第20話 死霊魔術師の流儀②
握手をしたネクリから、薬品のような、魔法雑貨店を思い出すにおいがした。お店に入り浸っているのだろうか。
仲間のもとへ帰っていくネクリを見送りながら、アカリはもう一度においを嗅ぐ。微かににおうほどだったのに、香りは手や袖にしっかり移っている。
「なんだかんだクセになるにおいなんだよなぁ……」
変なにおいだけど、嫌なにおいではない。人から発されられていては、ちょっと嫌。
死霊魔術師ネクリ。不思議な人だった。
「レース前だけど、ネクリさんってどんな人だったか聞いていい?」
フレアは「そういうのも含めて『準備』だ」と前置きして、語り始めた。
「かなり優秀な死霊魔術師……とは聞いてたけど、誰も死霊魔術を使ってるとこ見たことなかったんだよな。だから、ちょっと見せてくれって頼みまくったら、めちゃくちゃ渋々見せてくれてよ」
「押しに弱そうだもんね、あの人」
なんとなく、壁際に追い込まれている姿を想像してしまった。
「死んだ鳥の羽根一枚使って、鳥の死霊を召喚した。並の魔女ならぼんやりしたもんだが、相当ハッキリした死霊だ。フォルティの魔女にしちゃ上等なんで、噂は本当だったのか……ってな具合で、無理言って導き手になってもらってた」
「フレアがぐいぐい行きすぎたから、向こうの学校に行ったんじゃないのー?」
「お節介モンスターに言われたくねえよ」
おっしゃる通りなのでアカリは黙った。
「前々からソプロシュ黒魔術学校からヘッドハントの話が来てたのは知ってたし、悩んでるのも知ってた。練習試合で飛べるか飛べないかで答えを出そうとしたんだろ。それで、飛べなかった」
結晶公園にピザを届けた日だ。本当に突然穴が空いてしまったらしい。そこで先生の機転というか悪知恵が働き、ピザを配達するつもりが自分自身をお届けすることになったのだ。あれから自分の運命は変わり始めた。
土壇場で来なかったことについて、ノイも口を添える。
「押しには弱いけど、思ったより自分を持ってる人だから、きっと理由があるんだ」
「だろうな。後で『ごめん、やることができた』ってメールが来たわ」
やること……。
「ソプロシュは黒魔術系で有名な学校で、いわゆる『悪い魔女』のイメージを強く持たれてるとこだ。死霊魔術なんざ死者を冒涜してるだの言われてるし、あいつの仲間二人もそうだな」
ネクリと話し合っているのは、呪具使いと、珍しいことに獣人だ。呪具は実際に裏社会や犯罪で使われることがあるし、獣人は歴史的にその凶暴性を知られている。どちらも一般的にいい印象を持たれていない。
呪具使いの方は
獣人の方は狼の獣人で、背が高くガタイもいい。魔法でなくとも肉弾戦で戦えそうだ。直接接触がルール違反でなければ、殴ってきてもおかしくない。
「そういう学校だからこそ、やることがあるんだろ」
ふらふらとした人だったが、わざわざ悪印象の強い学校に行く覚悟を決めたのだ。その覚悟が弱いわけがない。
それでも――
「でも、わたしたちだって負けられない」
アカリはホウキを握る手に力が入った。
「その通りだ」
フレアも、ホウキを力強く握る。
「本番だから、練習試合とは少し勝手が違うから気をつけてね」
「違うって、何が?」
「ルール違反に対して厳しいんだ。本番だと違反があれば、魔法で即時拘束される。うっかりがないようにね」
「びっくりした、ルールが違うのかと思ったよ。導き手のわたしは、チームの先頭を飛べばいいだけだよね?」
「落とされた飛び手の役割を受け継ぐのも忘れんなよ」
「そっちは自信ないなぁ……」
ゼロ距離射撃を特訓したとはいえ、レースの場で実践したことはない。練習試合でもフレアが落ちなかったから、攻撃は禁止されたままだった。
不安を覚えていると、ノイが当たり前のことを付け加えた。
「逆に言えば、拘束魔法が発動しないのなら、それは許されてるってことでもあるよ」
「うん? それはそうなんじゃ?」
「……何してくるか分からないってこと」
「ルールの抜け穴……ってことね」
わざわざ忠告してくれるということは、そういうことだ。当たり前だが、相手は何が何でも勝とうとしてくる。
だから、こちらも何が何でも勝つ。
「ぶっ飛ばすから、ついてきてね」
* * *
話し合いを終え、いよいよレースが始まる。
スタート地点である光の輪の前に、二つのチームが横並びに立つ。
「フォルティ魔女学校。導き手、アカリ・アマツボシ。守り手――」
名前が呼ばれていく。
「ソプロシュ黒魔術学校。導き手、ネクリ・ハーデ。守り手――」
守り手が呪具ギャルで、攻め手が獣人の方だ。呪具は多様で何をするか予想がしにくく、獣人は魔法の杖さえ持っていない。ネクリが死霊魔術で死者を召喚することしか、正確な情報はない。
各校の飛び手が確認され、各員ホウキで浮上した。
光の輪はまだ、魔法の鎖で封じられている。
その封印が徐々にひび割れていき、緊張感が高まっていく。心臓が身体の内側から激しく叩いてうるさい。
そしてついに、封印が砕けた。
バリィン! という破砕音とともに、魔女たちは空を駆ける。
アカリは加速し続け、まず相手と引き離そうとした。何をしてくるか分からない。並走するのは、少し様子見をしてから。
だがノイは、すぐに真後ろにシールドドローンを投げた。
直後、背後から真っ赤な火炎放射が襲い掛かる。
「残念、読んでたよ」
ドローンが展開する《
「いきなり真後ろかー……!」
アカリが振り向くと、相手チームがぴったりと背後に張り付いている。《嵐の山》のワイバーンと同じだ。やりづらいことこの上ない。
これまでの練習試合は、ルセト・ユスティの魔女か自校の有志とやっていた。特にルセト・ユスティの魔女はプライドが高く、並走して正々堂々と戦いを挑んできた。
だがこれは勝負だ。勝てばいい。相手に嫌な状況を押しつけるのも、立派な作戦だ。
それに、真後ろにつくデメリットもある。レースでは、導き手はチームの先頭を飛ばなくてはいけない。つまり、一番狙いやすい位置にいるのだ。
「オレの《
獣人が歯を剥き出しにして笑う。喉奥は赤熱して光っていた。そしてその歯は狼のようなものではなく、むしろ爬虫類の歯並びに近かった。
変身魔法の一種だ。身体の一部だけ、魔法で火吹き竜を再現している。
「ドラゴンブレス? ハッ、ワイバーンのブレスの方が熱かったぜ」
フレアが杖を振り上げた。
「そんで、アタシの《
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