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 太陽は小箱を開いて中身を確認した。それは旧500円硬貨より一回り大きいというくらいのメダルであった。メダルの裏面はピンになっているが、通そうと思えばチェーンを通して首から掛けられそうな作りでもあった。


「書類での資格証明書のほうは本庁から後日書留郵送にて送りますので、受け取りだけお願いします。モンスター発生時、こちらの資格章を地元警察官にご掲示いただければ、情報共有や市民の避難誘導などの支援を受けることが可能になります。ただ、それはあくまでもあなたご自身が魔法行使者としてモンスターと対峙できる状況にある場合のみです。単独での駆除が難しいですとか、明らかに力量差があって命の危険があるなどの場合は、あなた自身が保護対象になりますので、その際は効力のないものと思ってください」


 鑑定士は広げた自分の機材をまとめ始めながら、そう告げた。


「その基準は」

「それは、いざ向き合って交戦したうえでの臨機応変な対応とお考えください」


「つまり、楽器か音源がないと私はただのおじさんのまま、と」

「まあ、そういうことになりますね……能力の特性と前例を見る限り、変身時に楽器ないしそれに代わるものが手元に出現するとは思いますけど、最悪の場合、楽器は自前になります」


「ちなみに、鳴らした音のどの段階から反応って出てたかわかります?」

「はい?」


「えーと、録音した音を手打ちでタイミングをアレンジして鳴らしただけで反応が出るなら、持ち運べるサンプラーと小型スピーカーを携帯するだけでも私の魔法は出力されるということになります。それも一応うちの界隈では演奏という形になるので。なんというか、クラブとかのDJでいうターンテーブルで曲を加工して流したり、効果音を重ねるような感じです」


「えーと、それは……最初の歌声の繰り返しを流し始めた段階からですね。そこから音の数が増えるほどに出力が増大していきました。ただ、最後のご自身でキーボードを弾きはじめたときが一番出力の伸びは大きかったです。基準に達したのもそのキーボードの部分からになります」


「なるほど、手弾きが一番出力が伸びる、と……そうですよね、さっきの説明ですと、それがクラス2の特徴ですもんね。……わかりました。参考になりました。ところで、その魔法力の検出の機材って市販で取り扱ってます?」


「はい?」

「あ、いや、どういう音色やジャンルの楽曲が一番魔法力が大きく出るのか、自分でも調べたいなと思って」


 それを聞いて、鑑定士は少し渋るように真顔になった。


「月路さん、魔法力出力の検知はあくまでも資格認定の基準です。実戦での怪物駆除においては最低ラインの出力体質でも戦い方の工夫で格上の怪物と対等に戦っている魔法少女はいますし、逆に出力値が大きくても性格が戦闘に向かないために退治には適さない魔法少女というのもいます。あくまでも個人差の中での、安全に活動してもらうための基準の値を資格の基準にしているだけです」


「……あの、その基準って、何年くらい前から制定されたか聞いてもいいですか?」

「今の基準値は5年前の市条例改正からです。基準値と魔法少女の資格制度自体は15年ほど前に感知機材の精度が向上したことで始まりました」


「……つまり、それ以前の世代の魔法少女は、資格制度が無い中でボランティアとして活動していた、という認識でいいんですかね?」


「ええ、公には40年以上前から認知はされていましたが、本格的な法整備がされ始めたのは30年前の柏原台の戦いでの大規模な戦闘被害が生じて、地元警察と魔法少女の連携の必要性が国政の場において問われたのがきっかけです」


「なるほど、わざわざご丁寧に、ありがとうございます。今日は、ご足労おかけしました」

「いえいえ、無事資格認定ができてよかったです。あ、最後にこちら、認定の同意と確認書類になりますので、目を通した上で署名捺印をお願いします」


 そう言われて、差し出された数枚に渡る薄い肩綴じの契約書のような書類を差し出された。

 それを太陽はしっかりと目を通し、言われたとおりに自分の署名と印鑑を押した。


 そして、その名前の並びの妖精欄に、シャイニィもペンを取り、自分の故郷の文字で名前を書き、捺印の代わりに親指に朱肉をつけて拇印を押した。


「はい、これでおふたりは正式にパートナーとなります。おめでとうございます」


 太陽は一瞬、おめでたいのか、と疑問に思ったが、隣でシャイニィは嬉しそうにえへえへと照れ笑いをしている。


 ……まあ、寝耳に水同然の太陽とは異なり、彼としては何年もかけて学歴なし住所不定無戸籍という過酷な境遇の若者同然の状態で探し続けていたパートナーである。公的に認められたのだから嬉しいのは不思議ではない。


 太陽はそれを思って、感謝を込めて鑑定士に深々と頭を下げた。


「ありがとうございました。ところで、今後なにか相談したいときというのは……」

 それを聞いて、鑑定士はふと思い出したように鞄からカラープリントの薄い冊子を出した。


 その裏表紙を出して、一番下にはっきり記された電話番号を指さした。


「こちらに連絡ください。大抵のトラブルは対応できると思いますので」

「というと、例えば妖精さんの健康相談とかは」


「もちろん受け付けております」

「予防接種とかは」


「それは後日、資格証明書と一緒にご案内を郵送しますので、指定の病院に予約をとって来院してください」

「わかりました」


「では、これにて失礼いたします。いろいろご用意いただいて、お手数おかけしました」

「いえいえ、茶菓子も出さずにこちらこそ失礼しました」


 最後に鑑定士さんは満足げなシャイニィににこりと微笑んで「よかったですね」と声をかけて帰っていった。


 太陽は、ファンシーな保安官バッジのような認定章を手にとって、しばらく神妙な面持ちで眺めた。

 10代の少女の多くが、これを同じように与えられて全国津々浦々のいたるところで、自然発生した怪物達と戦っているのだ。


 柏原台に帰ってきて、記念碑が建っていることを知った時は、同じことを想いつつも、その戦いになんの協力もできない大人の無力感のようなものを感じていた。


 だが今は、怪物を相手に音楽を武器に戦う、という具体的な様相の想像できない自身に付与された責任のようなものに、背中が少し寒くなるような感覚を受けていた。


 だが、その一方でシャイニィは

「認められた♪ 認められた♪」

 と、ケージからよろよろと出てきた犬たちを交互に抱き上げて踊っている。


 それを見て、必ずしも悪いものではないように思えた。


「……さて、昼飯は外で食べましょうか」

「え、いいの!?」


「ええ、トイレ散歩のついでに、少し遠いけど川向うのドッグカフェまで行きましょう。店に連絡して、妖精用のランチプレート予約します」


 そういって、太陽はテーブルトップ型のルーパーの録音データを消し、電源を落とし、スマホと繋がったケーブルを入力端子部から引き抜いた。


 シャイニィはその手つきをまるで母親の料理の手さばきを見守る子どものようにじっと顔を近づけて寄り添って見つめていた。


「……やってみたいですか?」

「ううん、これはあなたのだから」


「私の使い古しで良ければ、作曲に使えるタブレットを貸しますよ? OSのバージョンが古いので、ゲームとかはできないかもしれませんけど」


「ゲームはいいや……ゲームセンターでお手伝いしたことあったけど、耳が壊れそうだった」

「ああ、ああいうところは音ゲーとかは特に設定音量が大きいですからね」


 ルーパーを保管ケースに収めて蓋をし、ショルダーキーボードを専用のソフトケースに収めながら太陽は言葉を続けた。


「それじゃあ、録音機材はどうですか? マイクをつないで、歌を取っておくことができますよ」

「ううん、それもいい」

「そうですか……」


「うん、シャイニィはね。あなたと同じくらいあなたが作る音楽が好きなの。それにシャイニィはお風呂やお散歩で歌うだけでも楽しいから」


 それを聞いて、少し惜しい気持ちになりつつも、太陽は率直に嬉しくて顔がほころんだ。


「けど、今鑑定士さんにやってみせたみたいに、あなたの歌をサンプリングして私の演奏に組み込むこともできるんですよ?」


 それを聞いてシャイニィは目を輝かせた。


「シャイニィの歌、太陽の曲になるの!?」

「ええ、他にもヴォーカルチョップといって、加工してトラックの素材にもできますし、音程補正のエフェクターを噛ませれば、もっとケロケロした電子楽器のような音色の声にも出来ます。……どちらも自分のありのままの声で歌いたがる人には嫌がられますけどね」


「ふーん、シャイニィは、太陽の音楽のお手伝いになれるならそれでいいや。歌ってみてもいいかも」


「私としては、シャイニィさんの鼻歌は曲の構成としてある程度整ってるので、できればあまり加工はせずにメインのメロディを歌ってほしいんですけどね」


「それじゃあシャイニィの歌になっちゃうよ。太陽の曲じゃない」

「なにいってるんですか、編曲やトラック作りだってちゃんとした音楽の一部ですよ」

「そうだけどぉ……」


「じゃあ、こうしましょう。今は仕事が詰まってるのですぐには無理ですけど、時間が出来たらシャイニィが歌うための曲を書きます。歌詞はあなたが考えたもので」

「え、歌詞?」


「いやですか?」

「いやじゃないけど、笑わない?」


「それは、見てみないとなんとも。あなたの言語感覚は子供っぽいですから」

「もー、オトナだもん!」


 珍しくシャイニィが不機嫌そうに眉間にしわをよせてにじり寄り、機材を担ごうとしている太陽をぽこぽこと叩いてきた。

 その顔も妙に愛らしくて、太陽は思わずけらけらと照れ笑いをしはじめた。


 だがこのやりとりに対して本気になったのは端から見ていた犬たちだ。2人がケンカを始めたと思ったのか一斉に寄ってきて、ロックは二人の間に割って入って距離を取らせ、ストンコはソファの上に飛び上がって目線を高くし、叱りつけるように2人めがけて吠えだした。


 これを受けて、太陽は笑いながら「違う違う、大丈夫大丈夫」と犬たちを宥め、シャイニィはロックとストンコに謝るように目配せをして、それぞれを落ち着かせるように体を丁寧に撫でた。


 それから、仲直りをしたと示すように、ふたりは軽くハグを交わした。

 その体温は、アパートのゴミ回収ボックスで初めてかかえ上げたときとは違って、日だまりのように温かった。シャイニィの吐息は相変わらず芳醇な甘さがあり、太陽の鼻先をくすぐる彼の額からは焼き上がったばかりのパンのようなバターの香りがしていた。


 すべてが心地良い、そうおもって、太陽は彼をだきすくめたまま大きく息をすった。

 体を離してみると、寝ぼけている時は平気でしがみついてくるシャイニィがめずらしく少しだけしおらしくしていた。


 その顔を覗き込もうとすると、すっと顔をそらした。その耳は紅潮して赤らんでいた。

 ああ、彼は恥ずかしかったのだ。

 そこまで見てようやく気づいて、太陽は少し申し訳ない気分になりながらシャイニィの前髪を手ぐしで軽く整えるようにそっと頭を撫でた。


「音楽のことは、またにしましょう。機材を2階にあげて、ついでに予約の電話入れてきます」


 そういって、太陽はショルダーキーボードのケースとスピーカーをまるで旅行鞄でも持つようによいしょと両手に持った。


「うん……」


 顔を赤くしたシャイニィはおとなしい声でそう呟くように返事をした。

 それでこの2人で音楽をやるかもしれないという話は、ひとまず中断となった。

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