第二章 扉の向こう

館の中は、時間が止まっていた。

 埃の匂い、油絵の光沢、シャンデリアにかかった蜘蛛の糸。

 壁一面に肖像画――四枚の巨大な絵。


 ひとつは長髪の男、妖しい笑みを浮かべている。

 次はギターを抱いた青年。

 三枚目は赤いベースを持った男。

 最後の一枚はドラムスティックを握り、顔を半分影に沈めている。


 その四人は、どこかで見た気がした。

 ――ラルクのメンバーだ。

 hyde、ken、tetsuya、yukihiro。

 だが彼らの目は、人間ではなかった。


 「ようこそ」


 低い声が響いた。

 暗闇から、ひとりの男が現れる。

 hydeを思わせる輪郭。だが、その瞳は闇を映さない。


 「君は、美しい声を持っているね」


 美咲は震えた。

 「……綾を、返して」


 「綾?」男は首を傾げる。「あぁ、あの少女か。彼女は今、歌っているよ」


 男の指が空を撫でた。

 すると廊下の奥から、囁きのようなコーラスが響いた。

 女の子たちの声――何十人分もの。


 🎵『flower』の旋律が、歪んで響く。

 明るいはずの音が、まるで血のように暗く染まっていた。


 美咲は奥へと進む。

 壁のひびの中から、声がした。


 「ここにいるの……助けて……」


 小さな手が壁の向こうから伸び、何かを渡してくる。

 震える紙。

 そこにはこう書かれていた。


 > “L’Arc〜en〜Ciel 黒き旋律の日、

 > 最後の声が歌えば、館は崩れる。”


 その瞬間、背後で誰かが囁いた。

 「歌えば崩れる。でも歌えば、君も壊れる。」


 美咲は振り向いた。

 肖像画のhydeが、ゆっくりと微笑んでいた。

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