第4話
待ち合わせ場所に指定されたのは、渋谷のスクランブル交差点が見下ろせる、カフェの窓際席だった。
約束の、午後3時。
心臓が、少しだけうるさい。
どんな男が来るんだろう。
変な性癖の金持ち?
それとも、ただのネットストーカー?
一番ヤバいパターンまで想像して、いつでも逃げられるように、バッグの持ち手を強く握りしめる。
「あの……莉愛さん、ですか?」
ふいに、背後から声をかけられた。
振り向くと、そこに立っていたのは、私の想像とはまったく違う人物だった。
「……え」
歳は、私と同じくらいか、少し上。
白いシャツに、黒いスキニーパンツ。
特別オシャレでもないけど、清潔感がある。
色素の薄い、サラサラの髪。
縁の細いメガネの奥にある瞳は、驚くほど静かだった。
全然、パパ活っぽくない。
どっちかっていうと、大学のサークルにいそうな、普通の人。
「蒼、です」
男は、少し緊張したように名乗った。
アイコンと同じ、青い空みたいな、名前。
「……どうも」
私は、警戒心を解かずに答える。
彼は私の向かいの席に、静かに腰を下ろした。
「本当に、来てくれたんですね。よかった」
蒼は、安心したように、ふっと息を吐いた。
その仕草が、あまりにも無防備で、拍子抜けする。
「で? 用件は?」
私は、わざと冷たく言い放った。
「話が聞きたいって、言ってたよね。何の話?」
早く終わらせて、帰りたい。
この普通すぎる空間も、この普通すぎる男も、私を落ち着かなくさせる。
すると蒼は、まっすぐに私を見た。
その目に、下心や好奇の色はない。
ただ、静かに、深く。
「あなたのことが、知りたいんです」
「は? 私のこと?」
「はい。あなたが普段、何を見て、何を考えて、何が好きで、何が嫌いなのか」
「……なんで?」
「……わからないんです」
蒼は、少しだけ視線を伏せた。
「あなたのインスタ、全部見ました。キラキラしてて、すごく綺麗で。でも、全部、嘘ですよね?」
「……っ!」
心臓が、凍りついた。
嘘。
どうして、この男は。
「だって、笑ってないから」
「……は?」
「写真の中のあなた、一度も、本当に笑ってない」
「…………」
「目が、笑ってないんです。いつも、どこか遠くを見てるみたいで。寂しそうに見える」
何を、言ってるの。
この人は。
会ったばかりの、私に。
「だから、知りたくなった。あなたが本当に笑うのは、どんな時なんだろうって」
沈黙が、落ちる。
カフェの喧騒が、遠くに聞こえる。
私の頭の中は、真っ白だった。
今まで、たくさんの男に会ってきた。
「可愛いね」って言う人。
「若いね」って言う人。
私の身体に、値段をつける人。
でも。
「寂しそうだね」なんて言った人は、一人もいなかった。
私の嘘を、見抜いた人なんて、いなかった。
気づけば、私は、目の前のこの男から、目が離せなくなっていた。
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