「タブループ」〜何も持ってない僕と消えた天才ラッパーの師匠の凸凹コンビ〜

浅田秀斗

第1話 エピソード〜始まりの初期衝動〜

いつまでも続けば良いと小石を蹴る。

なんて変わらない日常が続くことに苛立ちを感じて、少し強く蹴った石は、排水溝に吸い込まれていった。


平凡な通学路を歩き、誰もいない家に今日も辿り着く。

お母さんは心の病気で精神病棟、父親は中学校の先生で仕事が忙しく、いつも1人で過ごしている。


ご飯を食べた後は、部活の後で疲れてるから、汚れた練習着のまま、布団に入って少し仮眠をする。

白い天井を見て、この日常が何か変わらないかなと思いながら、妄想に耽る。


スマホに繋いだイヤホンからは、ロックバンドの歌が流れてくる。この人たちみたいに、大声で何かを叫んでみたいと思いながら、ただ眠りにつく。


松野来人(まつのらいと)は、何も持っていない高校生だ。彼女はいないし、成績も学年で下から数えた方が早い。部活のサッカーはベンチ外で、クラスでもイケてるわけではない。


好きなものも特にあるわけではなくて、友達と一緒の流行りものに合わせるだけ。

そんな日々に、一筋の光が差し込む。



「おーい、進路希望調査、今から配るぞ。みんな、来週の月曜日までに、書いて渡すように。」

「夢なんかないよ。行きたいところもやりたいことなんてないし。まぁ、空白のまま出すか。」


そっと、空白のままの進路希望調査を、隠すように、机の中にそっと仕舞う。


「お前、HIPHOPって聞く?」

「聞かないかな。俺流行りのしか聞かないし。」

「このピーチマロンっていうグループが良くて聞いてみてよ。」

「いやぁ、俺には合わないよ〜」

クラスメイトの宇田友希(うだともき)が、話しかけてくる。宇田は、俺と好きなものが似通っていて、面白いことをたくさん知っている。

「お前、軽音楽部だろ?なんで、HIPHOPなんて聞いてんだよ!」

「いや、ロックもいいんだけど、HIPHOPも良いんだよね。等身大でありのままさらけ出す感じがさ。」

「へぇー、まぁ聞いてみないけどね。」

「あとで、プレイリスト作って、LINEに送るから聞いてみてよ。」



「どうせ、することないしな。一回だけ聞いてみるか。」

友希が送ってくれたピーチマロンのプレイリストを開いてみる。

興味を持ったのは、「アンサーソング」という一曲だった。

流してみると、

「教室の掃き溜め、思い告げれないまま吐き捨てたあの言葉」

「うまく笑えず作り笑い 真っ白な未来でも生きてゆくしかない。」

「また感情と己を殺して ただ真っ黒な思い出 今の自分をひたすら残してく」


DJ ナユタが作った赤裸々なビートに、ラッパーのArvaが吐く等身大の歌詞が突き刺さってくる。教室の隅で宇田といつも話してる来人にとって、自分のことを歌ってくれているような曲に心を奪われる。


「意外と好きかも。」

狭い部屋の中で、感想を1人呟いてみる。


結局、プレイリストは3周した。

また、宇田に感謝だな。あいつは外れない。



「プレイリストよかったわ!ありがとうね。」

「何が良かった?」

「アンサーソング。」

「俺も1番好きなやつだよ、それ。」

「あのさたくさん聞いてみたいんだけど、他にオススメの曲とかないの?」

「うーん、俺もHIPHOPそんな聞くわけじゃないしな。ネットで調べてみるとかがいいんじゃない。」

「ここまでか、頼りになるのは。」


家に帰って、SNSでHIPHOPについて調べてみる。

「1人限定。僕のありったけを使って、HIPHOPの全てを伝えます。」

このアカウント、フォロー数3だけどあやしいなぁ。めちゃくちゃうさんくさいけど、連絡をとってみる。


「お疲れ様です。今日、ピーチマロンの曲聞いて、HIPHOPに興味持ったので、連絡しました!よろしくお願いします。」

「お疲れ様〜!俺、ピーチマロンと知り合いだよ〜!剛瑠っていいます!」

「本当に知り合いですか!全然HIPHOP知らなくて〜!」

「いいよ。僕が教えてあげるから。まずは、4lifeっていう映画見てみな。サブスクに転がってるから。」


本当にこいつ、ピーチマロンの知り合いかよ。嘘臭えな。騙されたと思って、映画見てみるか。


「 Your efforts will not betray you. (努力は裏切らない) 」

映画の内容は、簡単、アメリカのラッパーが、何もないハンバーガーショップのアルバイトをしてる高校生から成り上がって、MCバトルというものを優勝する物語。感動したし、すごいけど、あいつは何を伝えたいんだ。



「映画見ました!面白かったです!」

「よかった。これ、俺の始まりの映画なんだよ。君には俺が持ってる全てを継承したいと思ってて。」

「どういうことですか?」

「Youtubeで、MCGoalで調べてみて。感想は後から聞いてみる。」


一応調べてみようとすると、youtube上にたくさんの動画が上がっている。あのピーチマロンのArvaとのバトル動画も上がっている。


•MC Goal vsArva

•消えた天才 MCバトルの最終到達点 MC Goalのバース集

どれもyoutube上ですげー再生されている。


「もしかして有名人?」


調べてくうちに、MCGoalは、2年前に、HIPHOPシーンに登場するのを、辞めたみたいだ。原因不明の理由で、MCバトルからも音源活動からも引退をして、消息不明。

今でも復帰を願う声が多い。


「生きてれば行き詰まることもある その苦しさが生きる活力となる」

「音に変えるのは、イズムとフィロソフィー、あんたとのバトルは至福のひととき」

「乗り越えてきたんだ悲しみや葛藤、俺の人生が乗っているバックボーン、この歌詞で歌っている覚悟」


全てが等身大のバースでかっこいい。

こんな有名で、こんな上手いくせに何してんだよ。

俺に全てを継承したい。普通以下の高校生の俺にできるわけないだろ。

99%の諦めに、1%のワクワクが差し込んでいる。何も変わらない日常が、ほんの少しだけ動き出す音がした。

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