箱の中の梟

髙菟俊

箱の中の梟

飯田翼はいつも理由なく歩いていた。

ある日、ふと頭を上げると個人経営の喫茶店があった。

喫茶店の名は梟


中は静か、窓から刺す光、

どこか懐かしく感じた。


扉を開けると、カウンターに綺麗な女性が立っていた。ここのオーナーらしい。


『いらっしゃいませ!』

オーナーが挨拶する。自分は少しお辞儀するだけ。


カウンターに座るとオーナーがコーヒーを運んできた。

『あのーまだ頼んで無いんですが』

そう尋ねると

『ウチにはこのコーヒーしかありませんから』

と笑顔で返された。


ひと口飲むとその美味しさが良くわかる。

この味も店の雰囲気も、どこか懐かしい様な、前に来た、いつか飲んだ事のある懐かしさに私は涙した。


『そんなに不味かったですか?』

とオーナーはニッコリ笑みを浮かべながら冗談を言う。


『いえ、とても美味しいです。』

その時は気づかなかった。

このコーヒーには懐かしさの裏に悲しさがあるのを、、、


飯田翼は翌日もあの喫茶店に足を運んだ。


『いらっしゃいませ!』

明るい声が店に響く

その声もまた懐かしかった。


その日もまた同じコーヒーを飲んでいると

オーナーがカウンターで涙を流すのを見かけた。


『何かあったんですか?』

オーナーの涙が気になり、つい声をかけてしまった。


『いえ、大丈夫です。辛い事は箱にしまい、忘れるのが一番です。』

ニッコリ笑みを浮かべながら、オーナーは言った。

そのセリフを聴いた時、何か自分も忘れてる事がある気がした。


そして翌日もまた喫茶店に行った。

この日はお客さんが多く、皆同じコーヒーを飲んでいた。

今日のコーヒーは少し苦かった。


翌日もまた喫茶店に行った。

この日はコーヒーを飲んでいると

『このお店気に入りましたか?』

とオーナーに声をかけられた。


『この店の雰囲気とコーヒーの味が懐かしくてつい』

そう伝えるとオーナーは言った。

『たまには世界を観てはどうですか?

行った事のない場所で食べた事のない物や会った事のない人達と出会うんです。』


その言葉を聴いて、咄嗟に言葉が出た。

『いいえ、私はココにいます。』

この言葉を聴いたオーナーはホッとした様に笑顔になった。


私はオーナーに尋ねた。

『一人で喫茶店を営業しているんですか?』


『はい。大切な人と始めた、思い出のお店なので、このコーヒーも思い出の味です。』

オーナーはそのセリフと共にうっすらと涙目になったのがわかった。


私は気づいていた、カウンターに置いてある

オーナーとその隣にいる男性の写真


俺は次の日から喫茶店には行かなくなった。

そして道を歩きながら涙する。

『大丈夫。辛い事は箱に入れて、忘れるのが

一番だ。』









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箱の中の梟 髙菟俊 @Aevam

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