第15話 史上最速の魔女アカリ

 月日が経ち、ホウキレース本番までいよいよあと一週間。


 三人はそれぞれの課題に向き合いつつ、練習試合もこなしていた。


 アカリは、ホウキを持って学校の廊下を行く。


「あのルセト・ユスティの二軍に勝ったんだって?」


「うん、楽勝! 一軍にも勝ってやるから、応援してね」


 本気で取り組んでいる姿は周囲からの評価を変え、声を掛けられることが多くなった。問題児、異端児と言われていたフレアとノイも、避けられることが減ったらしい。


「フレアとノイって、噂ほど怖くないって本当?」


「二人ともいい子だよ。ちょっと変なだけで」


 ちなみにあの日、外出届の行先に《嵐の山》と律儀に書いていたことから、三人はしこたま怒られた。そのこともあって、根性のある魔女として校内でも有名になっていた。


 そして今日が、レース開催地である《魔女の庭》へ出発する日だ。


 講堂で行われた壮行会では、生徒代表からの激励の言葉が贈られ、今から校庭で旅立ちを見送られる。


 だがその前に、壮行会の締め――本日のメインイベントだ。


 校庭に出たアカリは、そのままホウキに跨り浮上する。


 アカリに続いて、学校の魔女たちがぞろぞろと校庭へ。今から始まるたった数秒に、生徒だけでなく教師陣も心躍らせていた。


 ホウキで浮くアカリに、誰もが注目している。


「せんせー、準備いい?」


「こんなよー分からんもんで速度が測れるなんて、世の中変わったねぇ」


 先生の手には、スピード測定器が握られている。


「むしろ世界記録ってかなり昔なのに、どうやって測ったんですか?」


「魔法であれこれしてたんだよ」


 肩をすくめながら、先生はノイに教わって測定器の使い方を確かめている。


「ちょっと適当に飛んでくれー」


「はーい」


 試しに適当に飛んでみると、ちゃんと計測できたようで安心していた。


「今と比べ物にならないくらいの速度で飛ぶけど、大丈夫かな」


「安物だけど、車用だからまあ大丈夫だろうさ」


「オッケー、じゃあ本気で飛ぶね」


 アカリはすいっと飛んでいき、校庭の端を越え、さらには学校の敷地すらも越えていった。それに高度を合わせるように、測定器を構えた先生もホウキで浮上する。フレアとノイも先生に追従し、アカリを見守るような視線を送った。


 今から行われるのは、アカリの全速力での飛行。世界最速記録を打ち破る瞬間を、誰もが期待して空を見上げていた。


「それじゃ、行くよー!」


 アカリが声を上げると、熱を帯びた期待とは裏腹に、校庭は緊張で静まり返った。固唾を呑む音さえ聞こえてきそうな……。


 アカリは今一度、ホウキとの繋がりを確かめる。魂が、肉体を通してホウキと繋がっている。


「よし、行ける」


 ホウキを強く握りしめる。


 そして――アカリは一気に加速した。


 風が痛いくらいに全身を殴ってくる。ごうごうと風が耳元で暴れる音しか聞こえない。


 世界に、自分と風だけがあった。


「まだまだ! まだ行ける!」


 さらに加速する。


 風が壁のようだ。毎秒、見えない壁とぶつかっているような感覚。景色すら意識の外に放り出され、ただ前だけを見る。


 ホウキに込められた魔力が溢れ、光の粒となって空に散る。


 アカリの速度が上がっていくにつれ、観衆は息をすることも、瞬きをすることも忘れていった。


「速く! もっと速く!」


 直後、アカリはついに最高速度に到達し――荒れ狂う風とともに測定器の前を通過した。


 スピード測定器の画面には、エラー表示が点滅している。故障でもなく、測定ミスでもない。速すぎたからだ。


 あまりの速さに、わっと歓喜の声が沸き起こった。


 アカリの飛行にただ圧倒され、無意識にも驚きが歓声となって口から出ていたのだ。


 正確な数値は出ていない。記録がどうとかも関係ない。


 落ちこぼれだらけの魔女学校。その上を流れ星のように飛んだアカリは、誰の目にも希望の光に見えたのだ。


「せんせー、どうだった?」


 アカリが記録を聞きに戻ってきた。


 数値は出ていない。だが、アカリの速さがどれほどなのか、測っていた本人だけは分かっていた。


「ああ、そうだね……」


 在りし日の記憶が呼び起こされる。目の前を一瞬で通り過ぎた不良魔女、遅れて暴れた風。危険な飛行はやめなさいと怒号を飛ばす教師たちに向けた、あの得意げな顔。


 褒められたもんじゃなかったけど、誰よりも自由だった魔女。


「どこぞの非公式最速記録持ってるバカより速かったよ」


「えへへ、自慢の娘ですから!」


 * * *


「《飛べ!》」


 生徒たちがホウキで浮上し、二列になって空へと続く道を作る。ほかの魔法はてんでダメでも、ホウキで飛ぶことはできる。全校生徒一人残らず、アカリたちを送るために道となっていた。


 そこを荷物を背負ったアカリ、フレア、ノイ、そして引率の先生が通っていく。


 魔女の道は、応援の言葉やハイタッチ、様々な形で三人の背中を押す。羨望や激励だけではない。ノイに魔導技術マギテックの相談をする者もいれば、フレアにいたっては黄色い声が上がることも。


 何もかも、少し前までは想像すらしていなかった光景だ。


「勝ってきなさい」


「はい!」


 最後は生徒代表の言葉に押され、魔女の道は空へと繋がった。


「それじゃ、行ってきます!」


 アカリたちはホウキレースの開催地、《魔女の庭》へと旅立った。

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