第3話 樽型ロボット・キャロル
夕空の下、崩れた石壁や背の高い草の間を器用に歩く、手足がついた樽。
時折、「ビ?」と奇怪な音を出している。
カビ臭い通りを歩いている時、すばしっこい何かが目の前を通り過ぎた。
「ビ!」
「きゃ!!」
「おお! うまそうなねずみ!」
目を光らせる元・魔族の鳥のシャルシェ。
感覚が違いすぎる。
店の吊り看板が、風にきぃきぃ揺れる。
村の景色から何か思い出せないかと思ったが、何も引っ掛からなかった。
「いつまで人がいたのかしら。村の人はどこに……」
枯れた石造りの噴水。
その縁を撫でると、ボロッと表面が崩れ落ちる。
「マゾクかマモノに、おそわれたのかもな」
「え」
「オレさまがすんでたもり、ちかいだろ」
幼児の舌ったらずさで、シャルシェは語る。
その表情からは、何の感情も読み取れない。
「オレさまたちから見れば、ニンゲンは、ただのたべものだ」
村が襲われる光景を想像して足が重くなる。
足元の地面で、誰かが……
(ダメだ、怖すぎて歩けなくなる!)
話を変えよう。
「ね! シャルシェは魔族よね?」
「んん?」
「魔族は魔法を使えるんでしょ?」
「ああ、まほうをつかえるやつも、いる!」
「シャルシェは?」
「つかえない」
即答だった。
「じゃあ魔法以外の特技は? ほら、鳥の時は空が飛べたじゃない」
「とくぎは、ない!」
何故か胸を張る。
「実は足が速いとか」
「オレさまがころんだの、もうわすれたか?」
鳥から人間の姿になったばかりのシャルシェは、身体の扱いに苦労していた。
「じゃあ何ができるの?」
「なにもできん。オレさま、かくれるのはとくいだ!」
それなら鳥の方が飛べるだけマシだったのでは。
そう思いかけて、はたと自分の見落としに気付く。
村のそばで、爆弾の存在を教えてくれたシャルシェ。
彼にできることは、きっと沢山ある。
「何もできないなんてこと、ない」
ぴく、と、繋いだシャルシェの手の指が動いた。
樽は二人の話など気にせず、野花を摘みながら歩き続けている。
そのリボンが揺れた。
「あんなにあつめて、どーすんだろうな?」
シャルシェが心底不思議そうに言った。
「誰かにあげるのかな」
「あげる?」
「人は、大事な人に花を贈るの」
言いながら足が止まった。
自分はなぜ、それを知っているのか。
樽の手の中の野花を見る。
夕焼けに色付く花々の向こうに、誰かの声が聞こえる気がした。
「エヴァンジェリン!」
シャルシェの声に、現実に引き戻される。
一軒の家の前で樽は立ち止まっていた。
家の周囲には、伸び放題の草も枯れ木も石も無い。
窓辺にはカーテンが揺れていて、奥に灯りが見えた。
「誰か、いそうね」
時を止めた村で、この家だけは時間を刻んでいるようだ。
安心して良いのか警戒した方が良いのか分からない。
ツンツン、とシャルシェが指でエヴァンジェリンの手の甲をつっついた。
「べつのたるがでてきたら、どーする?」
「逃げましょう」
樽は木の扉を叩いた。
樽の手も木製なので、コンコンというよりは、カンカン、という木材同士がぶつかる音だ。
しばらくして、ぎぃ、と音がして扉が開く。
エヴァンジェリンとシャルシェの間に緊張が走った。
「こらキャロル! どこに行ってたんだ」
扉の向こうにいたのは、ボサボサした赤毛の眼鏡の少年だった。
(人だ!!)
朽ちていく村の中で、平然と暮らしている所が少し引っかかるが、生身の人間だ。
自分と同じくらいの背丈の少年は、眼鏡の奥で目を丸くした。
「え、誰。人……だよな?」
眼鏡をかけていても見えづらいのか、少年は顔を近づけてきて目を細めた。
眉間の皺が深い。
(お、怒ってる?)
「あの、そのたるたる、じゃない、樽がつれてきてくれて……エヴァンジェリンと申します」
上手く舌が回らない。
樽は「ビ!」と言って少年の脇をすり抜け、家の奥に向かう。
少年は一段とむすっとした顔で頭を掻いた。
「樽じゃない! 樽型ロボットのキャロルって言うんだ」
「キャロル……」
シャルシェは神妙な顔で名前を繰り返す。
「キャロルが村に入れたんだな。ったく、あいつ本当何でも拾ってきて……」
少年は不機嫌そうな表情のまま、ため息をつく。
「村の周りに、しかけがあったろ?」
「あ、爆弾?」
「そ。その音がしたから、何か来たんだろうとは思ってた」
眼鏡がずれ、少年はその位置を直す。
しかし、直したそばから眼鏡はズレた。
少年はそのまま腕を組む。
「俺はロビン。お前達はここに何しに来た?」
疑うような眼差し。
エヴァンジェリンは息を吸い込んだ。
夢の中の少女。
フレッドが自分の命を狙う理由。
その手がかりを求めて、村を探していた。
「私を知る人を、探しています」
「それは、どういう意味だ?」
ロビンの声が低く、問い詰めるようなものになる。
繋いだシャルシェの小さな手が、ぎゅっ、と不安げに自分の手を握ってきた。
魔族や魔物を嫌う人間がいるんだろう、と村の前でシャルシェは言った。
魔族であるシャルシェは、ロビンを警戒しているはず。
大丈夫、どこからどう見ても人間の男の子にしか見えない。
安心させるように、幼い少年の手を握り返した。
「私、記憶がないんです」
赤毛のロビンは、首を傾げた。
「名前は分かるのに?」
「それは」
どう説明したら、自分の状況を分かってもらえるだろう。
「あ、あの、気付いたら森にいて」
ぐぅぅぅぅぅ、と、エヴァンジェリンのお腹が、その時、盛大に情けない音を出した。
(なんでこのタイミングなの!?)
恥ずかしくて顔が熱くなる。
「ご、ごめんなさい!」
家の奥から漂ってくる、美味しそうな匂いのせいだ。
「ずっと何も食べてなくて……何か、飲み物か食べ物を分けてもらえませんか?」
空には夕闇が迫っている。
少年はしばらく考えた後、指で家の中を差し示した。
「ちょうど飯の支度をしてた。簡単なもので良いなら一緒に食うか?」
ジジ、と、少年の背後でランタンの火が燃えていた。
「えっ……えええっ!? 良いの!?」
思いがけない申し出に驚いて、敬語が取れてしまう。
ロビンは吐息だけで笑い、しかしすぐさま咳払いをした。
「キャロルが連れてきたからな。特別だ」
そっけない雰囲気は変わらないが、その声はどこか柔らかい。
せめて飲み物だけでも、食べ物を一口だけでもと思っていた。
(最初はちょっと偏屈に見えたけど、親切な人なんだ)
エヴァンジェリンは胸にじんわりと温かいものが広がる。
「ありがとうございます……!」
家の奥からキャロルが歩く音がする。
ふと目に入ったのは、玄関先に置かれた農作業用の帽子と手袋。
女性物だった。
(誰か、他に住んでる人が?)
その気配が無いことに、わずかな違和感を感じながら。
エヴァンジェリンとシャルシェは案内されるまま、ロビンの家に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます