【第18話 停止の証人】

 止まったという事実は、誰のものでもない。だから、証言は匿名でよい。

 公開画面の最下部に、新しい行を据えた。

〈あなたが止まったことを、ここに証言します〉

 タップすると、呼吸のゆらぎ(breath_jitter)、digraphのためらい、視線の分散が、不可逆ハッシュに縮退して保存される。名前も端末IDも保存しない。任意。いつでも撤回できる。ただ、ハッシュだけが戻らない。


「安全だと、どう伝える?」高月が問う。

「できるだけ少ない語で」私は言う。

 ——不可逆。任意。撤回可。

「信じるかどうかは、向こうの自由だ」本條が肩をすくめる。「でも、息は裏切らない」


 最初の波形が届いた。

 匿名のsoft_pause、0.7秒のゆらぎ、二点不均等の見出しで散った視線。HALT_LOCKの白い灯が、ログの端に静かに並ぶ。拍手はない。代わりに、鳴らない音が鳴る。

「それが解答音だ」来栖が囁く。「緑の代わりに、息が揃って止まる」


 私は規約に一文を足した。

 犯人は〈読む回路〉であり、誰か一人ではない——だからこそ止めるしかない。

 個人名を置かない覚悟は、手続きに宿る。証言は個人を救い、回路の向きを止める。可読性は、実行しやすさではなく、止まりやすさを目指す。


 夜、フィールドHALTの通知が並んだ。

〈証言#0019:路上の白い帯で半拍止まった〉

〈証言#0020:駅ビジョンの右下が薄くて、句点を探さなかった〉

〈証言#0021:あなたが最後の読者である、のあとで息が入った〉

 ひとつひとつ読んでいくと、喉の石が少しずつ角を失う。譲渡は進む。終わりではない。停止の側へ。


「記者会見では、どう言う?」高月。

「処罰より先に、設計を語る」私は答える。「語を変え、回路を変え、社会の最終状態を変える、と」

 本條がうなずく。「執行人をやめ、停止の証人であることを宣言する」


 画面を閉じる。緑は点かない。灰色だけが薄く呼吸する。

 ——次話「C稿」。禁句が文字を離れて絵になったときも、同一規範で止める。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る