第29話 最速の魔女 vs 最優の魔女②

 並の魔女の《魔障壁シールド》は、半透明の光の壁として目に見える。だがリサンドラの《重装魔障壁フルアーマー》は、高濃度の魔力を鎧状に固めた魔法だ。本物の金属鎧のような重厚な存在感があり、一目で強力な防御魔法だと分かる。


 彼女のホウキは、その小柄な体格に似つかわしくない大きなものだったが、今のリサンドラが乗るにはちょうどいい。


「中身どうなってんだよ」


 リサンドラは今や、二メートルを超す大柄な甲冑騎士になっている。


 エレノアはアカリたちの少し前を飛び、間に割って入るようにリサンドラがいるので、まさしく防壁に守られている状況だ。


「掛かってこい」


「言われなくても!」


 フレアは杖を勢いよく振り、《火炎弾ファイアバレット》を放った。相手の堅牢さを信頼して、いつもより炎の勢いが強い。人を丸呑みにできるほど大きな火球だ。生身で受けたならば、まず間違いなく死ぬ火力。


「熱ッ!」


 あまりの熱さに、アカリたちの肌をひりつかせた。


 だが燃え盛る炎の塊は、リサンドラの前で消滅した。火球は削り取られるように、端から端まで火の粉を飛び散らしながら消えていったのだ。


「効かんなァ! 殺意が足りんぞッ!」


 鎧の中から、反響するリサンドラの声が鳴り響いた。


「クソッ、鎧にすら届かねぇのかよ」


 かなりの魔力を使ったらしく、疲弊したフレアは大量の汗を流し、息を切らせていた。


「おそらく、彼女の周囲一帯も鎧の一部なんだろうね。鎧から漏出した魔力すら、防御機能を持つに至っているんだ。生半可な攻撃じゃそこを突破できないし、さらにはあの鎧本体もある」


「じゃあわたしたちが先を飛んで、エレノアを直接狙うのは?」


 導き手は先頭を飛ばなくてはならない。エレノアを追い越せば、リサンドラは間に入ってこられない。いくらか防御が手薄になるはず。


「いい手だけど、それを許してくれる姉さんじゃないんだよね」


 ノイは言いながら、シールドドローンの一機を動かし、斜め後ろに《魔障壁》を張った。


 直後、《魔障壁》の端を《魔弾バレット》が掠り、光を散らした。


「どこから撃ってきて……」


 アカリは振り返るが、どこにもアルトの姿はない。


「森の中を飛んでるよ」


「ええッ! 木を避けながらッ?」


 注意深く見ていると、ときおり木々の切れ目にちらりと白い制服が見えた。


 岩肌が剥き出しの部分があるとはいえ、ほとんどは木で覆われた森だ。アルトは木々の間を縫うようにして飛び、加えてこちらを遠距離から魔法で攻撃しているという。並の魔女では到底できない飛行だ。


 守り手の守備範囲外にいれば一方的に攻撃されるのが普通だが、アルトは姿を見せなければ、距離も遠い。こちらから攻撃することが困難なうえに、アルトは《魔弾》で遠距離狙撃してくる。かなり手ごわい相手だ。


「でも、防げたね!」


 しかも、《魔障壁》の端を掠るような軌道だった。飛びながらの遠距離狙撃は、やはり難しいらしい。


 シールドドローンは六機あり、最悪の場合、一発で一機落とされると考えていた。そんな心配はしなくてよさそうだ。


 だが喜ぶアカリの顔を見て、ノイはため息をついた。


「次からが本気の射撃だよ。僕たちから距離を取ってるから、着弾までのラグを計算するために試し撃ちをしたんだ」


「へー……すごい……」


 青ざめるしかなかった。次からは、本気の一撃が飛んでくる。


「そこまで連射できないのは助かるけどね。あんな芸当、かなりの集中力が必要なはず。一発撃てば、しばらくは撃ってこないよ」


「じゃあ今のうちに――!」


「いや、アタシもしばらくは休みてえ」


 魔法を使えば心身が、特に頭と精神が疲れる。高度な魔法や高出力の魔法を使えば、集中力を欠いた状態が続く。前回ではフレアが、オーバーペースで魔法を撃ってしまい、飛行魔法を維持することすらできなくなって途中離脱した。


 アルトもリサンドラも、高度な魔法を使っている。圧倒的な攻防で、早い段階で相手を落としきる作戦のようだ。


「相手が硬えって分かってりゃ、高火力出すのも楽だわ。ンで――」


 フレアは歯を剥き出しにした。


「死ぬッッッッッほど楽しいわ! 今まで本気出せたことねえけど、やっと出せるかもしれねえ」


「本気出すって……空にでも撃ってみればいいんじゃないの? 誰も傷つかないし」


 アカリの提案に、ノイは「それは違うよ」と前置きをして言った。


「魔法は精神に強く影響されるからね。攻撃魔法なんかは、攻撃対象がいないと力を十全に発揮できない」


「へえ、そうなんだ……」


 ホウキ飛行以外が全般的に苦手なアカリには、いまいちピンとこなかった。


「レースに参加したのは、落ちこぼれでも何かに勝てるって示したかったからだと思ってたけどな、違ったかもしれねえ。本気出せる相手が欲しかっただけかもしれねえわ!」


 今まで見たことがないほど晴れやかに、フレアは笑っている。


「やはりそうだよな!」


 リサンドラの声はこの上なく楽しげだ。


「あたしも同じだ。どこで誰と戦っても、傷ひとつすら付けられたことがない! お前も、自分の身が壊れるくらいの力を発揮したいんだろ? 飢えてるんだろ? ならあたしが相手だ! あたしを本気にさせてくれ! あたしをぶっ壊してくれ!」


 顔は見えないが、フレアと同じく歯を剥き出しにして笑っているのが手に取るように分かる。リサンドラの心の叫びは、狂気と呼べるものだ。


 本当に人死にが出ると思わせるほどの気迫。アカリは思わず、ホウキを握る手に力が入った。


 だが血のにおいがしそうな熱さは、エレノアの一言で消えた。


「リサンドラ、これが殺し合いではないと忘れないように」


「チッ……はいはい、分かりましたよ、お嬢様」


 舌打ち混じりに答え、リサンドラは拗ねた。


 とはいえ、空気は張り詰めたままだ。リサンドラは闘気を緩めない。むしろ、レースに勝つという目的を思い出し、理性を取り戻したことの方が厄介だ。


「水差しやがって、エリート様がよ……」


 フレアも落ち着きを取り戻し、エレノアを静かに睨んでいる。一時はどうなることかと思ったが、これはこれで寂しい。


 しゅんとする気持ちが伝わったのか、フレアが穏やかに言った。


「心配すんな。お前を《ステラ・ウィッチ》にするために飛んでんのも忘れてねえよ」


 だが、気落ちした理由はそこではない。


「いや、違うくて。フレアがあんなに楽しそうにしてたのにって思ったら……」


「それこそ心配すんな。このレースじゃなくても、あいつとやり合えばいいだけだからな。許可が出るか分かんねえけど」


 ホウキレースは、例外的に人を相手に攻撃魔法を放っていい。この機会を逃せば、いつリサンドラと飛べるかも分からないのだ。


 しかし、フレアの言う通り、今は目の前のレースに集中するときだ。


 今回のコースも、一回戦と同じくチェックポイントが二つ設けられている。第一チェックポイントはまだ遥か先で、小さく見える。かなりの長期戦のうえに、進むにつれて《竜狩り伝説》の痕跡である紫結晶や光の球が増えてくる。それを上手く味方にできればいいが、どんな効果があるのかもまだ不明だ。ともすれば、一方的に不利になることもありえる。


「どうしよう、二人とも」


「このまま様子見だね。あの結晶も光も、どう作用するか分からないからね。先にエレノアたちに受けてもらおう」


 魔法封じの巨剣のような効果であれば、その隙を狙える。そうでなくとも、情報を得てから行動する方が得策だ。


「心配なのは姉さんの攻撃頻度と、リサンドラが倒せそうにないことだね」


「んじゃ、少しずつでもあの鎧を削ってやるわ」


 フレアは杖を幾度となく振るい、《火炎弾》を飛ばしていく。出力はまばらで、だがどれも弱い。


「気は乗らねえが、弱攻撃連発だ! これなら疲れねえ!」


 少しでも削れればいいという前提からか、繊細な魔力調整はしていないらしく、疲れはそれほどないようだ。リサンドラは退屈そうに受け続けているが、攻撃を防ぐごとに魔力は消費される。どれだけ精神力が強くても、魔法を使い続けるのには上限がある。魔力切れにならずとも、どこかしらに綻びが出ることだってあるだろう。


 フレアが疲れない程度に攻撃していけば、いずれは隙ができるかもしれない。


 だがそれは、相手も考えていた。


「弱攻撃連発するのは、お前だけだと思うなよ?」


 リサンドラの言葉を聞き、アカリは弾かれるように後ろを見た。


 背後から、小さな《魔弾》が無数に飛んできていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る