(4)ローレッタ・ジョハンソン

 彼女は人間業とは思えぬ猛スピードでレーザー・ソードを抜き、アルーの放った光弾を3発見事に弾き返した。その一瞬の動きは肉眼では捕らえることが難しい程に速く、彼女の目の前に突然見えないシールドが張り巡らされたと錯覚する程だった。

 

「ばかやろー!」

 

 ハンスはアルーに飛びかかった。二人は勢いよく倒れ、組んず解れつ大格闘の末、ハンスはアルーの手からガンを奪った。

 

「何やってるんだ! アルー! 気でも違ったのか?」

 

 ハンスは息を荒げ力任せにアルーの頭をフロアに押し付けていた。アルーは苦しそうに息も絶え絶えに額から脂汗を滲ませていた。

 

「どうしたんだアルー? なんか様子が変だぞ」

 

 ルイが駆け寄って来た。しかしアルーはハンスに押さえ付けられたまま必死の形相で叫ぶ。

 

「そいつを殺せ! 早く!」

「はぁ?」

 

 ハンスとルイは顔を見合わせた。怯まずにアルーは叫び続ける。

 

「ヤツは敵のアンドロイドだ! 早く殺らないと皆殺しにされるぞ!」

「何言ってるんだ? 馬鹿なこと言うんじゃねぇ~! 彼女は俺たちの手助けをしてくれた味方の兵士だぞ!」

 

 アルーの豹変ぶりに驚いてハンスが強い口調で嗜める。

 

「もしかしたら彼女は連邦軍のジャンヌ・ダル……ぐあ!」

 

 押さえ付けていたハンスの力が緩んだ隙に、アルーはハンスを蹴り飛ばした。即座にアルーはバランスを崩してよろけながらも立ち上がり彼女に襲いかかった。

 

「うおおおおお!」

 ガスン!

「グフッ……」

 

 必死の形相で殴りかかろうとしたアルーを、彼女は顔色一つ変えずに片脚で蹴り飛ばした。今の襲撃で破壊されたのだろう、重力場派生システムの一部が機能していない重力の低いフロアで、アルーの体は数メートルも舞い上がりハンスが倒れている辺りまで吹っ飛んだ。

 

「うぐぐぐ……くっそぉ~」

 

 腹を押さえフロアにうずくまるアルーを眺め、ハンスもルイも何が起きたのか理解できずに呆然としていた。


 彼女は見かけは二十歳前後の美女だが、その放つオーラには威厳と貫禄が滲み出ていた。

 彼女はピンと背筋を伸ばした姿勢で腰の辺りまでのびた美しいブロンドをなびかせて、カツカツと靴音を鳴らし3人に近づいてきた。

 

「アルー・ゴア参謀長、立ちなさい」

 

 オーラだけではなく、その話し方、アルトの声色にも威厳がある。アルーは憎しみに満ちた歪んだ形相で彼女を睨みつけながらフラフラと立ち上がった。彼女はアルーを見つめるとかすかに微笑んだように見えた。その表情がアルーの逆鱗に触れたのか?

 

「うぉぉぉぉーーー」

 

 普段沈着冷静なアルーには珍しく、大声をあげながら死に物狂いで再び彼女に襲いかったのだ。しかし彼女はアルーの両手をパンと左右にはじくと目の前に倒れ込んできたアルーの顎に膝蹴りを入れた。

 

 ガスン!

「ぐぁぁ!」

 

 再びアルーは数メートル蹴り飛ばされて地面に仰向けになって倒れてしまった。息も絶え絶えに苦しそうにもがくアルーを見つめ、彼女は相変わらず無表情のまま、今度は静かに穏やかな口調で話し始めた。

 

「勘違いしないで。私は敵ではない。あなたの腕を落としたのは私の姉妹。我々は5体1セットで生産された同型タイプのヒューマノイド。彼女は既に破壊されている。あなたは目の前でそれを見たはず」

 

 今度はハンスとルイがレーザー・ガンを抜いて身構えた。

 アルーは、自分の過去を知っていて自分の腕を切り落としたネオ・アマゾネスのアンドロイドにそっくりな彼女を、唖然として見つめていた。

(この女は、いやこの女型のアンドロイドは、かつて俺の腕を切り落とした女だ)

 ……そう思ったアルーは気が動転し即座に攻撃を仕掛けたのだが……。

 アルーは彼女の言葉の意味が理解出来ずに混乱する。しかし、確かにあの時……意識を失う直前に、この女の頭部が蜂の巣になったのを目撃していたことを思い出した。

 

「よさないか! ガンを納めろ」

 

 いつのまにか傍に佇んでいたレアードがハンスとアルーを制した。

 

「で、ですが司令! こいつ今、自分はネオ・アマゾネスの姉妹だと……」

 

 ハンスはガンを構えたままレアードに訴える。

 すると彼女が口を開いた。

 

「ネオ・アマゾネスではない。我々は『サラン』。我々はエイリアンでは……」

「ジョハンソン! 今は余計なことは言わんでいい」

 

 彼女の言葉を遮る様にレアードが口を挟んだ。彼女は相変わらずの無表情のままレアードに向けて姿勢を正し敬礼する。

 

「ローレッタ・ジョハンソン。本日付けで月面中央ベース戦略第一次師団に配属され、ただいま到着しました」

「ご苦労。まぁ、礼を重んじるその姿勢には感服するが、あまり気負いせず、みんなと仲良くやってくれ」

「はっ!」

 

 ローレッタは、敬礼をしたその姿勢を崩さずに答えた。




【ローレッタ・ジョハンソンimage】

https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/w8Ayv7Rv

 



 レアードは辺りを見回した。

 頭部を破壊、もしくは全身を八つ裂きにされた敵の美少女アンドロイド30体の残骸が空港内のあちらこちらに散在し、火花を散らし赤いオイルにまみれて黒煙を上げていた。自軍のアンドロイド兵士も半数が殺られ、同じように残骸と化していた。第3ドッグの壁、床、天井は無数の着弾によって破壊され、特に管制塔の被害は大きく完全に機能しなくなっていた。辛くも入港した輸送艦も船体の後方部分から黒煙を上げていた。

 破壊された施設の数箇所から火災が発生し、アルーたちが揉めていた間も、他の兵士たちは消化活動に没頭していた。

 

「まぁ、このような状況だ。我々の自己紹介は夜のミーティングで行うことにする。各自担当部署の損害をチェックし、負傷したものは手当を受けろ。ジョハンソン、ここでの君の階級は一旦白紙に戻るが、従来の功績を加味し特例で参謀長補佐とし、その権限は参謀長と同階級扱いとする。今後はアルーの指示に従って行動するように」

「はっ!」

 

 ローレッタは真顔のまま再度敬礼した。

 

「オヤジ! 俺にこいつの面倒を見ろと?」

 

 それまで黙って見ていたアルーが叫んだ。レアードは優しげな眼差しをアルーに向ける。

 

「アルー、あの時……何しろ現場に居合わせたのはこの私だ。お前の事情は熟知している。だからなおさらだよ」

「はぁ~?」

 

 アルーは明らかに不満そうだった。ローレッタは無言でアルーを伺う。ハンスもルイも口出しする機会を掴めずに無言で成り行きを見守っていた。

 

「話は以上だ。各自持ち場に戻って作業を開始しろ。アルーはジョハンソンと共に、シップ内の搬送されたアンドロイドを再起動した後、第3格納庫までの搬送を頼む」

「はっ!」

「それとアルー、任務中は私のことは司令官と呼ぶように、以上だ」

 

 敬礼して返事をしたのはローレッタだけ。ハンスもルイもローレッタの美しさに見惚れながらも状況が掴めず、アルーはあきらかに落胆し肩を落としていた。

 アルーは改めて彼女の容貌を食い入るように眺めた。自分の腕を切り落とした女と瓜二つの彼女を見ていると、やはりトラウマのように、当時の悔しさと恐怖心が蘇ってくるのだ。

(こいつはなんなんだ? 姉妹とか言ったな……なぜ? 敵なのに俺たちに味方している?)


「どうした? まだ私を疑っているのか?」


 怪訝そうに見つめるアルーの視線に気づいたローレッタが無表情のまま抑揚のない声で問う。するとかすかに目を見開いてさらに訊く。

 

「あなたはレアード司令官とは親子の関係なのだな?」

「だからなんだ?」

 

 アルーは相変わらずの顰めっ面で吐き捨てるように答えた。

 途端にローレッタは無表情から一変、今にも泣き出しそうに切なげな表情になる。それはアルー達が何度も見てきた敵の美少女アンドロイドたちが戦闘時に見せるあの泣き顔に酷似していた。

 

「あぁぁ……ジャック……」

 

 突然、ローレッタの目から一筋の涙が頬に伝って流れた。今度はアルーがギョっとして目を見開く。

 

「おい、なぜ泣いている? ジャックって誰だ?」

「え?」

 

 ローレッタは慌てて頬の涙を拭った。その仕草は、今までの冷淡な雰囲気とは打って変わって、その見ため通りのハイティーンの女の子が、はにかんでドギマギするような仕草だった。ローレッタのような美しい少女がそんな可愛らしい仕草をするのだから、それを見たアルーの表情からも自然と険しさが消えていく。

 

「私は泣いていたのか? なぜだ……」

 

 しかしすぐに元の無表情に戻ったローレッタは独り言のように呟いた。

 一瞬驚いた顔をしたアルーも、元の険しい表情に戻った。

 

「知るか! さっさとシップに行くぞ」

 

 背を向けて歩き出したアルーの後にローレッタは無言のままついていった。

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