『L’Arc〜en〜Ciel:悪魔の館 ― 黒き旋律の少女たち』

竹内昴

第一章 消えた友

秋の夜、空気が音を吸い込むように静かだった。

 電灯がひとつ切れた道を、二人の少女が歩いている。


 美咲と綾。

 どちらも高校二年、同じ合唱部、そして幼馴染み。

 けれどその夜の綾は、まるで別人のように遠い目をしていた。


 「ねえ、ほんとに行くの?」

 「うん。あの館、ずっと呼んでるの。わたしを。」


 美咲はぞくりとした。

 「呼んでるって……誰が?」


 綾は答えなかった。

 ただ、夜風の中で微かに響く旋律に耳を傾けている。


 (――La…La…La…)


 それはまるで、ラルクの『虹』をゆがませたような音だった。

 誰かがレコードを逆再生しているみたいに、懐かしくて恐ろしい。


 森の奥。

 黒い屋敷が、霧の中に浮かび上がる。

 洋風の尖塔。錆びた鉄門。

 そして、窓の隙間から青白い光が滲み出ている。


 「やめようよ綾。行ったら戻れないよ」

 「平気だよ、美咲。歌が聞こえるの。綺麗なの」


 綾は笑って、門を押し開けた。

 錆びついた音が夜に刺さる。

 光が綾を包み、次の瞬間、彼女の姿は霧の奥に溶けていった。


 「綾……! 待って!!」


 扉が閉まる音が響いた。

 重く、永遠のように。


 それから三日。

 綾は戻らなかった。

 警察は「家出」と言った。

 けれど、美咲の耳には夜ごと、あの旋律がこだまする。


 (――La…La…La…)


 眠れない夜が続いた。

 音が、夢の中まで追いかけてくる。

 “あの子はまだ歌っている”――そんな気がしてならなかった。


 四日目の夜。

 美咲は決意した。

 あの館に行く。綾を取り戻す。


 家を出るとき、母に気づかれぬよう靴を脱ぎ、足音を消した。

 ポケットの中のイヤホンには、ラルクの音源が入っている。

 彼女にとって音楽は、いつも“勇気の証”だった。


 「お願い……導いて」


 イヤホンを耳に差す。

 流れるのは『winter fall』。

 けれど途中からノイズが混じり、旋律が変わる。

 “それ”がまた、美咲を導いた。


 森を抜けると、あの館があった。

 闇の中、静かに息づいているように。

 そして扉は、触れるより先に、ゆっくりと開いた。

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