霧雨雫は帰らない

RIDDLE

序幕「無名の女剣士」

 霧がかかっていた。雨でもなく、風でもない、ただ世界をぼかす白い帳。


 その中に、ひとりの女がいた。


 霧雨雫きりさめしずく──戦の果てに、誰の名も呼ばれぬまま立つ女剣士。


 髪に冷たい霧が絡み、濡れた刀身がかすかに光る。


 敵はいない。守るべき者も、帰りを待つ声もない。それでも、彼女は刀を離さなかった。


「誰かのために戦うのではなく、誰のものにもならぬために戦った。」


 それが彼女の生き方であり、彼女の自由だった。


 雫は、霧の中を歩き出す。振り返ることなく、ただ前へ。


そして誰も、その姿を見た者はいない。


だから人は言う──


「霧雨雫は帰らなかった」と。


 その伝説を、僕が初めて知ったのは、大学の図書館の片隅、埃をかぶった資料の一行からだった。

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