7歳の時、月路太陽の眼の前で魔法少女が死んだ。

 死んだというより、一瞬で消滅したという方が正しいだろう。まるで広島でみた資料館の人型の壁の黒い影のようだった。


 あれは過去50年で最強のモンスターの討伐戦と呼ばれる、首都圏南部一帯からあらゆる世代の魔法少女達が結集した激しい戦いだった。

 その戦場は、太陽の実家近くの柏原台の大型自然公園だった。

 その時は柏原台ふれあいフェスタという音楽あり食あり大道芸ありというイベントの最中で、月路太陽は姉と両親と一般観衆として参加していた。

 モンスターを生み出した悪の組織はその当時、柏原台周辺を守っていた魔法少女チームにより壊滅寸前に追い込まれていた。

 その起死回生の策として、悪の組織のボスは自らの魂を媒介に100人以上の人間の希望の光を取り込んだ最強最大級のモンスターを生み出したのだ。取り込まれた中には、太陽の両親も含まれていた。

 魔法少女達は増援を集めつつも苦戦した。戦いは数時間に及び、まるでプロレスのランブルマッチのように数分ごとに新しい魔法少女転送の光輪が表れ、次々と近県各地から集結した魔法少女達が連携攻撃の輪に加わっていた。

 そして、戦いを目の当たりにして覚醒した女の子の中には、真新しい生まれたての魔法少女も出現するほどだった。

 後の記録資料によれば、この『柏原台公園掃討戦』での参加魔法少女総数は73名、うち5名は現場にて覚醒した新規魔法少女とされている。

 だが、太陽は覚えている。

 彼の姉が、眼の前で覚醒した6人目の魔法少女だったことを、そして彼女は弟を守るためにモンスターの放つ黒い怪光線を幾重にも重ねて貼った光の壁の最後の一枚のように身を挺して守ってくれた。

 そして、その怪光線に光の壁は全て貫かれ、姉は一瞬で消滅した。

 彼女の影の中で、太陽少年は魔法少女の力の源、ジェムが砕けるのを見た。まるで目の前でまるで尾を切られたオランダの涙のように勢いよく砕け、その幼い体に降り注いだ。

 その欠片が全身にささって血塗れになりながら、別の魔法少女にその場を助け出された。

 姉が立っていた場所は、大きく体を開いた人型の黒い跡になっていた。


 これが、30年前のことだ。


 その日の夜、まだ浅い時間。

 居酒屋『コーナーポスト』から今夜も威勢の良い若い声の店員の声に送り出されて、太陽は1人店を出た。

 外は夕方から振っていた雨が止んで、空気は冷え切っていた。

 この店は、ローカルプロレス団体『柏原プロレス』の直営店だ。店員は選手としての収入だけでは食えないプロレスラー達で、ホールを若手が、キッチンを調理系資格持ちの中堅選手が回している。

 店内にはいつも同団体のプロレスの試合映像がまるでフットボールバーのようにモニターで大写しになっているが、ポツポツと居る1人客達以外誰もその映像を見ていない。

 月路つきじ太陽は、この店に週に1度のペースで通っていた。

 自宅近くで飲める店といったら、ここか、同級生の姉が経営しているスナックか、駅向こうのカウンター席しかない小料理屋か、全国チェーンの餃子屋くらいしかない。駅向こうを少し行けば焼肉屋もあるが、そこまで行くと行き帰りが徒歩では遠く感じる。犬の散歩でもなければ行きたくない距離だ。

 この店の客層もプロレス好きの年配だけではなく、餃子に飽きた学生客も多い。

 太陽とこの店は長い付き合いになる。現在の店の経営責任者でもある坂本龍介選手は太陽の小学校時代からの幼馴染だ。坂本が19歳でプロレスデビューした時から、彼と彼の後輩達の入場曲を、太陽は作編曲してきた。

 月路太陽の本業は作曲家兼編曲家だ。打ち込みで仮歌まで仕込んでデータ送信でやりとりする昨今の納入スタイルを考えると、トラックメーカーという方が通りがいい場合もある。

 プロレス入場曲の場合、は完パケ納品で1曲5000円、客席数や会場の規模を問わず、使用料として1試合につき550円という契約で15人以上の選手と楽曲使用契約をしている。

 他にもローカルアイドルのトラックメイキングや知人声優が主催している小劇団の劇伴なども請け負っている。

 もっとも、これらの収入は、彼の近年の収入としてはあまり大きいとはいえない。

 おそらく音楽だけでは雑種の中型犬2匹と、住まいを別にしている父親の高齢生活費の補助などを含む今の暮らしは無理だろう。

 今の生活を支えているのは、20代で無理をして人気作曲家に片足を突っ込むまでに名をあげた功績の名残りだ。

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