第四章 黒き旋律

大広間の扉を押し開けると、そこはコンサートホールのようだった。

 黒いピアノ。

 赤い絨毯。

 そして、天井から吊るされたシャンデリアが、まるで音符のように輝いている。


 中央のピアノに、館の主が座っていた。

 hydeに似たその顔は、どこか哀しげで、美しかった。


 「来たね、歌姫。」


 低く甘い声が、空気を震わせる。

 「君の声は、綾より深い。心の底に、まだ“希望”がある。」


 「綾を返して!」

 「返す? あの子はもう“旋律”だ。君が彼女を想い歌えば、彼女は永遠に君の中で生き続ける。」


 ピアノの鍵盤が叩かれた。

 🎵『HONEY』のイントロが、ゆっくりと闇を裂く。

 リズムが早くなるたびに、壁が脈打つように震える。


 「音を止めないで……!」美咲は耳を塞いだ。

 主は笑った。「止めないさ。これは“黒き旋律”だ。人間が恐れ、欲し、愛したすべての音を混ぜた、永遠の歌。」


 天井から光が落ち、床の影がゆらめく。

 美咲の視界に、綾の姿が浮かぶ。

 白いドレス、閉じた瞳。

 その唇が、かすかに動いた。


 「ミサ……」


 美咲は叫んだ。「やめて! 綾は、そんなふうに歌いたくない!」


 主の指が止まる。

 沈黙。

 その後、静かに“虹”の旋律が流れ始めた。

 今度は逆再生ではなく、真っ直ぐな音で。


 「君が“虹”を正しく歌えるなら、彼女は戻るかもしれない。」

 「どういうこと?」

 「愛は、恐怖を越える唯一の音だ。」


 美咲は深く息を吸い、唇を震わせた。

 「La…La…La…」


 音が部屋に広がる。

 🎵『虹』の旋律が、美咲の声で再生されていく。

 影の少女たちが一斉に目を開ける。

 彼女たちは涙を流しながら、合唱を重ねた。


 館が震えた。

 壁の肖像画が割れ、ラルクの四人の眼が、光に還る。


 主が叫んだ。

 「やめろ! それは……完成の音だ!!」


 しかしもう遅かった。

 美咲の歌声は館全体を包み、音は炎となって天井を焼いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る