夕焼け空と僕のココロ
霜月詩衣菜
第1話「すべての始まり」
もう君は、あの日の夕焼けの色を忘れてしまっただろうか。
僕たちが初めて、二人だけの時間を過ごした瞬間ときを。
*
高校に入学して二年、僕にはまだ友達がいなかった。
地元の人間とは価値観が合わず、無理をして入った都会の名ばかりの進学校。日々の高速で進む授業と課題についていくのがやっとで、気づけば僕は誰とも言葉を交わさない日常を送っていた。
ある日の夕方、日直当番だった僕が一人、日誌を書いていると、廊下からドタドタと焦ったような足音が聞こえてきた。
(おかしいな、生徒は皆もうとっくに帰ったはずなのに。忘れ物かな)
ガラガラと勢いよく開けられた扉からは、クラスメイトの女子、一ノ宮明音いちのみや あかねが入ってきた。少し派手な見た目をしているが、その明るさでクラスの中心人物となるような人だ。
「あぁよかった、まだ人いたんだ」
そう言って自分の机の方へ向かって歩いていく。
「あ、あったあった」
やはり忘れ物を取りに来たらしく、机の中から一冊のノートが出てきた。
これで出ていくのだろうと思っていたが、なぜかその気配がない。
気になって顔を上げると、彼女が声をかけてきた。
「ねぇ、もしかして、キミ一人で日誌書いてるの?」
派手な見た目とは裏腹に、真っ直ぐすぎる彼女の瞳には、有無を言わせぬ強い光があった。僕は少し緊張しながら答える。
「ああ……うん、そうだよ。みんな早く帰っちゃったから」
「へぇー」彼女は僕の前の席に座り、僕が書いた日誌を覗き込んだ。
「真面目だねぇ。ちゃんと書いてるんだ」
「まあ、誰かがやらないといけないから」
「なるほどねー」彼女はニッコリと笑った。「じゃあさ、私も手伝うよ」
その言葉に思わず「え?」と間の抜けた声が出た。クラスの中心でいつも笑っている彼女は、どちらかというとこういう地味な作業とは無縁の「不真面目な生徒」という認識があったからだ。
「いや、いいよ。一人でできるし」
「そんな遠慮しなくていいよ」彼女は筆箱を開きながら言った。「実は私、こういうのけっこう好きなんだ」
日が傾き、教室全体が茜色に染まり始めた頃、僕たちは初めて二人だけで会話をした。その時間が、不思議なくらい妙に居心地良かったことを今でも覚えている。
「あのさ」書きながら彼女が突然口を開いた。「私たち、もう少し話したら仲良くなれると思わない?」
唐突な、しかし太陽のようなその問いかけに僕は戸惑いながらも、凍りついていた胸の奥で、温かいものがゆっくりと広がっていくのを感じた。
「うん……そうだね」
この瞬間がすべての始まりだった。孤独だった僕の日常を塗り替える、これから続く二人の物語の序章なのだと、その時の僕には知る由もなかった。
夕焼け空と僕のココロ 霜月詩衣菜 @poem132Kaku4mu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。夕焼け空と僕のココロの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます