#君の値段
@tachibanadaiji
第1話
カチャン、と。
カップとソーサーが触れ合う、上品な音がした。
目の前には、白髪まじりの、人の良さそうな笑顔。
「莉愛ちゃんは、本当に可愛いねぇ」
「そんなことないですよぉ、社長」
私は、完璧な角度で首を傾けて、微笑む。
まつ毛は11ミリ。
リップは、彼が好きなDiorの999番。
ネイルは、指が綺麗に見えるベビーピンク。
ここは、ホテルの最上階にあるラウンジ。
分厚い絨毯が足音をすべて吸い込んで、私たちの会話だけが、小さなテーブルの上を漂っている。
大きな窓の外には、夕暮れに染まるジオラマみたいな東京の街が広がっていた。
「この後、時間あるかな?」
きた。
お決まりのセリフ。
私は、わざとらしくスマホの時間を確認して、眉を八の字に下げる。
「ごめんなさい……。明日、学校の課題の提出日で……」
嘘。
課題なんてない。
ただ、この後もう一人、「パパ」との約束があるだけ。
「そうか。頑張ってるんだね、偉いなぁ」
社長は、少し残念そうに笑って、テーブルに置いてあった封筒をスッと私の方に滑らせた。
「これ、今月のお小遣い。課題、頑張って」
「……! いいんですか? こんなに……」
分厚い、茶色の封筒。
中身なんて、見なくてもわかる。
これが、私の仕事。
これが、私の価値。
「ありがとうございます、社長。大好き」
精一杯の感謝と、愛情を込めて。
私は、今日も嘘をつく。
ラウンジを出て、エレベーターのボタンを押す。
きらびやかなシャンデリアが遠ざかっていく。
一人になった瞬間、完璧だった笑顔が、すん、と無表情に変わる。
「……ふぅ」
浅い溜め息。
さっきまでの甘い声は、どこにもない。
スマホを取り出して、スケジュールを確認する。
【19:00 田中さん 食事】
よし。
あと2時間。
私は、トイレの鏡の前で、Diorのリップを塗り直す。
鏡の中の私が、冷たい目でこっちを見ていた。
愛なんて、お金で買えるじゃん?
そうじゃなきゃ、
こんな人生、やってらんない。。
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