プリン
白星うみ
プリン(別サイトより再掲)
「ハルちゃんはさ、私が死んでもきっと泣かないと思うんだよね」
手元のパスタをくるくると巻きながら、小さな唇に放り込む。
なんてことない顔でへんてこで悪趣味な話を切り出すのは彼女の悪い癖だった。
「どうしてそう思うの」
「いやあ、だって。私が泣いてもろくに慰めの言葉をかけるわけでもないし、打開策を一緒に考えてくれるわけじゃない」
「君は僕がそういう人間だと知っていて結婚したんじゃないの」
「そうだよ。でもだからといって何もしないあなたを良しとしてるわけじゃない」
あはは。そう言って笑う彼女は、不機嫌な様子でもなければ上機嫌ともまた違う、どこか自嘲的な表情で二口目のパスタを咀嚼した。
僕は黙ってフォークを置く。それを怒っていると勘違いしたのか、彼女は取り繕うような歪な笑みに切り替えて中身のない謝罪を繰り返した。
「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど」
「別にいいよ。僕だって君がそういう人だって分かってて結婚したから」
「じゃあお相子だね」
クラッシックの流れる店内で二人、ぎこちない食事を共にする。普段ならいつものことだと軽く流せる筈なのに、どうしてかその時ばかりは普段通りにできなかった。
伏せられた瞼の下で彼女の瞳が何を見つめていたかもわからない。深追いするだけの勇気を僕は持っていなかった。
だけど、あの時。せめて見え透いた嘘の一つや二つでもついていたのなら、君は安心してくれたのだろうか。今更聞いてくれる人なんていないけど。
「ねぇ、息吹。覚えてる」
黒い額縁の中に収まった妻は、僕の隣を歩いていた時よりもずっと小さくなってしまっていた。
ちょっと太ってきちゃった、ダイエットしなきゃなあ。なんて言っていた君だけど、そんなに薄くなってどうするつもりなんだい。
もともと華奢だった君は、たかが二、三キロの増減で悲鳴を上げていたっけ。減量するなんて言いながらプリンを二つ買ってくる癖は最後まで直らなかったね。
でもさ、君は一度だって僕の分のプリンを買い忘れたことはない。買い物袋の中で偏った方を食べるのはいつだって君だった。
息吹、息吹。君の我儘には付き合いきれないと思うことが多々あったんだ。
けど、今なら何だって聞いてあげる。あのタチの悪い冗談も、君が愛する偏屈な本の話も、愚痴も我儘も何だって聞けるのに。
それに、僕はようやく君のへんてこな問いに返す答えを見つけたんだよ。
「君が死んだら僕が泣かないって、一体何考えてそんなこと言ったんだよ」
息吹。君の大好きなフルーツプリンはちゃんと冷蔵庫にしまってあるよ。
だから早く帰っておいで。
そろそろ涙でクリームがとけちゃいそうなんだ。
プリン 白星うみ @shorahoshi_umi
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