『青に秘めた想い』

鈑金屋

サムシングブルー

 ――控え室には、白い光がやわらかく差し込んでいた。

 レースのカーテン越しに射す光に包まれて、姉の美琴は純白のドレスをまとい、鏡の前で少し照れたように微笑んでいる。


 妹の紗菜は、その姿を夢のように見つめていた。幼いころからずっと隣にいてくれた人が、今こうして花嫁として立っている。眩しくて、誇らしくて、そして胸が少し痛かった。


「ねえ、紗菜」


 ふいに呼ばれて、紗菜は小さく肩を揺らした。

 美琴が差し出した小箱には、淡い青のレースのガーターが入っている。


「サムシングブルーっていうんだって。ね、これ……つけてもらえないかな? 自分だとうまくできなくて」


 そう言って笑う姉は、昔から変わらず無邪気で優しい。

 その頼もしさが嬉しくて、けれど切なくて、紗菜はゆっくりと頷いた。


「……わかったよ」


 そっとドレスの裾を持ち上げると、白い布の下に隠れていた肌が現れる。眩しいほどきれいなその太ももに、青いレースを滑らせていく。指先に伝わる温もりに、胸が高鳴り、喉が乾いた。


「ごめんね、なんだか恥ずかしいね」


 美琴が微笑んでそう言う。

 紗菜は笑い返そうとしたけれど、声にならなかった。ただ黙って、震えそうになる手を必死に抑えた。


 ――血の繋がりはなくても、姉はいつだって特別だった。

 小学生のころ、友達とうまくいかなくて泣きながら帰った日、美琴が玄関で迎えてくれた。声も出せないほど泣きじゃくる紗菜を、そっと抱きしめて「大丈夫だよ」と何度も繰り返してくれた。あの温もりに守られて、自分はこの家で生きてこられたのだ。

 中学生のころ、風邪で寝込んだときもそうだった。熱でうなされる紗菜の額にタオルを当て、夜通し看病してくれた美琴の姿が、今も忘れられない。暗い部屋の中で聞いた「早く元気になってね」の声が、何よりの薬だった。


 その胸に、もう一度飛び込みたい――そう願ってしまう自分が、苦しい。


「ありがとう、紗菜。ぴったりだよ」


 姉の声はあたたかくて、心の奥まで沁み込む。


「……似合ってる。すごく」


 やっと絞り出した言葉は、涙ににじみそうだった。


 美琴は幸せそうに笑って、裾を整え、立ち上がる。その姿は、もう自分の届かないところへ歩いていこうとしている。


「おめでとう。……幸せになってね」


 微笑んで告げると、姉は照れたように頷いた。何も知らないまま。


 扉の外から、祝福の鐘が鳴り始める。

 紗菜はそっと自分の胸に手を当てた。さっきまで触れていた姉の温もりが、まだ指先に残っている。


 ――この想いは、誰にも言えないまま終わっていく。

 けれど、たしかにここにあった。あのとき抱きしめてくれたぬくもりのように、寄り添ってくれた優しさのように、青いレースのように、静かに、やさしく。

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『青に秘めた想い』 鈑金屋 @Bankin_ya

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