第2章 連邦軍のジャンヌ・ダルク
(1)都市伝説の女兵士
地球連邦政府月面省副総裁と地球連邦軍対エイリアン防衛軍副司令官を乗せて飛び立った軍用スペースシップが、謎の爆発事故に見舞われたと報告が入ったのは、一行が月を飛び立ってから20時間後のことだった。
航行記録と、爆発直後の船内におけるエネルギー伝導波、および爆発の衝撃波を分析した結果、爆発自体は小さなものでシップの動力系統及び機関部の爆発を誘因する程度のものだと推測された。更に爆心部は客室内B4-2の座席であると断定。その席に座っていたのは副総裁の秘書で有ることがわかった。
その秘書について、月面省勤務開始からの経歴を全て調査した結果、副総裁に同行して月面中央ベースキャンプの視察に入る2日ほど前に、わずかに約2分間ほど行動記録不明の時間帯が確認された。連邦政府や連邦軍の幹部に直に接する職員は、職務内容によって一定の期間24時間体勢でその同行を記録される。
連邦政府はこの空白の2分間にネオ・アマゾネスがなんらかの手段でこの秘書に働きかけ? あるいはすり変わる等して爆発物を携帯もしくは体内に忍ばせた可能性があるとして、更に調査を続けていた。
スペースシップ爆破事件から4日目の朝。
第3ドッグのロビーで、アルーとランスは、如何にもリゾート施設といった風合いの派手なソファーに並んで腰を降ろしていた。
ネオ・アマゾネスに攻撃される以前にリゾート施設だった頃、ここはスペースシップの宇宙空港で、月を訪れる大勢の観光客が利用していた。
宇宙空港は施設内に3箇所あったが、戦闘により第1、第2空港は大破。辛うじて被害を免れた第3空港は、現在は物資や兵員の輸送のための貨物ドッグとして使われていた。
とにかく、シーサイド・ヒルズ奪還後はただちに体制を整えて、ネオ・アマゾネスの襲撃に備えなければならなかった。そのために、前線基地の体をなす余裕などまるでなく、各所にリゾート施設の華やかな設備をそのまま流用していたのだ。
アルーとランスが座っているソファーも、幅が3メートル程もあるフカフカのマットと背もたれが、アールヌーボー風に湾曲した鉄骨の四つ足に支えられ、ソファー全体には極彩色の幾何学模様がデザインされていた。オマケに背もたれの中央から金メッキのパイプが伸びていて、プールサイドにでもありそうな洒落た日除けのパラソルが乗っかっていた。おおよそ兵士が座るには似つかわしくないソファーである。
「あのミニスカートの秘書が爆発物をねぇ……これだけセキュリティが厳重な中で? どうやってそんな操作が出来たんだ?」
ランスが軍事新聞のトップに掲載されていた、スペースシップ爆発事件の記事を見ながら、怪訝そうな顔で呟いた。月面戦争を知るものはみな、これがネオ・アマゾネスの仕業だと決定づけていたが、例によって隠蔽工作のため、公式の発表では、連邦政府に敵対する不穏分子のテロ行為である可能性が濃厚であると報道されていた。
「ヤツ等のスパイが潜入している可能性は前から指摘されていたけど、これでスパイがいる線は濃厚になったわけだ」
アルーが無表情のままそう答えると、ランスは呆れ顔で肩をすくめた。
「まぁな……敵が美女ばかりだしスパイもおそらく女かもな。実際この爆発事故もあの秘書が原因らしいしな。でもさ、おかげでここの女兵士たちもいい迷惑だよな。全員の身体検査までするなんてやり過ぎじゃん?」
「生体アンドロイドは外観を見ただけじゃわからないからな。指紋も声紋も網膜でさえ、やろうと思えば簡単にデータ改ざん出来そうだし」
アルーは相変わらず無表情で淡々と話していた。ランスは少しおどけてアルーの顔を覗き込んだ。
「あの時さ、お前に『セクハラです!』って叫んだあのセクシーな美人秘書、あいつがスパイだったのかな?」
「知るかよ! そんなことより、その女はミーティングの一部始終を見ていたわけだから、あのミーティングの内容は全て敵にダダ漏れって可能性もある。そっちが問題だぞ」
アルーがそう言うとランスの笑顔が消えた。
「ああ、もしかしたらさ、お前の言った敵側の『お色気作戦』の見解が図星だったから? それで慌てて副総裁たちの船を爆破したのかな。副総裁たちはまるでバカにしてたけどさ、あのミーティングの内容を知っている人間を全て抹殺でもする気か……」
それまで呑気に話していたランスが言葉を詰まらせた。ランスは真剣な面持ちでアルーを見た。アルーはニヤけて見つめ返した。
「そうだよ。俺が一番狙われる可能性がある。ヤツらはほんとに小賢しい。男が一瞬たじろぐほどの『女の美貌』ってのを研究し尽くしている。そして『セクシーな美女の色気』なんて話題を、正式な場では絶対に口にしないという人類のモラルまで想定しているのさ。しかし、そこに気付く俺みたいな奴が出て来るのは想定内だったろうけど、それを正式の場である軍のミーティングで取り上げるヤツがいるとまでは思ってなかったろう。あの時ミーティングに出席していた人間全部が標的になるかもしれないな。だけどそれって今の状況とあまり変わらないけどな」
現在ネオ・アマゾネスは、静かの海・シーサイドヒルズの制圧に躍起になっているのだから、確かに状況は変わらない。
「まぁ、そうだけど、今まで以上にうるさく攻めて来るんじゃないの?」
「そうだな」
やりきれません! とばかりにランスは溜め息をついた。
話し込んでいる二人に近づいてくる人影があった。
「よぉ! ここにいたのか」
「おお! ルイ! もう大丈夫なのか?」
突然現れたルイを見て、ランスは嬉しそうに顔を上げた。
「心配かけたな、でももう完治した。すぐにでも戦闘可能だぜ」
「今のところ敵は大人しくしてるからな、明日からまた警戒の為の偵察任務が始まるけどさ」
アルーも笑顔を向けた。
「ところでお前ら聞いたか?」
ルイは少し興奮気味にソファーに腰を降ろした。
「聞いたって? 何をだ?」
「今日到着する補充兵の話だ」
「聞いたも何も、だからこうして俺たちがお出迎えってわけなんだけど?」
ランスとアルーは地球から補充される生体アンドロイド兵士の受け取りの為に、警備を兼ねてこの第3貨物ドッグに来ていたのだ。もう間もなく到着する輸送船を待っていた。
ルイは二人を得意げな顔で見渡した。
「補充兵にはな、なんと、人間の兵士もいるぞ。しかも女が!」
ルイの言葉にアルーは大きな溜め息をついた。ランスもそんなアルーを見て苦笑した。
「こんな所に来る女兵士って何なんだ? むしろ今この基地にいる女兵士を全員地球に帰した方がいいんじゃないの?」
ランスのもっともらしい意見にアルーが更に付け加える。
「ネオ・アマゾネスのスパイが潜伏している可能性が高まっているってのに、新たに配属される女兵士など怪し過ぎだ。スペースシップ爆破の犯人が秘書の女と断定されているし、誰だってそう思うだろう」
呆れ顔の二人を見てルイは得意げに笑った。
「あははは、ただの女兵士なら俺もこんなに騒ぎやしねーよ! 連邦軍のジャンヌ・ダルクと言えばどうよ?」
「なんだって!」
ハンスは目を丸くし、アルーはいぶかしげに顔をしかめ、二人同時にルイを見た。ルイが目を輝かせて叫ぶ。
「そう! ローレッタ・ジョハンソンだ」
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