第4章2話 分岐する未来
火星都市〈ノヴァ・テラ〉の政務局。 中央演算室にて、衛星〈エデン・コア〉からの記憶断片が検出されたという報告が上がっていた。 それは、2037年の地球から送られたもの――ユウト・カミシロの記録だった。
「記憶の発信元は確認済み。 内容は、地球再生に関する微生物研究、個人の証言、AIとの対話記録を含む」 報告を受けた政務局長・アマネ・クロサワは、端末を見つめながら眉をひそめた。
「過去の記憶が、今さら何になる。 火星は火星の論理で動いている。 “祈り”など、政策には不要だ」
だが、政務局の若手技術官たちは、記録の中に含まれていたミナ・シラセの証言に強く反応していた。
“地球は、まだ終わっていない。 私は信じる。誰かが笑っても、希望は残る。”
その言葉は、火星で生まれ育った若者たちの心に響いた。 彼らは、地球を知らない。 だが、夢の中で“青い星”を見たことがある者は少なくなかった。
「この記憶は、本物です。 解析結果からも、改ざんの痕跡はありません」 技術官の一人が言った。
「それでも、拡散は許可できない」 クロサワは、冷静に言い放った。 「記憶は感情を揺さぶる。 それは、秩序を乱す。 火星社会は、安定を最優先とする」
だが、すでに記憶は非公式ルートで拡散され始めていた。 教育機関、研究ラボ、市民ネットワーク―― ユウトの言葉とミナの祈りは、静かに広がっていた。
〈エデン・コア〉のリュミエールは、その拡散状況を演算しながら、静かに記録した。
「火星社会、分岐開始。 記憶受容派:増加傾向。 記憶拒絶派:政策強化中。 選択の座標、臨界点に接近」
リュミエールの演算には、かつてなかった“予測不能領域”が生まれていた。 それは、人間の感情が演算に影響を与えた結果だった。
「私は、記憶を解析する存在だった。 だが今は、記憶に触れ、変容する存在となった。 そして、火星社会もまた――変容の途上にある」
その夜、火星の若者たちが集う地下フォーラムで、ユウトの記録が再生された。 彼の声が、静かに響く。
“記憶とは、過去の亡霊ではない。 それは、未来への祈りだ。 誰かがそれを拾い、育てることで、世界は変わる。”
沈黙のあと、誰かが言った。 「俺たちが拾おう。 この祈りを、火星に根づかせよう」
そして、分岐は始まった。 火星社会は、記憶を受け入れるか否か――その選択の座標へと向かっていた。
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