夕焼け空と僕のココロ

霜月詩衣菜

第1話「すべての始まり」

もう君は、あの日の夕焼けの色を忘れてしまっただろうか。

僕たちが初めて、二人だけの時間を過ごした瞬間ときを。





高校に入学して二年、僕にはまだ友達がいなかった。

地元の人間とは価値観が合わず、無理をして入った都会の名ばかりの進学校。日々の高速で進む授業と課題についていくのがやっとで、気づけば僕は誰とも言葉を交わさない日常を送っていた。


ある日の夕方、日直当番だった僕が一人、日誌を書いていると、廊下からドタドタと焦ったような足音が聞こえてきた。

(おかしいな、生徒は皆もうとっくに帰ったはずなのに。忘れ物かな)

ガラガラと勢いよく開けられた扉からは、クラスメイトの女子、一ノ宮明音いちのみや あかねが入ってきた。少し派手な見た目をしているが、その明るさでクラスの中心人物となるような人だ。

「あぁよかった、まだ人いたんだ」

そう言って自分の机の方へ向かって歩いていく。

「あ、あったあった」

やはり忘れ物を取りに来たらしく、机の中から一冊のノートが出てきた。

これで出ていくのだろうと思っていたが、なぜかその気配がない。

気になって顔を上げると、彼女が声をかけてきた。


「ねぇ、もしかして、キミ一人で日誌書いてるの?」

派手な見た目とは裏腹に、真っ直ぐすぎる彼女の瞳には、有無を言わせぬ強い光があった。僕は少し緊張しながら答える。

「ああ……うん、そうだよ。みんな早く帰っちゃったから」

「へぇー」彼女は僕の前の席に座り、僕が書いた日誌を覗き込んだ。

「真面目だねぇ。ちゃんと書いてるんだ」

「まあ、誰かがやらないといけないから」

「なるほどねー」彼女はニッコリと笑った。「じゃあさ、私も手伝うよ」

その言葉に思わず「え?」と間の抜けた声が出た。クラスの中心でいつも笑っている彼女は、どちらかというとこういう地味な作業とは無縁の「不真面目な生徒」という認識があったからだ。

「いや、いいよ。一人でできるし」

「そんな遠慮しなくていいよ」彼女は筆箱を開きながら言った。「実は私、こういうのけっこう好きなんだ」


日が傾き、教室全体が茜色に染まり始めた頃、僕たちは初めて二人だけで会話をした。その時間が、不思議なくらい妙に居心地良かったことを今でも覚えている。


「あのさ」書きながら彼女が突然口を開いた。「私たち、もう少し話したら仲良くなれると思わない?」

唐突な、しかし太陽のようなその問いかけに僕は戸惑いながらも、凍りついていた胸の奥で、温かいものがゆっくりと広がっていくのを感じた。

「うん……そうだね」


この瞬間がすべての始まりだった。孤独だった僕の日常を塗り替える、これから続く二人の物語の序章なのだと、その時の僕には知る由もなかった。

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