王の作り手

第1話 死んだ村

 記憶を失くし、森に倒れていたエヴァンジェリン。

 魔族のシャルシェを用心棒に、彼女は記憶の手がかりを求めて集落を探していた。


 空高く太陽が輝いている。


「あ」

 

 エヴァンジェリンと手を繋いで歩くシャルシェが、声をあげた。


 彼の視線の先。

 荒野の中に、石造りの家々が並ぶ小さな村があった。

 どくん、と期待に胸が高鳴る。


 さっきから喉がひどく渇いている。

 記憶の手がかりが無くても、水を分けてもらえたら。


「良かった! 行きましょ、シャルシェ」

 エヴァンジェリンはシャルシェに、ぐい、と手を引っ張られた。


「まてエヴァンジェリン! 何か、おかしい!」

 シャルシェは村を睨んでいる。

 幼い姿に不釣り合いな、厳しい眼差し。


「人のけはいが、しねえ」

 言われてみれば、村の中に人影が無い。


「どこかに集まってるとか」

「よく見ろよ! いえがぜんぶボロボロだろ!」


 シャルシェが言う通り、家々の扉や窓はどれも壊れている。

 キィ、キィ、と、どこかで風見鶏の音が不気味に鳴った。


「本当……」

「なんか、ゆーれーが出そーだ!」

「ああもう怖いからやめて!」

「マゾクは平気なのに、ゆーれーはこわいのか。ん?」


 シャルシェの白銀の髪が風に揺れる。

「かやくのにおい……?」

「え」

「やなかんじだ」


 シャルシェは手のひら大の石を拾い、村に向かって投げた。

「ちょっとシャルシェ!」

 焦って叫んだ直後だった。


 ドォォォン!!


 地面が大きく爆ぜる。

 熱風が頬を叩いた。


 とっさにシャルシェを庇う。

(ば、爆発!?)


 静けさが戻り目をやると、さっき石を投げた場所に砂埃が立っていた。


「オレさま、このにおい、きらいだ」

 腕の中のシャルは綺麗な顔を歪めて呟いた。


 煙の中に混じる、独特な香り。


「良い匂いだと思ったんだけど」

「マモノとか、マゾクにとっちゃ、そーじゃねーんだよ!」

 忌々しげに言うシャルシェ。

「そうなの……知らなくて、ごめんなさい」


 エヴァンジェリンは、自分に残された記憶を辿った。


 人を襲うのは同じだが、知性を持つ魔族と、知性を持たず会話ができない魔物。


 森で出会ったシャルシェ。

 彼が魔族で良かった。

 血を与える条件付きでも、行動を共にしてくれる存在がありがたい。


「村のまわりは、ばくだんだらけだ」

 シャルシェが面倒そうに呟いた。


「村を守るためのものかしら」

「たぶんな。オレさまたちのことが、よっぽどきらいなニンゲンがいるんだろーさ!」

「でも、これじゃ人間まで傷つけちゃう」


 まるで、誰も近寄るな、と言われているようだ。

 エヴァンジェリンは全身に疲れを感じた。


「危ないって教えてくれてありがとう、シャルシェ。頼りになるわね」


 少年は瞬きをした後、照れくさそうに鼻の下をこすった。

「ヨージンボーなら、とーぜんよ!」


 思わず笑う。

 素直じゃないシャルシェの反応が、可愛い。


「でもさっき、どうしてオレさまをかばったんだ?」

 シャルシェは首を傾げた。


「え?」

「ヨージンボーは、エヴァンジェリンをまもるんだろ?」


 エヴァンジェリンは眉を下げた。

「シャルシェは、友達、兼、用心棒でしょ?」

「ともだち?」

「そう。友達なんだから、守るのは当たり前よ!」

 シャルシェは不思議そうな顔をした。



   ☆☆☆



 エヴァンジェリンの額に汗が滲む。

 あの後、試しに自分も村の近くで数回、石を投げてみたが、やはり爆発した。


「けほっ」


 くらり、と視界が揺れた。

 煙のせいかと深呼吸をして、目眩をやり過ごす。


「……別の村にいきましょうか、シャルシェ」

「おう」


 手を差し出すと、シャルシェは大人しく小さな手を伸ばしてきた。


 しかし、二人の手が触れ合う寸前。

(な、何——!?)


 エヴァンジェリンは、いきなり世界が回るのを感じた。

 踏ん張ろうとした足に、力が入らない。


「エヴァンジェリン! おい、どうした!?」

 シャルシェの声が遠ざかっていく。


 地面が突然、自分の腕や肩にぶつかる痛み。

 倒れたのだと気付いたのは、その後だった。


(あ、やばいな……ずっと何も食べてなかった)

 それでいて、シャルシェに二度血を与えていた。


「エヴァンジェリン!」

 不安そうな声が聞こえる。

「シャ、ル……」

 こんな幼い姿をした存在に、心配をかけてしまう。


 大丈夫、と言いたかったのに、唇も指先も、もう動かせなかった。

 意識が地面に吸い込まれていくような感覚。


——泣くな、シャル。

 それは、男の威厳に満ちた声だった。


 暗い世界のどこか遠くで、鐘が鳴った。

 始まりを告げるように。



   ☆☆☆



 宙に浮かぶ感覚で、自分が夢の中にいると分かる。

 浮かんでいるのに、手足は重い。

 そのちぐはぐさに戸惑う。


 これは、いつの記憶なのか。


 強い風に、足元から花びらが散る。

 見覚えのある茶色の髪の少女が、丘の上の巨石の前に佇んでいた。


 鐘が鳴っている。

(これは……葬送の鐘)


 白い鳥が夕空の彼方を飛んでいく。

 長い銀色の髪の青年が、少女の背後の墓石の前に跪いている。


 影になっていて、青年の表情は見えない。

 それなのに、自分はその気配を知っていた。


「王よ——」

 喪失の痛みを感じさせる低い声音が、胸を打つ。

 傍らの少女は目に激情を浮かべながら、エヴァンジェリンを指差した。


「ヴェルシェントの血を絶やすな。この国を救うのが我らの使命だ!」

 エヴァンジェリンは届かないと知りつつも、少女に手を伸ばした。


 彼女は、それを許してくれない。


 いつも。

 ずっと。


 この想いは、届かない。

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