第10回 #ビジネスカップルじゃない!

最近、ふたりには悩みがあった。

「最近多いよね……。」

「まあ、そういう時代ってのもあるんだろうけど。」

りゅうとケンヂは、ぼやくように言っていた。

普通のアンチコメントなら、意外とあまり気にしないのがこのふたりだ。

なんなら、この時代、アンチコメントも味方に付けないといけない。

その辺から言っても、アンチコメントに怯んだり落ち込んだりが少ないりゅうとケンヂは、配信には向いていると思う。

ただ、許せない言葉がある。

それは────

「俺とりゅうのどこを見たらビジネスカップルって思うんだよ。」

「結構素でやってると思うんだけどね。」

きっと、この時代だからこそ、こういった配信をやる以上、この言葉はついてまわるものだとはふたりも分かっている。

今やカップル配信は、珍しくはない。

男同士のカップル配信者もそれなりにいる。

BLだともてはやされ、黄色い声で盛り上がることもある。

ハッシュタグは、ゲイではなくBLになり、甘い蜜のようなカモフラージュがかかったものになっている。

配信者としては、BLで伸びることは悪いことでは無いと思う。

ただ、とりあえず『BLカップル』と、言っておけみたいなニュアンスに取られるところもある。

同性のカップルとして、本気であるが故に、『やっとけば』『タグ付けておけば』みたいな、ファッションBLは敵視してしまう。

見ればすぐに分かるのだ。

ファッションBLは。

「まあ、言われるってことはそれだけ目に付いてるってのもあるけど……。」

りゅうは、良い方向に考えを持っていっていこうとするのだが、ケンヂはやや納得していなさそうな表情を浮かべている。

「そんなモンかなぁ。」

「なんか、本物っぽいことする?」

「それこそ、嘘くさいよ。」

ケンヂは苦笑いして、りゅうの肩に頭を乗せた。

「エゴサとかしたら、出てくるのかな。」

「あ、配信でエゴサする?」

その、りゅうの突拍子の無い言葉に、ケンヂは驚いて顔を上げた。

「こんなに悩むなら、いっそ聞いてみるってこと。」

「あーねー。」

確かに配信に来てくれているリスナーは、自分達のことをどう思っているかは聞く機会はなかったし、人によってはビジネスカップルと思ってる人もいるかもしれない。

ならば、ここで大々的にリアルカップルだと言うことを示せばいいのではないか。

「でもさぁ、りゅうが言う通りにやると、なんか炎上しそうだしなぁ。」

「あ、じゃあ、これはどう?」






「こんばんは。りゅうです。」

「はい、ケンヂです。」

「今日の配信はっ?」

『恋人に聞きたいしつもーんコーナー!!』

ふたりの声がわざとらしいくらいに綺麗にハモる。

コメント欄が、りゅうとケンヂが企画を発表したことで、わっと湧いた。

こういった企画がある配信はもちろん最初から盛り上がる。

ただ、それだけではないと思う。

最近、DMにもチラホラ見かけていた。

『ビジネスカップルって本当ですか?』という内容が。

最初の頃は、もっとそういった声が多かった。

だからきっと、ふたりの積み重ねがあって、少しずつ認められているのだとは言える。

それは、きっとふたりにも分かってはいるのだ。

ただ、ふたりにはある。

ビジネスカップルでもない、ただただ純愛なだけなんだと言うのに、何故言われなければならないのかと。

正真正銘どこから見ても愛し合ってるカップルなんだと伝えたかった。

だからこそ、ふたりは本気でリスナーと向き合う。

りゅうは印刷した紙をガサガサさせながら、口を開く。

「じゃ、一問目。男女の間に友情は成立すると思う?」

「一発目から重いなぁ。」

ケンヂは小さく唸ったものの、ゆっくり話し始めた。

「なんか……成立はするとは思うけど、永遠ではないって感じかな。」

「ケンヂは、一生はないと思ってるってこと?」

「うん。まあ、それは異性も同性も一緒だろうけど。」

そうケンヂに言われて、りゅうは少し固まった。

"一生はない"

なんだか、りゅうは自分にも、そう言われたような気がしたからだ。

まだ、もう少し考えるような素振りをケンヂは見せたが、りゅうの顔色が変わったのを見て、緩く手を繋いだ。

りゅうは少しそっぽを向いたものの、配信しているとこだと思い直し、と、口を開いた。

「なに。急に。」

「拗ねないでよ。あくまで友情の話。」

「拗ねたことなんてないけど。」

「俺はりゅうしか見てないし、りゅうだけがそばに居てくれたら、いいと思ってるよ。」

ケンヂは、配信用のカメラではなく、りゅうの顔を真っ直ぐにみながら、少し照れくさそうな笑みを浮かべて言う。

コメント欄が追うことが出来ないくらいに早く動いている。

それを、りゅうもケンヂも気付いていたが、それらを目にするためにちらっと目を向けたくらいだった。

それに、りゅうが繋がれていた手をぎゅっときつく握りしめてしまう。

手の体温が上昇したようにケンヂは感じて、嬉しかった。

「ちなみに、りゅうは?」

「俺は、成立しないかな。する?結構現実はシビアだよね。」

「じゃあ、俺ら的にはしないってことで。」

りゅうは、言いながらもどこか嬉しそうだ。

ふたりはお互いに目を合わせるとにこりと笑った。

「じゃあ、今度はりゅうから答えてください、どこからが、浮気だと思う?」

「さっき以上にセンシティブな質問。」

りゅうが少し考え込むように視線を宙に向ける。

「まあでも、デートはダメじゃない?」

「二人で会うのがってこと?でも、三人で会ったとしても、二人が浮気しようとしてたら?」

あまりにもケンヂが具体的に例を出してくるのに、りゅうは不審そうにケンヂの顔を覗き込む。

「浮気してる?」

「どうして、そう思うの?」

りゅうのまさかの言葉にケンヂは眉をひそめた。

もちろん、りゅうは本気で言った訳ではなかったが、思いのほかケンヂのキツい目に、慌てたような表情を浮かべる。

「いやいや、疑ってるんじゃなくて、だってなんか、具体的すぎたから。」

許して欲しいというように、りゅうはケンヂの両手を軽く握りしめる。

それでも、あまり納得がいっていないようなケンヂに、りゅうは自然と顔をちかづける。

「待った待った!配信です!」

「だって。」

「見境なしめ。」

「終わったあとなら?」

「いつでもどうぞ。」

それでもコメント欄には、《いつでもご自由にお願いします》《むしろ、щ(°Д゜)゛今でしょ!》《どっちも可愛い♡♡♡》などといったコメントが溢れている。

「あ、俺の浮気の線引きわかった。」

「りゅうくん、どうぞ。」

「その相手を目で追うか追わないか。」

「なるほど……。それはそうだよね。つまり、りゅうが、てか、俺もだけど…パートナーに向ける以上の興味を持ったらってこと、かな。」

ふたりは顔を見合わせると納得したように頷いた。

コメント欄も《確かに納得》《ふたりの正解さすが》と、納得するコメントが流れてくる。

気付いていただろうか。

ふたりは、質問を進めていく程に、肩を触れ合う距離が近くなっている。

腕を絡ませ、手を握りケンヂはりゅうの肩に頭を乗せている。

ベッタベタの甘々だ。

ふたりの距離が縮まっているし、ビジネスカップルなんて言わせないと、いいたげな様子だった。

「次……ちょっと重いけど。ケンヂ、いい?」

「何が来ても問題ないけど?」

「──もし、浮気されたら、別れる?」

「浮気させないけど?」

ケンヂは少しムッとしたような表情を浮かべた。

「まあ、そうなんだけど。もし、だよ。ifだから。」

それでも、ケンヂの表情は硬い。

リスナーも心配するほどだった。

それでも、ケンヂは、機嫌が悪そうにしながらも、少し考える。

「それって、まあ例えだけど……りゅうが浮気したとしてさ。俺が一番ではある前提?」

「それはもちろん。」

「別れない。てか、別れたくない。」

「ン?」

「俺には、りゅうしかいないから。」

りゅうは、驚いたように目を見開いたあと、ツンツンした表情をしているケンヂを思い切り抱きしめた。

「ちょっとぉー、りゅうさん、配信中。」

「俺等、配信中だからってそんなこと気にしたことあった?」

「まあ、厳密にはないけど……。」

そうケンヂは言うものの、少し照れたようにりゅうから顔を遠ざけるようにする。

「てか、りゅうはどうなんだよ。」

「俺?浮気した事実は許さないけど離さない。」

「ん?なんか不穏な感じ?」

「俺が養うから家から二度と出さない。」

「……。」

ケンヂは唖然として口を小さく開けて、りゅうをしばらく黙ったまま見てしまった。

「え、だって、他の人見れなくなれば、浮気とかの問題はなくし。」

「───なんちゅうか、りゅうのことを敵に回すのは良くないってことは分かった。」

いつもそばにいるケンヂがそんなにざわついているのだから、リスナーがざわつかないわけがなかった。

《けっこう、りゅうくんって束縛系なんだ。》

《意外だけど、なんかケンヂくんのことすごく愛してるのは分かる。》

《本当に見てて愛おしい♡》






「本当に、ふたりとも愛おしいよねえ。」

さきは、床に転がりながら二人の配信を破顔した表情で見つめていた。

「ふたりとも、お互いに大事にしてるのが分かるし……ビジネスカップルとか言えなくなるでしょ。」

そもそも、この二人は、日頃からこんな感じの配信をしているのもあってか、ビジネスカップルと言われることは少ない。

それでも、本当に一部の人からでも言われたことが嫌だったんだろうな、とさきは思う。

「アンチは気にしないくせに……よっぽど好きなんだねえ。」

アンチは大した話題にも相手にもしないふたりが、「ビジネスカップル」という言葉にだけ反応するのが、いちリスナーのさきとしても堪らない。

「まあ、ふたりは幸せなんだろうなぁ。」

こんなふうにお互いのことを証明したくて。

大切にしたいと思っていて。

さきも思っていた。

さきだって、他のリスナーだって。

ふたりはきっと、永遠だって思えてた。





「じゃあ、最後の質問ね?」

「うん。」

「相手の方が長生きして欲しい?自分の方が長生きしたい?」

二人の会話は、クライマックスに来ていた。お互いに少し悩んだあと、どちらから話し始めるか考えるように目配せする。

「同時に言う?」

「じゃあ、同時ね?せーのっ、」



「あと。」

「先。」


ふたりの意見は割れた。

「りゅうはあと?」

「ケンヂは先がいいんだ。」

お互いに、意外、と言いたそうな表情を浮かべていたものの、それ以上何か声を上げて言うことはなかった。

「りゅうはなんで、あとがいいの?」

「うーん、ケンヂのこと、最後の最後まで自分で包んでいたいからかな。」

思いの外、甘いような、たっぷり独占欲が含まれているような答えに、ケンヂは息を飲んだ。

「ケンヂのこと、最後まできちんと俺の手で終わらせてから、自分もお迎えしてもらいたい。」

「なんか……ありがとう。」

ケンヂは、そこまでりゅうが考えてくれていることに、少し照れくさそうに視線を逸らしながらも、キュッとりゅうの袖を軽く握る。

「ケンヂは?なんで先?」

「んー……。目を閉じる瞬間まで、りゅうの事見てたいからかな……。」





「どんなバカップルだよっ。」

さきは、思わずスマホの画面に向かって叫んでいた。

だが、とてもふたりらしく、推している身として、ふたりが尊くて目を細めて見入ってしまう。

お互いがお互いを思って素で答えているのは、ちゃんと見ている人なら分かるのではないだろうか。

「幸せになれよ、ふたりとも。」

どう考えてもビジネスカップルには見えない、本物のカップルであると改めてさきも確信しながら、小さく微笑んだ────。




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