#133 遥かなるジパング 爆笑!東方『誤』聞録

魚住 陸

遥かなるジパング 爆笑!東方『誤』聞録


第1章:黄金の夢と、船上のホラ





1298年、ジェノヴァの薄暗い監獄。マルコ・ポーロは退屈のあまり、筆記者として送り込まれた作家、ルスティケロ・ダ・ピサに、自分のかつての壮大な旅を語り始めた。しかし、彼の話は時間が経つにつれて、どんどん盛られていく。





「そしてな、ルスティケロ!私は、地球上で最も輝かしい島国、ジパングを目撃したのだ!聞いた話ではないぞ、この目で見、この足で踏んだのだ!」





マルコは嘘がバレないよう、両足を激しく踏み鳴らした。





「王の宮殿は、屋根から壁、そしてトイレに至るまで、純金でできている!特に床はな、指二本分の厚さの黄金のプレートだ!」




「それは、あまりにも重すぎやしないか、マルコ?地盤が沈むぞ…」




ルスティケロは冷静にツッコミを入れたが、マルコは聞く耳を持たない。





「ジパングの王は、真珠を一口に80個も放り込み、ワインの代わりに溶かした金を飲む!そして、その国に住む人々は皆、金持ちすぎて、庶民も自分の家に純金のレンガを使うのだ!」




「庶民が?それなら、もう金に何の価値もないのではないか?」




ルスティケロのツッコミは次第に鋭くなる。マルコは身を乗り出し、声を潜めた。





「いや、それが違う!誰もが金を持つからこそ、彼らは別の何かを真の宝としている!それは、私がまだ知らない、究極の秘宝だ!」




「つまり、黄金の国を見つけられなかった言い訳かよ?」




ルスティケロはため息をつく。しかし、マルコの熱狂的な語りは、彼の物語を「誰もが読みたい夢とロマン」に変える力があった。ルスティケロは売れる物語のため、マルコの「ホラ話」を詳細に書き残すのだった。






第2章:ジパング上陸! 茅葺き屋根の衝撃




数年後、マルコの物語はヨーロッパのベストセラーとなった。その記述を完全に信じた熱血漢の冒険家、シモン・バルトリは、私財を投げ打って探検隊を結成。そしてついに、マルコの記述通り「東方の海に浮かぶ島」に上陸したのだった。





「マルコが言った通りだ!ここが黄金の国ジパング!さあ、諸君!黄金の光を浴びるのだ!」





しかし、彼の目の前に広がっていたのは、黄金の宮殿どころか、緑の稲穂と、簡素な茅葺き屋根の集落だった。屋根を太陽が照らすが、光るのはただのススキだった。





「...まさか。これはきっと、黄金の宮殿を偽装するための、巧妙なカモフラージュだ!敵国の目を欺くための戦術に違いない!」




シモンはそう自分に言い聞かせた。彼は懐から、ヨーロッパ中から集めた金貨を出し、農夫たちに掲げた。




「ホラ、ホラ!金だ!これで、隠してある純金の茅と交換だ!」





農夫たちは、金貨には目もくれず、シモンの汗だくの顔を見て、親切にも竹筒に入れた濃い緑色の液体を差し出した。




「珍しい旅人さんやな。まずはお茶でも飲んで、落ち着きなはれ…」





シモンはそれを、マルコが言っていた「黄金を溶かした王の秘薬」と信じ、「ついに手に入れたぞ!」と一気に喉に流し込んだ。直後、彼は全身を痙攣させながら絶叫した。口の中は、抹茶の強烈な苦味と渋みで支配された。





「グアアアア!毒だ!毒だ!これは黄金の秘薬ではない!悪魔の舌を焼く苦汁だ!この国の者たちは、毎日こんなものを飲んで生きているのか!?なんと恐ろしい試練だ!」




農夫たちは「ただのお茶やのに...」とドン引きし、遠巻きに見守るだけだった。






第3章:黄金の仏と、黒い歯の姫君




シモンは黄金の宮殿を探すことに固執し、内陸へと進んだ。そこでついに彼は「黄金の宮殿」を発見した。それは、金色に輝く中尊寺金色堂だった。





「マルコの証言は真実だったのだ!これぞ王の宮殿!だが、なぜ鍵がかけられているんだ?」





興奮した隊員たちが扉をこじ開けようとすると、一人の武士が駆けつけた。その武士の後ろには、顔を白く塗り、眉毛を消し、歯を真っ黒に染めた女性たちがいた。





シモンは、恐怖のあまり膝から崩れ落ちた。





「見てくれ、諸君!彼らは病で顔が腫れ上がり、歯が腐り落ちた病人の亡霊たちだ!そして、この亡霊を従えるのがこの国の王か!」





「まぁ、なんですの!この無作法な蛮族は。わたくしのお歯黒を腐っているなんて、失礼千万ですわね!」




シモンは勇気を振り絞り、剣を抜き放った。




「卑しき悪霊たちめ!この聖なる黄金の宮殿から去るのだ!私が神の名の下に、お前たちを清めてやる!」




武士たちは、シモンが自らの命を絶つ切腹の準備をしていると勘違いした。




「な、なんと壮絶な覚悟だ!しかし、早まるんじゃない!」




逆にシモンをなだめ始めた。シモンは、自分の「正義の行い」がなぜか歓迎されていることに、ひどく困惑した。






第4章:畳と座禅と「セップク」の誤解




武士たちによって「丁重に」捕らえられたシモン一行は、屋敷の座敷に通された。シモンは、部屋に敷き詰められた畳を見て歓喜した。





「これだ!これこそ、マルコが言っていた『王の宮殿を飾る繊細な絨毯』だ!なんと見事な編み込み!」




シモンは汚れたブーツのまま畳の上に上がり、恍惚とした表情で踏みしめた。それを見た武士は、顔を真っ赤にして叫んだ。




「下りろ!無礼者!汚らわしい靴で踏むな!」




「なぜだ!王の宝ではないのか!」




「宝ではあるが...そういう問題ではない!」





そこに現れた僧侶が、静かに座禅を組み始めた。シモンはすぐに閃いた。




「見ろ!彼は王の命に逆らったのだ!今、静かに精神的な拷問を受けているのだ!なんて残酷な国だ!」





さらに、武士が庭で短刀を研いでいるのを見たシモンは、確信した。




「あれは切腹の準備だ!マルコが言っていた通り、この国では男たちは自ら腹を裂き、黄金の魂を見せて王への忠誠を誓うのだ!」





シモンは感動の涙を流し、「ああ、なんという崇高な精神!この私も見届けたい!」と、武士の切腹を最前列で拝もうとし、武士を「この異人、なぜそんなに切腹に興味がある!?」と戸惑わせるのだった。






第5章:味噌と忍者の奇襲作戦




シモン一行の一人、食いしん坊のピエトロは、屋敷の台所で奇妙なものを見つけた。それは味噌だった。




「なんだこの黒い泥は?マルコは言わなかったが、きっとジパングの王が隠し持っている究極の秘薬に違いない!」





ピエトロは味噌を口に含むと、その発酵した風味に驚き、吐き出しそうになったが、これが秘薬だと思うと必死に飲み込んだ。「う、うむ...。強烈な風味だ!これで私は不死身になるぞ!」





その夜、シモン一行は、ついに脱走を試みた。その時、屋敷の裏手で黒い装束の集団が屋根の上を跳んでいるのを目撃した。それは夜盗だったが、シモンの目には忍者に映った。





「来たぞ!マルコが言っていた暗殺部隊だ!彼らはきっと、毎日あの泥を食べて、超人的な脚力と忍術を身につけたのだ!」





シモンは、その場にあった大きな醤油樽を指差した。




「あの樽こそ、奴らが泥を熟成させるための秘密兵器だ!樽を破壊すれば奴らは弱体化する!」と叫び、隊員たちに樽を投げつけさせた。樽は派手に割れ、醤油が辺りに飛び散った。夜盗たちは「なんだ、あいつら...狂っているのか?」と混乱し、逃げ去った。シモンは勝利を確信し、「これで我々はジパングを救ったぞ!」と誇らしげに叫んだ。






第6章:帰路につく「嘘つき」の英雄




シモン一行は、黄金の宮殿も見つけられず、味噌で不死身にもなれなかったが、大量の絹や真珠、そして「黄金色の藁葺き屋根」と「黒い泥の秘薬」の記録を持って帰還の途についた。





ヨーロッパに戻ったシモンは、凱旋門の下で大群衆に囲まれた。人々はマルコ・ポーロの話が真実だったのかを知りたがっていた。シモンは深く呼吸をし、力強く語り始めた。





「諸君!ジパングは豊かだ!宮殿は、太陽の光で黄金に輝く黄金色の藁でできており、庶民は指二本分の厚さの畳の上を、土足厳禁で歩く!」





「なんと、贅沢な!」群衆が沸く。





「そして、その国の英雄たちは切腹という崇高な儀式で忠誠を示し、暗殺者は黒い泥の秘薬(味噌)で超人的な力を得るのだ!私はその泥を持ち帰ったぞ!」シモンが樽を掲げると、人々は熱狂した。





シモンは一躍、マルコ・ポーロを超える大英雄となった。しかし、一行の一人は、シモンの後ろでそっとため息をついた。





「...ちげぇよ、茅葺き屋根だよ。黒い泥は味噌だ。切腹は座禅と勘違いしただけだ...」





そして、彼の叫びは、熱狂する群衆の声にかき消された。こうして、マルコ・ポーロが始めた「黄金の国ジパング」の壮大な誤解は、シモンの冒険によって爆笑必至の珍情報としてヨーロッパ中に広まり、「黄金の国」はいつまでも、奇妙で愛すべき伝説として語り継がれていくのだった…





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