引退した最年少殺し屋と猫被りの完璧美少女〜学園で誰もが憧れる美少女は家ではだらしない生活をしている〜
夕霧蒼
第1話 殺し屋を引退したら…①
4月上旬。柵で入り口が封鎖された雑居ビル。
そこに俺ーー福留誠也はいた。
目の前には二本のナイフを持った男と、目隠しと手足をロープで結ばれた女がいた。
男は俺の顔を見るなり、右手に持っていたナイフを舌で舐め、ニヤリと浮かべたあと唇を動かした。
「ふっ……俺はついているぜ。まさか殺し屋界隈で有名な最年少殺し屋が来てくれるとはな」
男の言う通り、俺は殺し屋界隈で有名人だ。
幼少期にボスに拾われた俺は、若干五歳にして殺し屋の技術を習得した。翌年には殺し屋デビューをし、華々しい成績を収めている。
そこから殺し屋界隈に少しずつ口コミで広がり、現在では新人からプロまで俺の名前を知らない者はいないだろう。てか、口コミで広がりすぎだろ。
「だが、まだ10代のガキだな。先程から俺の覇気に恐れて、反論する気もないようだしな」
「……っは?」
この男は何を言っているんだ?
いつ、どこで、誰が恐れているだと。
俺はお前程度では恐ることはないぞ。お前なんかよりも、もっと怖い人を知っているからな。
ため息を吐き、男に鋭い眼光を向けた。
「お前は何を言っているんだ? お前には覇気なんてものはないぞ。それと全然怖くないからな」
「別に強がる必要はないぞ。寧ろ、最年少殺し屋さんも年相応で安心したからな」
「……」
「沈黙は正解と捉えるけどいいのかな?」
別にどう思われてもいい。
こちらが歳下というだけで歳上から見下されるのは、仕事をしていればいつものことだから。
「どうぞご勝手に。 それで足元を掬われるのは、俺ではなくてお前だしな」
「生意気小僧め……」
男が歯をギリギリすると、男の背後にいた女が声を発してきた。
「ねぇ、何が起きているの?! 私はどこにいて、私はどうなるの?! そこにいるのは誰にゃーー」
男は左手で、女の頬を鷲掴みした。
「うるせーな。とても大事な場面なんだから黙っていろよ。それとも今すぐに殺されたいのか?」
そう問われ、女は必死に首を横に振った。
「それで良い。お前は後でゆっーくりとなぶり殺してやるから安心しろよ」
「むぅ〜〜〜?!」
理不尽過ぎる、とか思っていそうだな。
だけど殺し屋からしたら、それが日常だ。
任務を受ければ、身内や親しい人達でも殺すのが殺し屋というもの。
俺の場合は幼少期から殺し屋をしていたので、小学校や中学校時代の友人はいない。身内に限っても、俺が親と呼べるのはボスだけだ。
殺し屋の同業者で同期の友人はいるけど、そいつらは別枠のカテゴリーだ。
腕に付けている腕時計を確認した。
……もう九時か。これは間に合わないな。
小さくため息を吐き、懐からナイフを取り出して男に刃先を向けた。
「お前の所為で皆勤賞を逃すことになっただろ!」
「……あっ? お前は何を言っているんだ? この世界に皆勤賞というものはないだろ」
「……」
「もしかして裏の世界を辞めるつもりか?」
「……」
質問に対して無言を貫いていると、男は目元に手を添えながら高笑いをした。
「これは傑作だ。まさか最年少殺し屋さんは表世界で暮らすのに憧れていたとは、な」
この無駄話は、いつ終わるのだろう。
まさか最後の仕事で、こんなにも面倒くさい相手に当たるとは思わなかったな。
本当は断りたかったけど、ボスから『この仕事を受けてくれるのなら、引退するすることを認めよう』と言われたら断ることはできなかった。
再び、俺は小さくため息を吐いた。
そしてナイフを逆手持ちにし、視線をいまだに話し続けている男の方に戻し、唇を動かした。
「うるさい」
「……っあ? いま何と言った?」
「いつまでも無駄話をするなと言ったんだよ。これから先、俺が何をしようと、お前には関係ない。勝手に俺のことを話しているんじゃねーよ」
「ははっ……どうやら年上を敬うことを知らないようだな。年上に舐めた口を聞いたらどうなるのか、その体に教えてやるーーよ!!」
自分の体の前でナイフを持つ手をクロスをさせ、男は笑いながら走り込んできた。
目の前に来ると、男はなりふり構わず、俺を目掛けてナイフを振り回した。
その攻撃を焦ることなく一つ一つ回避していき、一瞬の隙が生まれた瞬間に逆手持ちにしたナイフを男の右腰から左肩へと振り上げた。
「ぐはっ……」
男は左肩に手を添えながら、片膝をついた。
「はぁ……さすが最年少殺し屋さんだ。俺の回避不可能の攻撃を余裕で躱し、そこからカウンターを仕掛けてくるとは……な」
回避不可能の攻撃……だと。
あれのどこが回避不可能なのか教えてほしい。
本物の回避不可能の攻撃は、ボスが繰り出す攻撃を言うんだよ。
「……雑魚」
俺はボソッと男に聞こえないように呟いた。
「はぁ……はぁ……何か言ったか?」
既に虫の息のように見えるので、どうやら呟いたことは聞こえていないようだ。
それにしても軽く攻撃をしただけなのに、ここまで深手になるとかーー弱すぎるだろ。
こんなことなら男の話に耳を傾けずに、さっさと始末をして仕事を終わらせるんだった。
「気の所為だ」
そう言いながら、俺は男の頭を目掛けてナイフを投げた。
「そうーー」
ナイフは額に刺さり、男は最後まで言葉を話すことはできずに、その場に頭から倒れた。
「これで最後の仕事は完了だ」
ふと、男の奥にいる女に視線を向けた。
女は男に脅されてから、ずっと無言のまま大人しくしていた。今も何が起きているのか分からず、状況を聞きたいようだが、恐怖が優先して口を動かせないように見える。
あれだけ脅迫されたら、表世界の人間だったら当然の反応だよな。
小さく深呼吸をしてから、身バレ防止のために声色を変えて女に話し掛けた。
「一応、お前を脅していた男は死んだ。それでお前を助けるつもりなのだが、あいにくと俺には急用があって、この場を去ることになる」
「しっ……死んだってどうゆうこと?! それにこの状態の私を置いていくのもどうかしているわよ」
「人の話は最後まで聞け。 これから俺の仲間が後処理をしに来るから、その時に助けてもらってくれ」
「……っは?! その仲間が私を助けてくれる保証はないでしょ。 貴方が助けなさいよ」
その場で踵を返して、後ろから聞こえてくるうるさい声を無視し、懐からスマホを取り出した。
スマホの画面を操作をし、ボスの連絡先を開き、電話マークをタップした。
すぐに音楽が鳴り、ガチャと音がすると、スマホの向こうからボスの声が聞こえてきた。
「もしもし」
「俺だ。最後の仕事も無事に完了した」
「ご苦労だった」
「それで悪いんだが人質がいたから、後処理部隊で保護を頼みたい」
「分かった。 私から通達しておく」
そして数秒の沈黙の後、ボスが言葉を続けた。
「これでお前は殺し屋家業を引退だな」
「あぁ。約束通り、俺は裏家業を引退して、表世界で遅れた青春をするよ。所謂、高校デビューだな」
滅多に笑うことのないボスが、電話の向こう側でクスッと笑ったのが聞こえた。
「そうだったな。高校デビュー初日から遅刻で悪目立ちをするかもしれないが、お前の鋼のメンタルなら大丈夫だろう」
「お陰様でね。 どんなことがあっても、メンタルブレイクされることはない」
「ふっ……頼もしいな。でだ、話が変わるのだが、お前の居住先を見つけておいた」
「ありがとうございます」
殺し屋家業を引退するにあたり、仲間達と住んでいた社宅を出ることになった。まあ建て替えとかする予定だったらしいから、どっちにしろ社宅を出ることにはなっていたけど。それでボスに新居を探してもらっていたのだけど、こんなにも早く見つかるとは思わなかった。数日は野宿かネットカフェ生活を送ることになると覚悟していたのに。
「それで詳細については後でメールを送る。それを確認してから直接向かうといい」
「分かりました。社宅にある俺の荷物は全て処分していいですから」
基本的に荷物は少ないし、その場限りの物ばかりだから処分しても構わない。それに殺し屋の仕事で貯めたお金があるから、新しい物を買い直せば問題はない。折角、表世界にいくのだから、裏世界で使っていたものは新生活にはいらない。心機一転だ。
「分かった。では、偶には連絡をするんだぞ」
「……ボスの望みならば」
そう言い残し、俺は通話を切った。
そして俺は背後にいる女に声を掛けずに静かに歩き出し、急いで目的地の高校へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます