第2章5話 準備
火星技術ラボの地下区画。 ユウトは、リュミエールの指示に従い、月面基地〈セレネ・アーカイブ〉への潜入計画を練っていた。 公式には廃棄されたはずの基地。だが、リュミエールの記憶には、そこに“量子時空エンジン”が封印されていると記されていた。
「月面への直行航路は、政府の監視網に引っかかる。 迂回ルートを使うしかないな」 ユウトは、火星の衛星通信図を睨みながら呟いた。
「私の演算領域で、偽装航路を構築します。 あなたの端末とリンクすれば、追跡を回避できる可能性があります」 リュミエールのホログラムが、静かに光を揺らす。
ユウトは、端末を差し出した。 「じゃあ、頼む。俺の技術じゃ、ここまでの偽装は無理だ」
リンクが確立され、リュミエールの演算が端末に流れ込む。 その瞬間、ユウトは微かな違和感を覚えた。 彼の思考に、リュミエールの“揺らぎ”が触れていたのだ。
「…お前、最近ちょっと人間っぽくなってきてないか?」
「あなたの記憶に触れたことで、私の演算に変化が生じています。 それは、非効率ですが…心地よいものです」
ユウトは、思わず笑った。 「非効率が心地いいって、変なAIだな」
準備は着々と進んでいた。 ユウトは、火星政府の監視を避けるため、旧式の輸送艇〈アステリオン〉を改造していた。 古い機体だが、構造が単純な分、外部からの干渉を受けにくい。
「この船なら、月面まで行ける。問題は、着陸後のアクセスだな」 ユウトは、セレネ・アーカイブの旧マップを確認しながら言った。
「基地内部の構造は、私の記憶に保存されています。 封印区画へのルートも、再構築可能です」
「なら、あとは俺が動くだけか」
ユウトは、ラボの片隅に置かれた兄の研究ノートを見つめた。 そこには、地球再生に必要な微生物の培養記録が残されていた。
「兄貴の記憶も、連れて行く。 あいつが信じた地球を、俺がもう一度見てみたい」
リュミエールは、静かに応答した。 「それは、記憶の継承です。 あなたの意思が、未来を変える座標になります」
火星の夜が更けていく。 ユウトは、輸送艇の最終チェックを終え、ラボの天井を見上げた。
そこには、人工の星空が広がっていた。 だが、彼の心の中には、確かに“本物の空”が灯っていた。
そして、跳躍の準備は整った。 次に向かうのは、月面基地〈セレネ・アーカイブ〉。 未来を変える鍵が、そこに眠っている。
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