があるか明確になる。上場存続のための当然のアプローチです。反対される理由は、私個人に向けてではなく、株主に向けてのつもりで冷静にお願いします」


 安西の反対は「会社の財政健全性」が理由だが、その真の動機は、沢渡チームの徹底した資産の洗い出しが、長年彼が関わってきた裏金作りや下請けへの不正取引を白日の下に晒すと恐れている保身だった。


 次に、技術部門の神田 俊夫 部長が、苦々しい顔で口を開いた。


「技術者として言わせてもらおう。君たちのAI解析技術は、あまりにも机上の空論だ。現場が培ってきた職人の知恵を無視し、全てをデータに置き換えるのは、技術者への冒涜であり、非人道的だ。」


「その根性論のおかげで手順書すらなく、何人の貴重な技術者が過労で倒れたか、今更議論の余地があるのですか?AIの目的は人件費削減ではなく、人命の保護と効率の最大化です」


 神田の言葉には「技術者としてのプライド」が滲んでいたが、その裏にあるのは嫉妬だった。沢渡チームのAI技術は、彼の旧世代の技術と、それにすがってきた彼の地位を完全に過去のものにしつつあった。


 そして、営業部門を牛耳る松田 健一 執行役員が、激情的に身を乗り出した。


「リスク、リスクと!お前たちが担当する部門が、どれだけ会社の信用を落としてきたか知っているのか!お前たちの提案は、ただの無能な技術者による責任逃れだ!」


「松田執行役員。私の提案は、AIを使って提案書の作成時間を短縮し、優秀な営業部員をより顧客との関係構築に集中させるためのものです。これは営業部員にとっては福音です」


 松田は、論理ではなく感情が先に立つ男だ。彼の怒りの核心は、沢渡の提案が、彼の管轄の非効率性と彼自身の無能さを決定づけたことへの純粋な逆恨みだった。


 沈黙の中に潜む四つの憎悪


 残り四名の役員は、発言権のある部長級以上ではないため、黙って座っていたが、その視線は沢渡に突き刺さっていた。


 西村 亮太 次長は、出世の嫉妬。

 加藤 雄大 課長は、横恋慕。

 野村 健吾 次長は、積年の因縁。

 そして、坂本 裕介 課長は、保身。彼ら副敵四名の動機は、派閥争いではなく個人的な憎悪や保身であり、その数が、会議室全体の圧迫感を倍増させていた。


「我々は、この再建計画を絶対に認めない。即刻、破棄しろ!この会社を潰す気か!」


 大山専務の最終的な結論が下された、その時。


「それを決めるのは、株主総会と市場の反応ですよ」


 沢渡が、最後に放ったその言葉が、松田の感情を完全に決壊させた。


「黙れ、この裏切り者めが!」


 松田役員が怒りのあまり、デスク上の大型ホッチキスを掴み、沢渡の頭めがけて投げつけた。


 沢渡が、紙一重でそれを避けた、その瞬間。


 会議室全体が轟音と共に揺れ、床の模様が赤黒い複雑な幾何学模様の魔法陣へと変貌した。


 大山たち八名の悲鳴が上がる中、沢渡は冷静に目を閉じた。

 彼の脳裏には、(藤咲、神谷、そして葵……。無事か!)という、信頼する仲間への心配だけがあった。


 魔法陣の光が、会議室にいた十二名全員を、有無を言わさず呑み込んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る