第22話 死霊魔術師の流儀④

「あっち行け、この!」


 飛びながら振り払い続けていると、やっとのことで死霊鳥は煙のように掻き消えた。鳥が消えた後には、羽根がひらひらと落ちていく。召喚の媒体に使ったものだろう。


「やっぱあのときにかな……」


 アカリは、ネクリと握手した手を嗅ぐ。


「んあー、クセになりそうこのにおい」


 ただのにおいではない。魔法的な効果で、死霊鳥を引き寄せている。その証拠に、においなど届かない遥か遠方から、鳥の群れが再び飛んできている。おそらく、森のあちこちに待機しているのだろう。


「もー、またかー!」


 鳥の方も普通ではない。魔力で強化されているようで、自分のホウキ飛行に追いつけるくらい速い。振り切るのも難しい。振り払うのも煩わしい。かなり手強い。


 どんどんスピードが落ちてしまい、ついにはフレアとノイと合流した。


「あいつがここまでするとは思わんかった、すまん!」


 早速フレアが焼き払い、ノイがドローンで近寄らせないようにしてくれる。


「ネクリさん、かなりすごいね」


「な、すごいだろ?」


 なぜか得意げなフレア。


「……じゃなくて! なんでルール違反じゃないの?」


 感心が先に来てしまっていたアカリ。


 ノイが疑問に答える。 


「多分、昨日までに仕込んでたんだ。飛び手に課せられる魔法制限だけど、それはレース中に限られる。死霊魔術は一度使えば、召喚媒体が壊れるか、込めた魔力が切れるかで消えるんだ。だから、レース前に発動させていれば、ルール違反にならない」


「そんな抜け穴が……。頭いいなぁ」


「長時間維持できる魔力量と、生前の姿を再現して、さらに強化する魔法精度。どっちもバケモンだよな」


 なおさら、なんで落ちこぼれ学校にいたのか分からない。


「あと、あのおっきな剣には気をつけて。近づくと身体が重くなるみたい」


 今まさに、通りすがりにスピードが落ちた。


「《竜狩り伝説》の魔女によるものだから、対ドラゴン用の武器なんだろうね。身体が重くなるんじゃなくて、魔法の力が弱められるんだと思う」


 ドラゴンは、その鱗一枚までも魔法の力で堅く守られている。魔法封じは、堅牢な防御を剥がすためのものだ。


 錆びた様子から、その力はかなり衰えているようで、近くにいても劇的にスピードが落ちるわけではない。


 目を凝らすと、巨剣の周りにうっすらと力場が見えた。かなり広く、避けて通るのは大回りになる。避けるよりは、このまま突っ切る方がよさそうだ。


 中間ポイントの光輪を抜けると、遥か先にまた光輪が見えた。そこに辿り着くまでにも、幾本もの巨剣が突き立っている。


「そろそろ追いついてくるね」


 振り向くと、相手は着々と距離を詰めてきていた。


 まだまだゴールまで距離があるうえに、死霊鳥の仕掛けもある。このまま行けば、挟み撃ちになる。


「もっと上に行って、剣を越えた方がいい?」


 巨剣の力場を乗り越えれば、スピードダウンを防げる。


「いや、このままで。後ろを見て」


 言われるまま背後、相手チームを確認すると、あちらはいつの間にか高度を上げていた。


「上に行けば、こっちの魔力の流れに便乗されて一気に近づかれる。そして死霊との挟み撃ち。このまま行けば、いつかは追いつかれて上空から攻撃されるかもしれない」


「……じゃあどっちもダメじゃない?」


「相手があの高度のまま追いついてくるのは、単なる可能性だよ。確定的な未来じゃない。スピードが多少落ちたところで、アカリは速いでしょ?」


「オッケー、分かった!」


「今度は三人で飛べるギリギリで、ね」


 ノイは言いながら、ドローンを前方に飛ばした。その一機はアカリのホウキの先端にぴたっと張り付き、そのまま《魔障壁シールド》を展開する。


「じゃあ、置いてかれないでね!」


 アカリはスピードを上げていく。前方から飛来する死霊鳥は、ドローンの《魔障壁》に衝突しては霧散していった。


「ごめんなさい、鳥さんたち!」


 巨剣の近くではスピードが落ちるとはいえ、アカリは最速の魔女(非公式)だ。仲間を連れての飛行でも、魔力流に便乗されなければ追いつかれない。


「ハッ! あいつら、急いでアタシらの後をつけ始めたぜ」


「このままじゃ追いつけないって判断したんだね」


「流石わたし!」


 振り返る余裕はない。でも、相手を引きずり下ろせたらしい。そのまま振り切ってゴール、とまではいかなかったけど。


「これで、互いにハンデのある状況に持ち込めた。追いつかれるけど、付け入る隙も生まれるはず」


「じゃあ何か仕掛けるのは、相手にだけ魔法封じが効いてるときだね」


「逆もまた然り、だけどね」


 こちらだけ魔法封じが効いているときは、警戒しなくてはならない。


「それで、作戦がある」


 ノイは作戦を語った。


 前方から死霊鳥の群れ、後方から相手チーム。依然として苦しい状況。それでも、勝機が見えてきた。


「この状況、落ちこぼれのお前らの方が不利なんだぞ」


 相手はすぐに追いつき、獣人が憐れみを口にした。


「その落ちこぼれに牙剥かれてビビってんのは、どこのどいつだかな」


 もうすぐ巨剣の力場に入る。その前に、虚をつくようにスピードを上げた。


 しかし――


「お前らのどこに牙があるんだッ?」


 力場に入った瞬間、予想していたのか獣人の雷撃が飛んでくる。


 ノイが《魔障壁》を展開するも、やはり効果が弱まっていた。


「――ッ!」


 かなり減衰したとはいえ、雷撃が《魔障壁》を貫通し、全員に襲い掛かった。鋭い痛みが走る。身体が一瞬制御不能になり、意思に反してホウキを力強く握りしめた。


「雷撃に耐えられるのは、後二回」


 ドローンは最初の雷撃で二機、今ので一機使用不能になった。そして今、前方からの死霊鳥を弾くために一機使っている。残り二機。


 もうこちらから仕掛けるしかない。


 今度は、向こうだけ魔法封じが効く番だ。


 フレアは力場を抜けた途端、杖を振り上げた。


 そして予想通り、呪具ギャルの持つ頭蓋骨が光を発した。


「力場内で発動すれば、幻術の質も……」


 ノイは言いかけて、完璧に姿が見えない相手に言葉が止まった。


「まあ予想はしてたけど、生半可な魔女じゃないよね」


 苦々しく言って、ノイは言葉を続けた。


「プランB!」


 掛け声に応じ、アカリは身体の感覚を研ぎ澄ます。そして、微かにホウキが右に揺れたのを感じた。


「フレア、右!」


「おう!」


 すかさずフレアが右方向へ《火炎弾》を放つ。


 すると、数メートル先で風景が激しく乱れた。


「あーしの幻ドクロちゃんがーッ!」


 乱れたのは風景だけでなく、魔力の流れもだ。三人はでたらめな魔力流に振り回され、ネクリ以外の二人が森の中へと落ちていった。


 それを見下ろしながら、ノイは眼鏡の位置を直した。


「消えてる最中に、なんで攻撃しないのか不思議だったんだよ。あの子の使う幻術、僕たちが幻を見てるんじゃなくて、風景を偽装する空間を作るものでしょ? だから最初の一回目、フレアが《竜の息吹ドラゴンブレス》をしたとき、僕たちは骸骨が光るのを見ていなかった。被術者の視覚を乱す幻術は、視覚を通じて掛ける必要がある。魔法を僕たちに掛けてるんじゃなくて、空間に掛けてる証拠だ。守り手だからこそ、攻撃だと判定されかねないタイプの幻術は避けたんでしょ? そして、魔法封じにも揺るがないほど強力な魔力で固められた偽装空間は、一度でも魔力の流れを乱せば荒れ狂う。一定した流れの飛行魔法ならまだしも、急激な魔力の乱れを生む攻撃魔法を使っても使われても、まともに飛べなくなる」


 ノイはめっちゃ早口で語った。


「やっぱり、手強いね……」


 ネクリだけは、なんとか体勢を立て直した。


「これで三対一!」


 アカリは言い放った。

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